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13 不審者は賑やかに

「――ボクのお守りが?」


 翌日、凛花は部員に話を聞いてみたが、特にお守りを失くした者などはいなかった。

 普段持ち歩いているかどうかは別として、みんな美晴の好意をありがたく受け止めているらしい。

 少なくとも第三者の手に渡っている可能性は少なそうだ。


 そんな情報を踏まえ、改めて美晴にも話を聞いてみたが、やはり反応は素朴であった。

 部活が終わるのを待っていてくれた彼女は、「うーむ」と大袈裟に腕を組んでいる。

 凛花もまた着替えを済ませ、彼女の隣に並んだ。


「このお守りを持っている人が現場の近くにいたらしいの」


「うーん、よく分かんないや。妖怪の仕業じゃなかったの?」


「……分からないの」


 凛花だって、そう思っていた。

 いや――今でも思っている。


 目撃証言の怪しさもその疑念に拍車をかける。

 人間の仕業だと考えるよりも妖怪の仕業だと考えた方がよほど楽だ。

 何より妖怪ならば、そういう悪さをしでかしてもおかしくない。

 そう思っていたのだが――。


 部室を出る直前、ドアに手を掛けたまま、凛花はポツリと呟いた。


「……私、妖怪はみんな退治しなきゃって思ってた。だけど秀さんに会ってから、会う妖怪たちがみんな……、……変で」


 デートを楽しむ狐に、ネトゲにハマっている天狗、懐くスネコスリに、トイレットペーパーに住む管狐、オリーブオイル推しの油取り、人見知りでネットアイドルの口裂け女。

 凛花が知る妖怪たちとはどうもかけ離れている。

 今までの価値観が崩れてしまいそうなほど。

 今まで凛花が問答無用で追い払ってきた妖怪たちも、実は思い描いていた姿とは違ったのだろうか。

 考えてみても分からない。


「ねえ、凛花ちゃん。ボクにも会わせてよ、その秀さんって人」


「え?」


 ニコリ、と彼女は笑う。


「ボクには妖怪は見えないけどさ。見えないからこそ分かることもあるかもしれないし……ボクは凛花ちゃんに助けられてきたからねっ。凛花ちゃんが不安に思うなら、今度はボクが一緒にいるよ」


「美晴……」


 彼女の笑顔に曇りはない。

 それが凛花にはとてもありがたい。

 気づかない内に力んでいたらしい身体を、凛花はそっと緩めた。

 ドアを開け、廊下に出る。


「うん。ありがと」


「へへ。それにしてもすごいねっ。妖怪ネットワークだっけ?」


「美晴も興味ある?」


「そりゃああるよー! 妖怪が見えないボクでも妖怪たちのやり取りが見れるわけでしょ? それってすごいことだよね」


「見れるどころか、秀さんは実際にやり取りもしてるみたいだけど……」


 ホームページで交流の場を作ったという秀の叔父も、美晴と同じ気持ちだったのだろうか。

 普段から妖怪が見える凛花にはあまりピンと来ない。

 そもそも凛花は普段からSNSというものに興味がない。


「それってボクのワイフォンからでも見れるんだよね?」


「そうみたい。みんなが知らないだけで、何か制限されているわけじゃないらしいし……妖怪専用なんて言われてるけど、秀さんが使ってる時点で専用とは言えないし」


「凛花ちゃんは書き込まないの? 掲示板とかツブヤイッターとか」


「うぅん……」


 もう日が沈んできており、生徒玄関にも人影は少ない。

 吹奏楽部の演奏を何とはなしに聞きながら、凛花は曖昧に首を傾げた。

 靴を履き替える。


「あまり気が進まないなぁ……」


「情報収集は大事だよー!」


「ネットって何が本当で何が嘘かよく分からないし。だからちょっと怖いっていうか」


「それはそうかもだけどぉ」


「それに妖怪が使ってるんだよ? 私は美晴にもあまり使ってほしくないよ」


「……心配?」


「当たり前でしょ」


「えへへ」


 人懐こい笑みを浮かべた美晴が腕にじゃれついてくる。

 凛花は苦笑してされるがままにしておいた。

 ふわりと柑橘系の匂いが風に乗ってくる。

 彼女もまた自分でお守りを持ち歩いているのだ。

 渡してくれたときも「お揃いだよ」と言っていた。


「おうおう、お前らは相変わらず仲良しだなー」


「タケやん!」


 校門に向かう途中、声を掛けてきたのは部の顧問、武山だった。

 今日も今日とて笑みは爽やかだ。

 部が終わったばかりだからだろう、ジャージ姿である。


「タケやんはジャージですらカッコいいんだからずるいよねっ」


「江中、褒めても何も出ないぞ。あと先生をつけなさい、先生を」


「はーい、タケやん先生」


「はは。及第点か」


 あっさりと笑い飛ばした彼は、一転、表情を厳しくする。


「お喋りもいいがこれ以上暗くなる前に帰れよ? 最近は物騒だからな。そのために部活も早めに切り上げてるんだ」


「私としてはもう少し練習していきたいんですけど……」


「安全が第一に決まってるだろ」


 きっぱり言い切った武山に、額を軽く弾かれる。

 凛花はむぅと眉を寄せた。


「……分かってますけど」


「咲坂は普段から頑張りすぎなんだし、たまには軽めにしておくのもいいだろ。バランスだよ、バランス」


「そうだそうだ、タケやんの言うとおりだー」


「美晴はどっちの味方なの?」


「圧倒的に凛花ちゃんだよ!」


 美晴は相変わらず調子がいい。

 しかし、憎めない。


 流れで武山も含めて――どうやら途中まで見送ってくれるつもりらしい――校門に向かっていると、ふいに先が騒がしいことに気づいた。

 生活指導を担当している先生――間宮孝まみやたかし――と誰かが話しているらしい。


 ひょろりとした彼はネチネチと厳しいことで有名だ。

 話しているのは生徒の誰かだろうか。

 何かしら問題を起こし説教をされているのでは――。


「いやーマジっすか、それやばくないですか」


「そうでもないさ。だからこそ私がこうしているわけで」


「ふはははカッケー、やべー! 間宮先生スゲー!」


「調子がいい奴め。しかしだな、本当に最近の若者には辛抱が足らん」


「耳が痛いっすわ」


「少し叱られただけで人格全てを否定された気になって……」


「うんうんナルホド、先生の愛ある叱咤ってやつなんですね」


「だというのに口だけは達者で……」


 中身があるのかないのか、綿菓子のように軽い声には聞き覚えがあった。

 え、と凛花の思考は停止する。


 停止。

 空白。

 沈黙。


 そうしている間に相手がこちらに気づく。


「あ、凛花ちゃん」


 ――再開。


「秀さん……!? え、どうしてここに……というか、何で間宮先生と……!?」


 混乱していると、美晴がツンツンと腕をつついてきた。

 小声で「この人が?」と聞いてくる。

 凛花は困惑しながらも頷いた。

 自転車に乗って間宮と談笑していた彼は、確かに昨日も会った人物、有馬秀だ。


「いやー凛花ちゃんのこと待ってたんだケド、先生に捕まっちゃって。不審者扱いされちった」


 あは、と笑ってのける彼に脱力する。

 何だそれ。

 何だそれ。


 我に返ったらしい間宮も、わざとらしい咳払いをして取り繕った。


「そ、そうだ。今はこの辺りも物騒だからな。さすがに彼が危険人物だと思っているわけでもないが……状況が状況だから黙って見過ごすわけにもいかず注意していたところだ」


「マミやん、雑談してたよね? 仲良しモードだったよね?」


「こら、江中。俺にはともかく、間宮先生のことはちゃんと先生と呼べ」


「はぁい」


 じろりと睨んできた間宮の手前だろう。

 武山は渋い表情で美晴の頭を小突いた。

 美晴はさして気にしていないのか、言葉だけは素直に返す。


 それにしても、と凛花は秀に目を向けた。

 ニヘラとした笑みが返される。

 本当に緊張感のない人だ。


「とにかく、君は不審な行動は今後控えるように。それから……いやまず君の目的を聞いて……」


 ――しまった。

 間宮のスイッチが入ってしまった。

 こうなると彼は長い。ねちねちと説教が続いてしまう。

 それは勘弁してほしい、どうにかして切り上げたい。


「あの、その人は私の……」


 言い掛け、凛花はハタと言葉を止めた。

 ――何と言えばいい?


 兄だと言い張って見逃してもらうか。

 いや、名字が違う。顔だって似ていない。

 そもそも凛花の家族構成はきっと教師の間宮にも知られているだろう。

 下手に嘘をつくと疑念が深まってしまう。

 無難に友人?

 イトコ?

 それとも――?


「間宮先生、その辺で。この子は私の親戚の子ですから。後で私からきつく言っておきます」


「……武山先生の?」


 助け船を出してくれたのは、武山だった。

 彼は訝しげに唇を尖らせた間宮――癖のようなものだ――に向かって頭を下げる。


「すみません、本当に。ほら、お前もちゃんと謝れ」


「あは、すみません。でも間宮先生カッケーっすね! 生徒の安全を守るためにこうやってしっかり見回りしてて! これからも頑張ってください!」


「こら、調子のいいことばかり言うな」


「……、まあ、武山先生がそう言うなら。もう遅くなりますしね。しかししっかりしてくださいよ。本当にもう……」


 武山の説得に応じたのか、秀の言動に毒気が抜けたのか、ブツブツ言いながらも間宮は引いた。

 ほう、と凛花は息をつく。

 何もしていないのに妙に疲れた気分だ。


「……というか、本当に親戚だったりしませんよね?」


「んにゃ、初対面。えーと、武山先生ですっけ? ありがとうございました」


「私からもありがとうございます」


「まあ、あの先生は本当に話が長いからな……真っ暗になっちまう。とはいえ、咲坂の友達ということで大目に見てやっただけだからな。今回だけだぞ」


「ヒューヒュー、タケやんかっこいいー!」


「江中も茶化すな」


「ヒューヒュー! タケやん先生サイコー!」


「君は本当に茶化せる立場じゃないな?」


「はいすみません」


 一睨みされてあっさり態度を改める秀。

 腰が低いのか高いのか分からない。

 やれやれ、と武山も肩をすくめてみせた。

 それからポンと凛花の頭に手を置いてくる。


「咲坂のことだから大丈夫だと思うが……暗くなる前に気をつけて帰れよ。江中もだぞ」


「はい」


「はーい」


「それから君もだ」


「はぁーい。……って待ってオレ成人してんすケド!? 今スゲー子供扱いされたっぽい!?」


「あれ、そうなのか? 咲坂の友達みたいだからてっきり……」


「……ぷっ」


「凛花ちゃん笑った!?」


「いえ」


 問いつめてきた秀から思い切り目を逸らす。

 ――仕方ない。武山ががっしりしすぎているのだ。

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