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18 難航、剣山とハンダゴテを添えて

 翌日が夏休みで良かった。

 昨日の雨が嘘のように晴れ渡った空を見上げ、凛花は深く息をついた。


 夏休みといえども部活はあったが、さすがに休んだ。

 顧問である武山が凛花の休みを諫めなかったのは、彼も美晴の拉致現場を目撃しているからだろう。

 彼は低い声で「分かった」と言い――「あまり思い詰めるなよ」と、申し訳程度に添えてきた。


 武山の声にも疲れが滲み出ていた。

 武山は武山で、美晴の両親や警察への対応があるのかもしれない。

 凛花にはそこまでは分からない。


 凛花はきつく髪を一本に縛り上げる。

 履きやすい靴やパンツを選び、模擬刀である薙刀を握り締めた。


(よし――)


 そんなこんなで始めた、美晴の捜索は――しかし、困難を極めた。



 一日目。


「そのポニーテールに薙刀……! やべえ妖怪退治屋だ!」


「ひぃぃぃぃ妖怪退治屋ぁぁぁぁお助けぇぇぇぇ」


「ぎゃあああ怪力女が出たぁぁぁぁ」


「殺さないで殺さないで殺さないで」


「僕何もしてないです本当です冤罪ですごめんなさい命だけは」


「妖怪退治屋キタァァァァ! 踏んでくださっ……あふんッ! ありがとうございます!」


 ――秀にも言われたが、凛花は局所的に、妖怪を追い払っていることが妖怪たちの間にも知れ渡っている。

 今まで、悪さをしていると見るやいなや片っ端から追い払ってきたツケだろうか。

 凛花が妖怪たちに声を掛けようとすると、問答無用でみんなが怯え逃げていった。

 何より、凛花も必死だ。

 だからこそ殺気じみてしまい、ますます妖怪たちが警戒する。

 一言「あの」と言っただけで絶叫の嵐である。

 まるで話にならなかった。


「……嘘でしょう……」


 額を滴る汗を拭い、呆然と呟く。

 途方もない疲労感に身体が重かった。

 薙刀を杖代わりに支えて深々と息をつく。


 ――違う。

 今までがスムーズにいきすぎだったのだ。

 考えてみれば、妖怪たちとコミュニケーションを図ろうという方が無理がある。

 だって。

 相手は、妖怪だ。

 あの――妖怪だ。


「……」


 凛花は緩く首を振った。

 胸に残るモヤモヤに蓋をする。

 今は、余計なことを考えている場合ではない。



 二日目。

 凛花のポニーテールと薙刀が一種のトレードマークになってしまっているようだったので、凛花は髪を下ろして外に出た。

 武器になるものを一切持たないというのは心細かったので、代わりに物干し竿を持つ。

 ――不格好でも仕方ない。背に腹は代えられない。


 しかし――下ろした髪の、なんと鬱陶しいことか。

 日の照りが余計に強く感じるのは気のせいか。

 じっとりと滲む汗が顎を伝い胸元に落ちる。


 その不快感を振り切り、凛花は街をさまよい歩いた。

 重点的に今まで被害があったらしき場所の近辺を潰していく。


 美晴の家の近所。商店街の裏。公園。河川敷。

 それから――。


「ねえねえ、君一人?」

「そんな急いじゃってどうしたのー?」


 凛花が地図と睨めっこしながら歩いていると、唐突に二人組の男性に呼び止められた。

 ちょうど凛花の前を塞ぐように立っている。

 自分が話しかけられていると数拍遅れて気づき、凛花は訝しげに顔を上げた。


「……何ですか」

「ぎゃは、冷てぇー」

「くははクールじゃんっ」


 髪の毛をやたらと立たせて剣山みたいになっている男性と、至るところにピアスを飾り付けているハンダゴテで溶かし甲斐のありそうな男性。

 電気ショックを与えたら危なそうだな、と凛花は頭の片隅で考えた。

 背丈や体格からして、大学生くらいだろうか。


「ほらぁー、最近この辺も物騒じゃん? それなのにこんなところを女の子一人でフラフラしてたら危ねーだろぉー?」

「だから俺たちがボディーガードしてあげよっか? くはっ、俺らカッチョィ~」

「はあ……」


 ゲラゲラと笑っている男性二人に、凛花は曖昧に首を傾げた。

 何が言いたいのかよく分からない。


「大丈夫なので、それでは」

「ちょちょちょ」

「そりゃないわー。ないわー」

「すみません、邪魔なのでどいてください」

「くははバッサリ! ウケる~」

「痺れるー」

「ていうかその物干し竿何? 洗濯? 洗濯すんの? もしかしてそこの川でぇ~?」

「やべえウケるー」


 ――イラッ。

 無駄に間延びした喋り方、小馬鹿にした態度に眉をひそめる。

 一方で男性たちはずっとニヤニヤしている。

 こちらの反応を楽しんでいるのだろうが、一体何がそんなに面白いというのか。


「どいてください」

「ツレねー。でも逆にそのツンっぷりがたまんねー、なんて? ぎゃははやべー」

「変態ですか」

「くっは~ほんとバッサリ! 面白いね~君」

「……」


 話が通じない。

 はあ、と凛花は思い切り溜息をついた。

 無視をすることに決め、男性の間を割って入る。

 そのまま通り過ぎようとし――。


「あ、おい待てってば……あだだだだ!?」

「変なところに触れようとしないでください」


 肩を掴まれかけ、凛花は即座に掴まれた肩を腕ごと回す形で振り払った。

 そのまま相手の方に腕を振り下ろす。

 ついでに相手の腕を捻り上げる。


 捻り上げられた剣山男はヒィヒィと情けない声を上げた。

 あまりにも一瞬の出来事で思考が追いつかないのだろうか、ピアス男もまた青ざめている。

 さらに力を込めてやれば、「ぎゃあ!」と泣きそうな声が上がった。


 さすがにやりすぎたか。

 少しばかり反省し、腕を緩めてやれば、剣山男は慌ててピアス男の方に転がり込んでいった。

 二人揃ってドン引いた顔をしている。失礼な。

 互いに抱き合う姿は滑稽だ。女子か。


「うぜー! ちょっと顔が可愛いからって調子乗りやがって!」

「中身は全然可愛くね~! 物干し竿なんて持って変な女っ」


 まさに負け犬の遠吠え。

 何やら他にもブツブツ言っていたようだが、凛花が物干し竿を振ろうとすると、男たちは「やべー」「クソがっ」とそそくさと退散した。

 ぽつん、と凛花一人がその場に残される。


「……失礼な人たち」


 確かに怪力かもしれないけれど。

 破壊神だなんて呼ばれることもあるけれど。


(同じチャラさでもこれなら秀さんの方が万倍マシ……、……、……いやいや)


 思いかけたことを、慌てて打ち消す。

 関係ない。

 もう、彼とは関係ないのだ。


(……とにかく、探そう)


 とんだ邪魔のせいで集中が切れてしまったが、改めて気合いを入れる。


 しかし――やはり、この日も収穫はなかった。

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