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ダブルリング  作者: 理湖
5/10

出会い(アベル視点)

コンコン


ドアにつけられた金具が打ち鳴らされ、来客を知らせる音が鳴り響く。


お客様の相手をし、客間まで案内するのはアベルの仕事だった。この来客を告げる音は旦那様へのお客様が多い。ディエゴの友人ならけたたましくドアが打ちならされる。遅れると失礼になるため、今まで行っていた家具の掃除も放り出し、玄関へ駆ける。


ドアの前で身なりを整え、扉を開けると、そこには漆黒に身を包んだ青年が立っていた。


歳はディエゴと同じくらいだろうか。暗闇の中に黒い長袖のシャツを着た黒髪黒目の端正な顔立ちの男。身長は自分より頭1つ分高い。


彼は思ったより目線が下のアベルに対してゆっくりと眼差しを下げ、こちらを見て仄かに微笑んだ。


女性ウケの良さそうな綺麗な顔だと思った。


外見には無頓着な自分がこんな感想を抱くほどなのだから余程ではないのだろうかーと思ったが、ふと我に返ったアベルは客人を凝視するという不躾な態度など無かったように使用人として教え込まれた礼をする。


ゆっくり顔を上げると、微笑をたたえていたはずの男は少し驚いたように目を開きじっとこちらを見つめていた。


はて、やはり見つめすぎて失礼だっただろうか、どうしようかと思っていると男は1つ瞬きをして先ほどと同じように穏やかな笑みを浮かべ要件を告げた。


「先日連絡をしていた騎士隊16隊隊長ネロだ。ウィリアム・ルイス・バトラー氏はご在宅か?」


あまりに若い客だったため認識が遅れたが、確かに今日は1人、ネロという男が来ると聞かされていた。


大抵旦那様の客は同じような貴族が多いため、顎髭を蓄えているような壮年の男性が大半を占める。そのため予想外の美男子がその客人だとは思い当たらなかった。


自分はいつも通り手に持っていたスケッチに手をかざし、青い文字を浮かべる。


『失礼しました。存じ上げております。どうぞ客室までご案内しますのでお入りください。』


ネロと名乗る男は自分のフォリエに対して驚いた様子もなく後についてきた。ディエゴは驚いたのにおそらくしょぼくて、しかし全く驚かないのはさすが隊長クラス。


途中で様子を見に来た見習いに旦那様を呼ぶよう指示を出し、自分は彼の案内を続けた。


しかし騎士隊は15までで構成されていたはずだけれど思い違いだっただろうか。


街へ買い出しに出た時に買い物客が騎士隊のことで話していたのを思い出し、確か15隊までだと記憶しているが、まぁ、来客の連絡は確かにあったので客には違いない。


アベルはわずかに訝しんだが、そのまま客として扱う事にした。


お互いに無言だったが部屋に着き、椅子を勧めて座ってもらう。旦那様と客用の2人分のティーカップに紅茶を注ぐ。彼の前の机にそっと音を立てないように置くと、ネロに声をかけられた。


「ねぇ、君、この屋敷で何年使用人やってるの?」


アベルはカップから目線を外し、ネロの方を向くと思ったより自分と彼の距離が近くて少し驚いた。カップを置きに机に寄っていたので当然の近さなのだが、うっかりしていた。


見れば見るほど彼の肌は白くきめ細やかだ。睫毛も長くて目元に作るささやかな影が一層艶やかに感じる。


って考えている場合じゃない!


質問の内容を反芻して意味を理解して何か失礼な事をしただろうか。と少し慌てた。


『物心つく頃からおりますので少なくとも8年ここでお世話になっております。何か至らない点がございましたか?』


使用人の失態は雇い主の失態にもなる。旦那様に恥をかかせると、後でまた折檻を受けるかもしれないと思うと背中に嫌な汗が流れる。


「あぁ、そうじゃないそうじゃない。ただ気になっただけ。」


ほっと胸をなでおろしたアベルは近すぎる距離を一歩二歩と下がった。


そして気にしていない様子のネロはティーカップを持ち上げて優雅な動作でカップに口をつけ彼の咽喉元がこくりと動く。


「紅茶も、美味しいよ。」


にっこり笑う彼は不思議と自分の先輩である老爺を彷彿とした。若い男性なのに老爺と似ていると言ったら失礼だろうが、昔自分が入れた紅茶を老爺は美味しいと言って飲んでくれたのだ。


それが嬉しくてたくさん練習した。


ほのかに胸のあたりが暖かくなる。「あ、やべ、ウイリアム氏が来る前に飲んじまった」とひとりごちる彼のカップに最初と同じだけお茶を注ぐ。先ほど会ったばかりの人間なのにどこか親しみを感じた。


しかし、そろそろ旦那様が来る頃だ。部屋を出なくては。


『ありがとうございます。では旦那様が来るまでしばしお待ちください。』


彼にいつもより深く一礼し、扉へ向かう。


ドアノブに手をかけようとした時、再びネロに声をかけられた。


「君はさ、ここ、やめたいと思った事ない?」


予想外の質問に思わず手を止め振り返った。


先ほどまでの笑みはしまわれ、まっすぐと射抜くような視線を自分に向けている。


質問を投げかけた彼の貫くような漆黒の瞳に恐怖を抱いたが、


『ありません。』


そう言って再び踵を返し、アベルはそのまま部屋を後にした。


紅茶を褒められた時の充足感は消えさり、廊下をずんずん歩いている時に自分が退出の礼をするのを忘れていた事に気付き、一瞬足を止めてほぞをかんだ。


初対面なのにネロという男はアベルの心をかき乱していった。


もう一度会いたいような二度と会いたくないような不思議な男だった。


彼は旦那様と2時間ほど話をしたようだが、彼が屋敷を出る時は見習いが見送りに向かったため、その日アベルがネロに会う事はなかった。


その来訪以来2週間経つが、あれからネロが屋敷を訪れることはなかった。

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