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11 甘いものは別腹です

「お待たせいたしました。香ばし抹茶~ほろ苦成長物語~パフェの方」


「あ、オレっす」


「華やかベリーっ~初恋の思ひ出~パフェの方」


「わ、私です……」


「そして当店自慢のハーレム・フルーツ・キングデラックス・ビックギガパフェの方」


「はい!」


 話の場を設けることにした一行は、秀の提案通り、近くのパフェ屋に足を運んだ。

 秀が案内してくれた店は白が基調の壁や天井で、飾り付けも熊やウサギのぬいぐるみなどがふんだんに飾られ――全体的にキラキラしている。

 周りを見ても女性客が圧倒的に多く、男性はデートで来ている数人程度だ。

 その中に物怖じもせず入り、なおかつ割と馴染んでいる彼の神経はやはり鉄線並なのだろうか。

 むしろ口裂け女の方が「はぁぁぁ私なんかがこんなオシャレなところに来ていいのかなぁ……!?」「ああでも可愛いっ……写真撮っていいかな、いいよね」「ツブヤイッターに載せちゃお」「しまった、ぬいぐるみが隠れて私しか写ってない!?」などとはしゃいでいた。


 口裂け女は席に着いてからも「私、不相応じゃないかな」とおどおどと凛花に尋ねてきたが、凛花としては、まずそのコートがこの場には不似合いだと思う。

 夏なのだ。それなのにコートにマスクって。

 不相応というより不審である。


 ちなみに天狗は一旦離脱している。

 近くの漫画喫茶店にいるので何かあれば呼ぶように、と言っていた。

 それでいいのだろうか。

 緊張感の欠片もない。


 注文の際は、奢ってもらう身なのであまり高くないものを、と気遣おうとした凛花だが――秀の「年上に任せなさいな」という追撃に甘えさせてもらうことにした。

 とにかくそんなこんなで、いよいよ、ようやく、ついに、何とか、こうして無事にパフェにありつけるに至ったのだ。


 秀が手渡してくれたスプーンを受け取り、凛花は高々と盛られたフルーツや生クリームをまじまじと眺めた。


 ツヤツヤのイチゴが丸々乗っている他、

 惚れ惚れとする切り口で色とりどりに飾られたフルーツ、

 贅沢な量で布団のように全てを優しく抱きとめる生クリーム、

 見るからにとろけ夏の暑さを忘れさせてくれそうなアイスクリーム。

 舞台女優さながらに佇むプリンや華やかに目を楽しませる可愛らしい動物のクッキーたち――

 いつか、一度、食べてみたかったのだ。

 それがまさか果たされるだなんて。


「ぶふっ……凛花ちゃんのそんな元気いい返事、初めて聞いたよオレ」


「な、何ですか。返事が元気なのは良いことですよ」


「それは否定しないケド。つーか食えるん? オレらの倍以上あるっしょ」


「余裕です。……あの、写真撮ってもいいですか」


「ソワソワしすぎ! やっぱ女の子っすなー」


「む……」


 ケラケラと笑われ、複雑な気持ちになる。

 凛花が女であることは間違いないが、しかしここでそう評されるのは、むしろ子供扱いされているような。


「あ、じゃあ私も……あの、ごめんなさい、せっかくなので二人にも入ってもらっても……?」


 おずおずと口裂け女が窺ってくる。

 凛花と秀は顔を見合わせた。

 何と答えるべきか悩んだ凛花を制し、秀がヘラリと笑う。


「いーっすケド、顔出しNGでオネシャス。オレら一応一般人なんで?」


「あの、私はいいなんて一言も」


「分かりました、加工しますね!」


「いえそういう問題じゃ」


「それじゃあ――ハイ、チーズ」


 どうして話を聞いてくれないのか。

 押し切られるままに凛花はワイフォンのレンズを向けられた。

 口裂け女は自身も入る角度を調整しながらシャッターを切る。

 さすがだ。手慣れている。


「いい感じです……! ありがとうございましたっ」


「いえいえー。せっかくなんで溶ける前に食べましょ。イタダキマス」


「……いただきます」


 先ほどから流されている感覚が拭えなく、凛花は眉を寄せながらも秀にならった。

 とはいえ、違和感は尽きない。

 そもそも口裂け女だって人を襲う存在ではないのか。

 パフェにつられてしまったが、呑気に一緒にテーブルを囲んでいて大丈夫なのか。

 確かに目の前の口裂け女からは、あまり脅威を感じないのだけれど。

 むしろドジっ子でおどおどした態度は、年上のようなのに凛花の庇護欲をくすぐってくるときもあるのだけれど。


(は……)


 悶々としながらパフェを口に含んだ途端、広がる感覚に凛花は思わず拳を握った。


(生クリームはベタつかず舌の上でさらさら溶けていくし甘さもしつこくなくていくらでも食べれそうなのがすごく心地良い紳士さながらの気配り上手でアイスのバランスがこれまた絶妙に考え抜かれて何より程良く混ざり合っている果物のフレッシュさと甘味と酸味が口の中でさらに弾けて歯ごたえも次から次へと楽しませてくるから止まらない……!)


 さすがのデラックスである。

 見た目も味も楽しませてくれるなんて申し分ない。

 王者としての貫禄が伺える。

 生きていて良かった。


「んーと、食いながらでいいんだケド。サッキーさんってよくあの辺にいるんすよね?」


 凛花が生きる喜びに打ち震えている間に、秀が話を切り出した。

 凛花もハッとする。

 そうだ。パフェを味わっている場合ではない。

 いやでもパフェに罪はないのだ。

 ちなみに口裂け女はマスクをしたままパフェを口に運んでいた。

 どうなっているのだろう。器用だ。


「あ、うん。よくあの電柱の影で小中学生の下校を眺めてるの」


「……もしかして神隠しの犯人はあなたなんじゃ」


「違うよ!? 人見知りを治すためにもまずは子供から、と思って……!」


「でも襲うんでしょう?」


「やっぱり耐えきれなくて、ついオーバーヒートしちゃって……」


 それで追いかけ回されるなんてたまったものではない。

 噂の中では刃物を持っていることも多かったはずだ。


「まあ、それは置いといて。神隠しの現場がその辺だったらしいんすよ」


「それは聞いたことあるかな。物騒よねぇ……」


「っすねー。それで、もしかしてサッキーさん、何か目撃してないかなーなんて思いまして」


「……うぅん……私、人見知りだから……誰かいたら隠れちゃうし……」


 それで口裂け女が務まるのだろうか。

 しかし「ごめんね」と眉尻を下げて言われると、凛花としても強く出にくい。


「あ、でも」


「ん? 何か思い出しました?」


「におい」


「におい?」


 丸々としたイチゴを器用に口に運んだ口裂け女が、じっと凛花を見てくる。

 凛花は少しばかりどぎまぎした。

 黒目がちの大きな瞳は、秀の言う通り引き込まれそうな不思議な気持ちにさせる。


「凛花ちゃん、だっけ」


「はい」


「何か柑橘系のもの持ってる?」


「柑橘系……?」


 思いがけない質問に、凛花はすんと自身を嗅いだ。

 凛花は香水などもつけていない。

 直前にオレンジジュースを飲んだわけでもない。

 あえて言うなら今食べているパフェが果物で溢れているが、さすがに口裂け女もそれで「持ってる?」などとは聞かないだろう。

 とても何か匂うものがあるとは――。


「――このお守り?」


 ふと引っかかったものを、凛花はポケットから取り出した。

 掌に収まるほどの小さな長方形方のお守りだ。

 淡い橙色の布でできている。


「それだわ。中に柑橘系のエキスが染み込まれた紙か何かが入ってるんでしょうね」


「これがどうかしたんですか?」


「同じにおいがしたの」


「……え?」


 口裂け女はじっとお守りを見ていた。

 目を細める。

 くるり、パフェの中を軽くかき回す。


「私、鼻がとてもいいの」


 ――マスクしてるのに。

 いや、思えば油取りがただ隠し持っていただけのポマードにも反応していた。

 鼻が良すぎるからこそある程度マスクでカバーしているのかもしれない。

 足も速くて鼻もいいだなんて、実はかなりのハイスペックなのではないか。


「……、……あの」

「はい?」

「……あまり見ないで……」


 気まずそうに呟く口裂け女は顔を赤くし、目を逸らしていた。

 どうやら凛花の視線に耐えられなくなったらしい。

 それにしてもすぐ赤くなる人だ。

 フォローのつもりだろうか、秀が明るいトーンで口を開く。


「同じにおいってのは、その現場でってことっすよね。それは事件が起きた後の話っすか」


「もちろん」


「じゃあ……犯人が同じもの、もしくは似た何かを持っていた……?」


「犯人とは限んねーよ。被害者かも。サッキーさん、いつもそのにおいがしてるってワケじゃないんすよね?」


「凛花ちゃんを除けばそのときだけ、だったかな。布の感じ含めてのにおいだし、それと似たにおいはそうそうない気がするけど……」


 ふむ、と秀が顎に手を当てた。

 考え込むポーズだ。


「凛花ちゃん、そのお守りってどーしたん? 見た感じ手作りだよな?」


「美晴……私の友達が作ってくれたんです。部活で大会がいくつかあるから、そこで勝てるようにって……」


「それ持ってるのは凛花ちゃんだけ?」


「いえ、同じ部の人にはみんなに……」


 答えながら、凛花は動揺が止まらない。

 ――部の誰かが被害に遭ったという話は聞いていない。

 だとすると――犯人が部の中にいるというのだろうか?


(偶然ってことも……口裂け女が嘘をついている可能性だって……)


 しかし、口裂け女は凛花がお守りを持っていることなど知らなかった。

 あくまでも柑橘系の何かを持っていることに気づいただけだ。

 しかし。

 でも。

 でも――……。


「まーまー」


「!」


「まだ分かんねーし。とりあえず手がかりにはなるかも、くらいな感じで覚えときゃいーんじゃね?」


 ポンと軽く頭に手を置かれ、ぐりぐりと左右に揺らされる。

 揺らされるままに凛花は眉を寄せた。


「……子供扱いしないでください」


「うははサーセン」


「ふふ。いいなぁ、仲が良いんだ」


「は!?」


 羨ましげに呟かれた言葉に目を見開く。

 意味が分からなかった。

 とんでもない勘違いだった。

 その感情のままに凛花は拳を握る。


「何言ってるんですか! この人とはそんなんじゃありませんよ!」


「そうなの? でもいい雰囲気だったっていうか……」


「私がお守りしてるんです! 仕方なく! だって頼りないから!」


「えー。そこまで言わなくても良くね?」


「本当のことです! だから仲良くなんてありません!」


「オレは仲良くしてーケド?」


「知りませんっ」


 絆されてたまるものか。

 そう息を巻く凛花にも、口裂け女は「ふぅん」とニヤニヤするだけだった。

 先ほど見つめすぎた復讐のつもりだろうか。

 一方の秀も大して気にした様子もなく笑っている。解せない。


「どーどー。落ち着け落ち着け」


「馬扱いしないでください。誰のせいだと……!」


「それより凛花ちゃん、パフェ溶けちゃうぜ?」


「あぁ!?」


 デラックスパフェが!


 不満はあったが、パフェの一大事には勝てない。

 口裂け女のニヤニヤに耐えながら、凛花はひたすらパフェを口に運ぶことに専念した。

 ――あんなに美味しかったのに、何だか味が分からなくなってしまった。

 この男のせいだ。全く。許せない。



***



「お、サッキーさん早速呟いてる」


 口裂け女と別れた帰り道、雑踏の中。

 天狗と合流した秀が、ワイフォンを見ながら呟いた。

 ちなみに天狗は妙にしたり顔だった。

 ギルドのメンバーが増えたらしい。

 そのおかげでギルドレベルも上がったらしいが、凛花にはよく分からない。


『シュウ君と、可愛い女の子と! 美味しいパフェをいただいちゃいました』


「って犯罪者みたいになってる!?」


 加工された写真は、目のところがモザイクで黒く塗り潰されている。

 いかにも怪しげだ。

 ついでに口裂け女はばっちり上目遣いで、角度も余計に小顔に見えるものだった。

 やはり手慣れている。


「ぶははは」


「笑い事ですか!」


「秀殿、ツブヤイッターのリプ欄がいくらか炎上してるぞ」


「えっ」


『サッキーサッキーサッキーサッキーサッキーサッキー』

『シュウさんひどい! サッキーに会いたくても会えない私みたいなのもいるんですよ!』

『シュウてめえこのやろう両手に花とかうらやましい』

『にじみ出るイケメン臭許さない』

『シュウだけに RT にじみ出るイケメン臭許さない』

『座布団持ってって~ RT シュウだけに RT にじみ出るイケメン臭許さない』


「ぎゃははヤベー!」


「だから笑い事ですか!?」


「まあ秀殿はしばしばこんな感じだからな」


 どこまでも不安なまま、夜は賑やかに更けていく。

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