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ダブルリング  作者: 理湖
9/10

解放(アベル視点)

「アベル!」


自分を呼び止める声が聞こえたが、アベルは止まらなかった。


開けたドアを怒りに任せて乱暴に閉める。こんなに腹が立ったことは今までなかった。


しばらく立ち尽くしていたが、彼の自分をまっすぐ捉えていた黒い目が頭から離れず居心地悪い。


目をぎゅっと閉じ、真っ暗な視界の中にあの黒い瞳を溶かして消し去ろうとした。その暗闇の中に絵の女性が浮かんだ。すると無性に彼女に会いたくなり、アベルは旦那様の部屋に続く階段を駆け上がる。ネロがおぶってくれたおかげで体力は回復したが、今はそのことを思うと余計にむなしい気持ちになった。


自分はネロに心を許してしまった。だから余計につらい。


部屋に着いて息を切らしながらもそっと壁に掛けられた鏡を外し、慣れた手つきで絵を取り出す。するりと抜き出した絵の女性と目があう。青い穏やかな目は自分のささくれ立った気持ちを少しずつないでくれた。


自分の中で暴れていた怒りが徐々に鎮まっていくのを感じる。けれど、同時に胸が引きしぼられる気持ちになる。


アベルは自分でも気づかないうちにネロに心を開いてしまっていた。生まれて初めてに近い感覚で、彼の一挙一動に心動かされた。


だからこそ、彼との別れ際の会話はアベルの一番触れられたくない思いを残酷にも抉ったのだ。


だって、


(だって好きなように生きれるなら、この狭い屋敷をの中で心を殺していた自分が惨めじゃないか。)


何年も何年もこの屋敷の中で続く暴力、理不尽、恐怖に耐えて生きてきた。それなのにもっと生きたいように生きればいいなんて言葉は無責任だ。


アベルの中で再び怒りが沸き起こる。行き場のない気持ちが涙となって溢れた。次々頬を伝って流れていく。


アベルは絵を撫でながら絵の中の彼女を見つめ続けた。


そのため、もう1人この部屋に入ってきたものがいることに気づかなかった。


「お前、なぜその絵を!?」


驚いて振り返ると背後に旦那様が立っていた。思っていたより時間が経ってしまっていたらしい。


鋭く細められていた彼の眼は今までにないほど大きく開かれている。


彼の目線の先を見て、絵を勝手に引っ張り出してきたことに怒っているのだとアベルは思った。


謝罪のために頭を下げようとした時だった。


「アベル、まさかお前、思い出したのか?!」

『アベルはどこまで思い出した?エリザの絵を見てるって事は、しかし、』


思い出す?


再び不思議なことが起こった。


彼の思いが頭に流れ込んでくる。


焦る彼の気持ちが伝わり、心臓をざわりとなぜる感覚がした。


これ以上は聞いてはいけない気がした。


『俺が殺した事は…?』


『殺した?…旦那様が?』


旦那様はびくっと肩を揺らした。


「おまえ、今、しゃべったのか?」

『こいつは俺が殺したと。』


旦那様の口から発せられる声を耳で聞き、別の言葉が彼の声色で頭に直接響いてくる。


ウイリアム氏はゆらりとアベルへ近づくと小さな首に両手をあて、そのまま覆いかぶさるようにアベルを床に押し倒した。


「ぐっ」


『これ以上は無理か。もう、』


殺すしかない。


思いがダイレクトに頭の内側に伝わってくる。と同時に首を絞める手に力がギュッとこもり、首を圧迫していく。目の前に迫る男は本当に旦那様か?乱れた茶色い髪が汗で額に張り付き、目は血走っている。歯を食いしばってはぁはぁと息を荒く呼吸を繰り返す。


まるで獣みたいだ。


その姿を見ても恐ろしいとは感じなかった。ただただ苦しくて視覚に感覚を向けている余裕はない。おまけに、いつもの虐待のおかげか死の間際でも自分の危機感が麻痺しているらしい。


次第に頭に血が集まってくるように熱がこもり、頭がぼーっとしてくる。


老いてから死ぬのだと思っていたけど、自分はあのおじいさんほど長生きできないらしい。もっと生きれると思っていた。


僕は、死ぬのか。


でも、これ以上生きて何になる?


今日だって自問自答してあきらめれたじゃないか。ネロの背中におぶさるとき、不信感から出てきた不安や恐怖は諦念によって消え失せていた。


むしろ、あきらめることで楽になる。


(あ、)


最後に見た空を思い出した。


『また見たくなったらいつでも呼んでくれていいぜ』


夕陽を受けて柔らかく微笑む青年が頭をよぎった。


(まだ…まだ、死にたくない。今日、初めて、)


楽しかったんだ。


『ネロ!!』


心に浮かんだ名前を強く思った直後、


バリンッ!


ガラスが砕ける音が聞こえた。


「なんだお前は?!」と叫ぶウイリアム氏の声も終わらないうちにドスッと鈍い音がした。それと同時に首を絞める手が急に消え、破裂しそうだった頭の圧迫感が解けた。


「かはっ」


アベルは肺に思いきり息を取り込んで再び肺を絞り込むように咳き込んだ。眼には生理的な涙が溜まっていて視界がぼやけている。


辺りでは何かが衝突する音が続いていて、状況を把握しようと涙を乱暴に拭ってそちらへ目をやると、こちらに背を向け逃げ惑うウイリアム氏の脇腹に背後から黒髪黒色調衣服をまとった男が回し蹴りを決めている所だった。みしりと音がしそうなほど軋んだ彼の体はそのまま吹っ飛び、大きな音を立ててクロゼットに勢いよくぶつかった。


蹴りを入れた男の横顔が見え、ようやく侵入者の正体がわかった。


『ネロ!』


見たことのない怖い表情をしていたが、ネロだとわかって思わず手を伸ばす。意図せずまた思い浮かべた事がまた伝わってしまったのだろうか、彼はアベルに気づいてホッとした表情を浮かべると、伸びきったウイリアム氏を放置して近づいてきた。


「よかった。間に合わなかったのかと思った。」


とネロが言っている間に、体から力が抜けてしまい、アベルはネロの方に倒れこんだ。


寄りかかられたネロは一瞬身体を強張らせたが、優しくアベルの身体を抱き締めた。


温かさに包まれてほっと安心した瞬間、アベルの体は疲労感に支配され、いろんな感覚が遠のいていくのを感じた。抵抗して身じろぎするが、気づいたネロに諌められた。


「フォリエを使いすぎたんだ。もう大丈夫だから、少し眠るといい。」


ネロの声色からは自分を気遣う声が伝わってくる。


アベルはそのまま意識を手放した。

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