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ダブルリング  作者: 理湖
8/10

怒り(アベル視点)

こんなに空が広いなんて知らなかった。青色の空と夕日の橙色が混ざり合う不思議な境目が混ざり合ってこんなにきれいだなんて知らなかった。


ただ、ネロに言わせてみればこんなのは天気が良ければ日常茶飯事なのだと言う。


いつもと同じ空を見ているはずなのに今まで見ていた空とはまるで別物に思える。


ネロが宣言していた通り、彼は走るより速くビュンビュンと屋根の上を駆け抜けていった。屋根と屋根の間は飛び越えた。普通の人間なら絶対に飛び越えられない幅も軽々と超えた。


不思議と怖いとは一度も思わなかった。


空がどんどん広がっていく気がして、今ならどこへでも行ける気がした。


その後ネロは本当に家まで送ってくれた。それを告げると「途中で降ろされると思ってたのか?」と心外そうに言われた。


そういう意味で言ったのではないが、感動した僕の様子に気を良くして散々遠回りして行ってくれたので一瞬帰る気があるのかと疑ったのは事実なので反論できない。屋敷に着くまでに、向こう側まで見えないくらい大きな湖や1階建ての民家の3倍の高さはありそうな時計台の天辺に登ったりしてくれた。どの光景も心躍るもので、次はどこに行くのだろう、何が見えるのだろう、と考えるとわくわくした。しかし、「着いたぞ」と言われた先にいつもの屋敷を目にして、現実が見えて少しだけ気落ちした。


目の前の屋敷は普段見ていたものより小さく見えた。


アベルはスケッチをごそごそと取り出し手をかざして文字を浮かべる。


『解放していただいた上に、送ってもらってご迷惑おかけしました。』


「おまえなぁ、こういう時はすみませんじゃなくて”ありがとう”っていうんだよ。そっちの方が、俺は嬉しい。」


ネロはそう言うと少し拗ねたように言葉をねだってきた。


…そうなのかな?


ネロという人物についてはわからないことの方が多いが、なんだか今はただの子供に見えておかしくなった。違いはわからないが彼には感謝の気持ちも感じていたので、確かにそれを伝える必要があるようにも思えた。


『介抱してくれた上に屋敷まで送ってくれて』


と書き、考えが変わってもう一度書き直す。


『介抱してくれた上に屋敷まで送ってくれた上に空を飛んできれいな景色を見せてくれてありがとう。 』


文章はまとまらなかったけど、これでいいい。


くるっと裏返してスケッチを見せると、読んだネロはにっこり顔をほころばせて笑った。


「だろ!綺麗だったろう!また見たくなったらいつでも呼んでくれていいぜ。今度はもっと高いところまで連れってってやる。」


彼の笑った顔が夕日に照らされてきれいだ。


今日はきれいな一日だった。


何かに気づいたネロが先ほどと違う穏やかな笑みで「笑ったの初めて見た。」と言った。


思わず手を顔に当てると確かにわずかに頬と口角が上がってる気がする。初めて自分が笑えるのだということを知った。今日は初めてだらけだ。しかもネロはまた今日みたいに初めてな体験をたくさんさせてくれるという。


(うれしい。)


胸が暖かい感じがする。なぜだろう、彼にもこの気持ちを知ってほしいとおもった。彼がいろんな景色を自分に見せたいと思ったようなものだろうか。


伝えたい。


『すごく、すごく嬉しい。ネロ、ありがとう。僕も、楽しみだ。たぶん初めてこんなに心臓がドキドキしてる。』


スケッチを見たネロは、今度は少し照れたように微笑んでくれた。


この人の笑う顔は、うん、好きだ。こんなに人に好意を持ったのは久しぶりだ。


この人と一緒にいられたらきっと毎日が楽しいだろう。


と考えてすぐにアベルは心の中でかぶりを振る。


(何を僕は考えてるんだ。この屋敷から出られないのに。)


夢を見たって叶わないのに。


みしっと胸が軋んだ気がした。


そろそろ現実に戻らなくちゃ。


そう思い、アベルは『仕事をしなくちゃいけないから今日はこれで。ありがとう、ネロ。』と書いたスケッチを見せ、初対面時に忘れてしまった礼も完璧にこなし、ネロに背を向けて屋敷の扉へ向かう。


「おまえ、幸せか?」


ネロが後ろから聞いてくるが、意味がわからなかった。振り返り、きょとんとしていると、先ほどの笑顔を消し、感情の読み取れない真剣な顔でもう一度静かに問うた。


屋敷でのシチュエーションが想起される。


「最初にあったとき、首元に見えてる火傷の跡がみえた。悪いとは思ったけど介抱した時に勝手に体見せてもらった。お前、あざだらけじゃないか。この屋敷で暴力受けて、そんな奴らのために働いて、幸せか?」


思わずうなじに手をやった。


そうか、初対面のとき彼に礼をとった時におそらく首筋が見えていたのだ。


でも、それはどうでもいい。普段ならいやだが体の傷跡を見られたこともこの際どうでもいい。


この時最もアベルの気を引いたのは「幸せか」という言葉だった。あのときと同じ、自分の現状に満足しているかという問いだ。


『ネロ様には関係ないことです。』


さっとスケッチの上に文字を綴る。先ほどとは正反対にアベルの返事は素っ気なかった。


アベルは初めてネロに拒絶を示した。それほどアベルには余裕がなかった。


「もしこの屋敷にいておまえが幸せじゃないん、」


『うるさい!おまえに僕の何がわかる!?』


なおも言い募るネロにアベルは激昂し、頭の中に暴言を吐いた。


スケッチに手をかざして反論しようとしたが、喋っていたネロは不自然に口をつぐみこちらを目を丸くして見ている。自分が暴言を思い浮かべたタイミングで口を閉ざしたネロにアベルも驚いた。


しかし、そのまま黙るかと思った彼はそのまましゃべり続けた。


「あの屋敷から出るつもりはないと言ったな。あれは嘘じゃないだろう。だけど、”出ない”と”ここにいたい”は違うだろ?こんな屋敷でちまえば」


『僕はここ以外の場所に行くつもりなんてない!今までだって耐えてきた。どんな暴力も理不尽も耐えてきたのに、それを、お前は!』


ぐっと唇を噛み締める。自分がどんな思いでどれだけ我慢してきたのか第三者にわかるわけない。


理解して欲しいとは思わない。だけど自分の生き方を否定するような発言は許せない。


今まで見て見ぬ振りをしてきた怒りが、まるで振ったボトルから炭酸が噴き出すように頭の中に充満していく。


『二度と僕に関わるな!』

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