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14 妖怪ネットワーク支部

 武山が校内に戻っていくのを見届けた凛花は、じっと送られてくる視線に気づいた。

 仕方なく顔を向ければ、秀がこちらを見ている。

 それも妙に楽しげだ。まるで笑いを堪えるかのような。

 その視線を振り切るように歩き出しながら――秀も当然のように自転車を押しながらついてくる――じとりと見返してやる。


「何ですかその顔」


「いやー? 青春だなって」


「誤解してません?」


「誤解も何も。あの先生のこと好きなんでしょ」


「違います」


 何を言うのかと思えば。

 凛花は呆れて溜息をついた。

 恋バナを嬉々とするなんて彼は女子高生だろうか。

 だというのに、彼は含み笑いをやめない。


「またまた。凛花ちゃんくらいの年齢だと年上の男性に憧れるもんだわなぁ。分かる分かる」


「秀さんって人の神経逆撫でるの上手ですよね」


「あは、よく言われる」


 嫌味を口にしたところで、彼にはのれんに腕押しだ。いや腕押しでは足りない。むしろのれんに釘だ。

 なんだか癪である。

 緩やかな坂を上りながら、凛花は何度目かの溜息をついた。


「……確かに尊敬していますよ。大人の男性とはかくあるべきものかなと思います」


「ベタ褒めじゃん」


「落ち着きがあって、包容力があって、年下の女性をむやみにからかわない」


「ぶはっ。なになに、オレってば不合格?」


「さあ」


「ちぇー。……それで」


 やはり何てことなく流してしまった彼は、凛花の後ろに目を向けた。


「そっちの子は? お友達?」


「そうだよ! ボクは江中美晴、凛花ちゃんのお友達だよっ。凛花ちゃんとはカレカノアプリを使う仲なんだからね!」


「え? あ、ごめん、誤解ってそういう……? 凛花ちゃんは先生じゃなくてその子と……?」


「違います」


「余計なこと言ってごめんな? 修羅場になんないかな?」


「だから違います。変な気遣いを見せないでください。美晴も妙なこと言わないの」


 たしなめれば、美晴は凛花の肩をつかみ、背後から顔を出す。

 彼女は分かりやすくぷっくりと頬を膨らませた。


「もー。だってボク、てっきりこのまま無視されちゃうかと思ったよ」


「あは、悪い悪い。オレは有馬秀でっす。凛花ちゃんのー……何だろな?」


「知り合いです」


「距離あるっ」


 弾けるように笑い声を上げた彼は、コテンと首を傾げてみせた。

 無駄に茶目っ気をたたえて言う。


「もっとこう、頼れるお兄さんみたいなさ? 事件を追ってる相棒とかさ?」


「は?」


「やだ、辛辣……オレのハートを抉るような『は?』だった……」


「茶化さないでください。そもそもどうしてここに来たんですか?」


「ん、まあ。ちょうど見舞いがあったからその帰りに寄ってみたってのもあるんだケド……」


 そこまで言った彼は、ぐっと声をひそめた。


「事件、またあったって」


「……え」


「今度は中学生。いなくなったのは昨日らしいな。一応確認と思ってサッキーさんと現場っぽいとこに行ってみたんだケド、やっぱ匂いはするって。さすがに居場所を突き止めるまではいかなかったケドなー。警察犬じゃないんですよ、って怒られちった」


 意外と彼は動き回っているらしい。

 さくさくと渡される情報に、凛花はしばし言葉を失った。

 そんな凛花の影に美晴の影が重なる。

 彼女はひょいと秀を上目で見上げた。


「事件って、神隠しのだよね?」


「そっすよー。美晴ちゃんも興味ある?」


「うん、凛花ちゃんがやってることだからね! それにお手伝いできることがあるなら、ボクにも言ってほしいな」


「凛花ちゃん、頼もしい友達がいるじゃん。……凛花ちゃん?」


 黙っている凛花を不思議に思ったのだろう、秀が顔を覗き込んでくる。

 凛花は目を伏せた。

 眉間にシワも寄っているかもしれない。

 自分ではあまり意識していないけれど。


「……口裂け女と行ったんですね」


「おう? そーな。それが手っ取り早いと思ったし……サッキーさんには忙しいトコ悪かったかもしんねーケド」


「襲われたらどうするんですか」


「え?」


 鳩が豆鉄砲を食らった、とはこのような顔だろうか。

 秀はぽかんとした面持ちで数度瞬いた。

 全く理解していなさそうな表情に、いくらか腹立たしさも込み上げる。


「だって口裂け女ですよ。無防備すぎやしませんか」


「いや、ほら、昨日会った通りだぜ? 無防備も何も……」


「演技だったかもしれないじゃないですか……私たちを油断させるつもりだったのかも」


「そんな感じはしなかったケドなぁ?」


「大体……」


 そうだ。大体。そもそもにおいて。


「……相棒だと言ったくせに、私を差し置いて勝手に動きすぎじゃないですか」


 凛花は口を尖らせる。

 ――別に深い意味などない。

 ただ、口先だけで相手にされるのが妙に腹立たしいのだ。それだけだ。


「~~凛花ちゃん、可愛いっ」


「わ!? 美晴!」


「もー! すぐるん、凛花ちゃんにこんな顔させるなんて罪な男だよ!」


「ぶは、すぐるん? ってオレのこと?」


「そうだよー。秀だからすぐるん」


「うははスゲー可愛らしい」


 ケラケラと笑った彼は、しかし、美晴のふざけた呼び名もそのまま受け入れたようだった。

 しばらく楽しげに笑っていた彼は、やがて笑みを引き締める。


「そーだな。オケオケ。じゃあ相棒として、改めて協力していきましょーか」


「……まあ、そうですね。よろしくお願いします」


「ボクも仲間に入れてね!」


「おー。もちろん。よろしくな」


「任せて!」


 あっさりと美晴まで引き入れてしまった彼は、ポケットからワイフォンを取り出した。

 ついでに飴もだ。やはり持ち歩いているらしい。

 意外とと言うべきか、マメな男だ。


「そんじゃあ、一応美晴ちゃんとも連絡先交換しとくか。あとせっかくなんで飴ちゃんどぞー。あ、凛花ちゃんもハイ」


「了解であります! 飴も貰うねっ。……って何これ、ドリアン味?」


「手持ちこれしかなくって。でもほらレアいっしょ?」


「ええー……もっと美味しそうなのが良かったよー」


「悪い悪い。今度お高いの持ってきてやるからさっ。ほい、交換完了」


「……秀さんって、誰とでもすぐ繋がりますよね。妖怪ともそうですし、今だって」


 凛花は握らされた飴を鞄に突っ込みコメカミを揉んだ。

 美晴も人懐っこいので、こうなる流れ自体は何もおかしいことではないのだが。

 彼の軽さは毎度凛花が驚くほどだ。

 彼のワイフォンには一体どれだけの連絡先が登録されているのだろうか。

 知りたいような、知るのが恐ろしいような。


「別にフツーっすよフツー」


「普通な人はあんなにフォロワーいませんよ」


「うはは。とりあえずじゃあ、三人のグループチャットでも作って……」


「あ、それなら任せてね!」


 秀と連絡先を交換し終えた美晴が勢いよく手を挙げる。

 そのまま彼女は軽快にワイフォンを操作し始めた。

 フリック入力などもお手の物だ。

 確実に凛花より使いこなせている。

 ちなみに凛花は入力には大分もたついてしまう。

 慣れるほど使う頻度がないのだから仕方ない。


「はい、できたよー! ボクたちだけのチャットルーム! パスワード制にしたから他の人からは見えないよ」


「おおー。仕事が早いっすなぁ」


「えっへへへー」


 美晴が作成したチャットルームはいやに可愛らしかった。

 明るい色とポップな柄が背景だ。

 凛花や秀には少々不似合いかもしれないが――使用する上で不便なわけでもないので、触れないでおく。

 それは秀も同じらしい。

 彼は感心こそすれ、文句もなくチャットルームを登録したようだった。

 彼もまた行動が早い。


「美晴。このチャットルームのタイトル……」


「とりあえず仮だけど、どうかな?」


 凛花は首を傾げる。どう、と言われても。

 改めて見たらしい秀も、思い切り吹き出した。


「ぶは、『妖怪ネットワーク支部』って。妖怪ネットワークってあれっしょ、叔父さんのページのやつ。どの辺が支部なのか分かんねーケドいいんじゃねーかな。なんかウケるから良し!」


「軽!?」


「やったー!」


「美晴もそれでいいの!?」


 案外この二人は調子が合うらしい。

 どこまでも勢いで突っ走っていきそうだ。

 喧嘩されるよりはずっといいが、しかし少しばかり複雑なような……。

 何より、自分がしっかりせねば。

 そんな決意に、凛花は息をついた。

 ワイフォンをぎゅっと握りしめる。


「では、何かあればここで相談、連絡するということで。勝手な行動は慎むこと。報告・連絡・相談は基本ですからね」


「ラジャーであります凛花殿」


「……秀さんはもう少し軽さを抑えてください。不安しかありません」


「ええー」


 ジト目で見れば、秀はわざとらしく口を尖らせた。

 言動がいちいち子供っぽい。

 そんな自分たちを見てクスクスと笑った美晴が、元気に拳を振り上げる。


「それじゃあ妖怪ネットワーク支部……始動、だね!」

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