勅命 (ネロ視点)
冒頭の背景解説長くてすみません。
読みにくいですよね。読んでいただいてるのに、ほんとにすみません。
...がんばって読んでください!
この国はアトランティス国。同じ大陸にすむ大人なら必ず聞き覚えのある大国のひとつだ。そんな大国を治める最大権力者は皇帝だ。皇帝は代々世襲制で、ガイダルという姓と代々受け継がれる黄金に輝く髪色が皇帝である事の証でもある。
アトランティス国の場合、年号はその代のガイダル皇帝によって名付けられ、今はレナト世紀とされる。
今月でレナト世0年と2ヶ月と25日。
つまり、現皇帝が即位してから2ヶ月しか経っていないということを指す。それまでは先代、現皇帝の父親がこのアトランティス国を統治していた。
ネロがこの国に訪れたのは3ヶ月くらい前なので断片的にしか事情は知らないが、当時のアトランティス国は酷い有様だった。ネロが都心に入って一番に感じたのは街中で感じるはずのない、匂いだった。
当時、皇帝に歯向かうもの、意見するものは即刻死刑されていた。死刑される人数に対して死刑台が足りなくて商店街のど真ん中や貴族の敷地、教会の目の前に死刑台が作られては多くの人がその台に処刑されたため都内は血や腐敗した肉の匂いで充満していた。
政策の方は貴族の懐を潤す法案ばかりが次々と制定され、税や物価の高騰で衣食住さえままならない国民は飢えをしのぐのに必死だった。純粋な商売でやっていけなくなった商人は貴族に賄賂を渡し保身に走り、自分の子供や妻を人身売買の商品としてお金に引き換えることもあった。どこを見ても国民にとって決して住みやすい国ではなかった。
即位してすぐ前皇帝がこんな狂った統治をしていたかというとそうではなかったらしい。しかし、どうしてこんな国になってしまったのか当時の宰相も近衛隊も解体されてしまったため、真実を知る者はない。
そんな国民の惨状を見て革命軍を発足したのが現皇帝ギルフォード・ガイダルだ。
彼は皇帝という国の中でも貴人、権力者、支配者のトップに君臨する立場でありながら、いくらか普通の貴族に比してズレていた。前皇帝の子息で間違いなく血をひいてるが、訳あって平民として育てられていたそうだ。そのため彼は皇太子という立場でありながらネロたちのような傭兵や平民、奴隷にすら対等に接する気さくさがあった。
普通なら貴族はなんらかの成功者であり、目に見えて莫大な財産を所有するためにどこかそれを持たない自分以下を見下す。国民にとって貴族とはそういうものなのだ。地位をふりかざさないギルフォードが地位の低い人々を引き寄せ、彼らに愛されるのは当然だった。
そして彼のカリスマ性に惹きつけられた多くの若者が彼の革命軍に入隊し、革命軍はものすごいスピードで力をつけていった。ギルフォードの勧誘を受けたネロも彼らと同じように打倒皇帝を胸に日夜戦いに明け暮れた。この国をよくしようなんて高尚な目的なんて持ち合わせてなかったが、ギルフォードと利害が一致した結果だ。
戦いはネロが入隊して1ヶ月も経たずに終わったが、分け隔てなく接するギルフォードと出会うには十分な時間だった。戦いはもちろん新皇帝ギルフォードの勝利で幕を閉じた。目的を果たした革命軍は解散され、彼らはヨハンのようにギルフォードのそばで騎士隊として彼を支えるものもいれば、ネロのように報酬を受け取ってそのまま元の職業に戻る者もいる。
(大体、3ヶ月経つのか…。)
しみじみと感慨に耽るのはかつて戦場でもあった宮殿内の風景に感化されているからだろうか。
ネロは今宮殿の中を歩いている。1人ではなくもちろんヨハンに連行、いや、案内してもらっている。
大仰に迎えに来た第1騎士隊のヨハン以外の7人は本当の第1騎士隊員ではなかった。
彼らは俺を逃がさないために用意されたハッタリだった。正直皆兜をつけていて顔は見れなかったが宮殿について早々ヨハンが「では、皆様、おつかれさまでしたー。はい、これ約束の分ねー。」とにこにこと偽騎士隊員に言いながら硬貨の入った袋を目の前で渡された時には我が目を疑った。
まぁ、公衆の面前で同行に同意した後だったし、今更どうしようもなかったのだが。
(まあ、俺っていう極悪人でも要人でもない人間を連行するためだけにこの国のトップ隊を動かせるほど暇じゃねえわなぁ。宮殿の中に入って人目がないからって逃げようとすればあの請求書の額も上がるだけだしー。)
つまるところ、自分に選択肢なんて用意されてないのだ。
しみじみと納得しながらとぼとぼ歩いているとヨハンが豪奢な扉の前で歩みを止めた。豪奢とはいえ目の前の部屋は客間であり、この宮殿内の部屋の中では小さい方だろう。
(本来皇帝に謁見する際はそれ相応の部屋に通されるのだが、これは俺と会うってことでそこまで気を使う必要がないっていう意思の表れだろうか。)
扉の両脇に聳える2人の騎士にヨハンが向きなおる。
「第一騎士隊隊長ヨハン・ファン・ルイス、客人をお連れしましたー。」
このしまりのない話し方に騎士たちは慣れているらしく、扉の両脇に控える騎士の1人が無駄の動きせずガチャリと扉を開ける。
部屋には正方形の背の低いテーブルを挟むように上品なソファが2つ備えられている。その奥側に座っていた黄金色の髪をした若い男がこちらに気づき、伏せていた顔を勢いよく上げた。
「よー、久しぶりだなぁ。俺が即位して以来だから3ヶ月ぶりじゃないか?」
この砕けた挨拶をしてきた男こそアトランティス国第8代目皇帝ギルフォード・ガイダルである。23歳でこの地位についた彼は男性から見ても整った顔立ちをしており、少し切れ長く涼やかな目元は相応の年より落ち着いた印象を受ける。肩で揃えられた髪は瞳と同じで蜂蜜のような甘い黄金色で老若を問わず女性を虜にする。右目の視力が少し悪いらしく単眼鏡をかけており、少々年寄りくさく感じさせるような気もするが、それ以上に皇帝としての知性を感じさせる。要するにチートキャラだ。
最後に会った時と変わらない。
そんな彼に敬意もへったくれも必要ない。
「おー久しぶりー、じゃなくて!なんだよあの盛大なお出迎えとこの請求書は?!」
ビシッと請求書を彼に突きつける。まるで俺が借金を取り立てているみたいだ。
「あれ、手紙読んでないのかい?大事なことは全部そこにしたためたっていうのに。」
おかしいなぁと金の瞳に見つめられたヨハンは少し困ったような表情を浮かべ、しかし口では笑みを浮かべつつ、
「いやぁ、ネロが逃げるものですから〜。」
とぬけぬけと言い切った。
いや、正確に言うと逃げようとしただけだし!
ギルフォードは向き直り、手のかかる子供を見るような目でネロを見る。
「ダメじゃないかヨハンに手間かけさせたら。何のために第一騎士隊を派遣したと思う?君たちが暴れたら街1つ消し飛ぶかもしれないんだよ?」
「人を破壊兵器みたいに言うな!そいつはともかく俺にそんな破壊力ねえ!つか逃げてねぇし!」
「どうせ逃げようとしたところを第1騎士隊に囲まれて緑の非常口マークのような間抜けなポーズのまんまヨハンに「同行願いますー」とかなんとか言われたんだろ?」
こいつ、見てたのか?!いや、非常口はやってない。
「僕は君みたいなニートと違って分刻みでスケジュールが詰まってるんだ。再会を喜んでパーティでも開きたいくらい心踊ってるんだけど、さっそく本題に入らせてもらうね?」
そう言うとギルフォードはゆったりと足を組みかえ、にこやかに微笑みつつ
「君には第16小隊の隊長を務めてもらいたいんだ。」
と宣った。
「は?」
部屋に沈黙が降りる中、唖然としていたネロだったが、くくくと笑いをこらえるヨハンの笑い声で我にかえる。さっきのは人前だったから勅命という言葉に逆らえなかったが、今この部屋にはネロとギルフォードとヨハンの3人しかいない。勅命だろうと言いたいことは言わせてもらう。
「いやいや、実際15も騎士隊作って計200人くらい、だっけ?もう治安良くなってきてるし捜査も今ので人数十分足りてるだろ?ここで1隊増やして俺が隊長になったところでやることねぇって。しかも騎士隊ってのは後ろ盾があってナンボだ。隊長が異邦人なんて前例ねぇからすんげぇ反発されるぞ。」
そもそも騎士隊というのは皇帝が自分の指一本命令1つで動かせる兵隊だ。貴族の行動に目を光らせたり隣国の視察に使ったりと、使い道は様々で隊によって性質が決まっているため忙しさもまちまちだが、今ある隊でこの3ヶ月うまくやってきているように思う。今更増やす必要はない。そのうえ俺はこの国に来てから4ヶ月、籍だってこの国にない。平民ですら隊長になった前例がないのにこんな何処の馬の骨とも知れない余所者が隊長だなんて聞いたことない。
皇帝の一存で作れる隊だが、周りの反応を予想するとこの提案は全く現実的ではないのだ。
「前例がないなら作ればいい。もともと騎士隊は皇帝が誰の権限を挟ませず選抜できる存在なのだ。今までの皇帝が上級階級贔屓だっただけでなにも平民から選んじゃいけないわけじゃない。」
「でもさぁ、そういうのって決まりとかそんなんじゃなくて暗黙の了解的なもんじゃん。それが一番厄介じゃねぇか。表立って非難できないから裏でこそこそ陰湿ないじめとかさぁ、あるんだよ組織には。」
「お前はどこぞのJKか。」
呆れた様子のギルフォードだが、こちらはいたって真剣だ。男の嫉妬ほど醜いものはない。
「ふむ。」と彼は顎に手をやり考え込むそぶりをして、呟き始めた。
「壺25万円、フェールの絵…。」
(こ、これは、俺の借金の内容?!)
ボソボソと続きを抑揚なく滑らかに紡ぐそれはまるで呪文のようだった。
「やらせていただきます!」
と返事をするとギルフォードは「よろしい。」と満足げに鷹揚に頷く。
(こいつ、足元見やがって…。)
ネロはギルフォードをじとっと睨みつけたが、おかまいなしに目を閉じ、片手で鼻根をもんだ。これは彼の癖だ。これが出るときはたいてい頭を悩ませてる時だ。
「正直俺がこの3ヶ月頑張ったおかげでこの国は内外ともに持ち直した。最初はいい顔して俺の法案にぽんぽん印を押してくれた光族らが最近俺の政策に渋り顔をし始めた。あいつらが議決で首を縦に振らないせいで学校も建てられないし、いつまでたっても俺の理想郷が手に入らない!」
最後はほぼ叫ぶような形でギルフォードは言い切った。
(…理解できないわけじゃない。)
この国は昔から独裁制ではなく、法の提案の後には必ず光族議会が開かれ、7家の光族の多数決によって制定の是非を議決する。これは伝統とも考えられているため、革命後も受け継がれている制度の1つだ。この光族と他の貴族とどこが違うかと言われると、蓄えている財産、功績、土地の広さなど様々な点で優れた名家が選ばれるらしい。が、ネロはどこの家がどう優れているか詳しくない。
ただ、彼らもまた貴族だ。支配する下位の貴族の財産を守るため、純粋な利益のためなどの理由でなかなか議決に賛成の印を押さない。そのせいで民の暮らしを豊かにするための法の制定が円滑に進まず、革新は足止めをくらっているらしい、という噂は商店街でもまことしやかに囁かれている。ほぼ国民も周知のことだ。
だが、光族が首を縦に振らない理由はそれだけではない。噂も一部には当てはまるが、残りの勘の良い光族はそうではない。ギルフォードの新しい政策の到達点を見据えているのだ。
(なんせ、ギルフォードの最終目標は階級制度の撤廃。その布石となる法の制定に勘づき始めている貴族が渋るのは無理もない。)
だから俺なのだ。
「なるほどねぇ。外から来た俺だからこそ信頼できるし階級を持ってないっていうのもお前好みだな。借金を返すくらいの働きはしてやる。そんで、俺は何すんの?奴らを失脚させる?弱みを握ってくる?」
「借金してる立場のくせに態度でかいな。まぁ、そんなところだ。光族そのもの、あるいは影響力の強い貴族関係の後ろめたいあんな事やこんな事を突いてほしい。どこまで追い詰めるかは任務としておって知らせる。奴らには俺の掌の上で踊ってもらわなくちゃ。」
ギルフォードは目を細めて不気味な笑みをたたえる。
(ん?悪役っぽいのこいつの方じゃね?)
「で、承諾してもらったってことで早速第16小隊に初任務を与える。」
「は?」
今任命されたばっかだぞ?
「待った待った!急すぎんだろ!しかも俺はもう革命の時みたいに最前線でやってくつもりなんてない。ただでさえ端から見て武術は中レベル、フォリエは0、そしてぼっち!こんな状態で任務なんてできるかよ。せめて部下を」
「2500万円。」
こいつ、俺を服従させる呪文を手に入れやがった…。ぐうのねもでない。
「じゃぁ、今ここで任務引き受けるから借金半分にしてくれよ!」
「しょうがないな。」
一瞬間、承諾されたと気づくのに時間がかかった。
「え、まじで?もしかして給料も一丁前に他の隊長らと同じくらいくれたりする?」
借金は給料から引かれると思っていた。ダメ元で言ってみただけに承諾されるとちょっと調子に乗ってみたくなった。
「何を驚いてる。構わん。」
「え、いいのか?わー。いや、ギルお前金銭感覚くるったなー。あの頃はあんなにケチだったのに。」
そう、このギルフォードと言う男は誰もが羨む地位で財産を持っていながらとんでもなくケチなのだ。
まだ革命軍の一員としてやっていた頃は借りたジュース代ごときで1日2回は請求しに来てたくせに。しかも返すまでの1ヶ月毎日。そこらへんの取り立てより陰湿で粘着質だったはず。
「何を言ってる?長い目で見ると、そんなはした金より腹の黒い貴族の家財を没収する方がはるかに価値がある。」
…黒いのはお前の考えだ。相変わらずちゃっかりしてる。
ちらりと目の前に座るギルフォードの顔を盗み見る。
普通皇帝とこの距離で話す機会がないからそのままにしているのだろうが、繕われていないギルフォードの目元にはくっきりと疲労を示す隈が残っている。
「くだらんこと言わずに早くその資料に目を通せ。あと騎士隊員はお前が認めるなら候補者じゃないやつでも構わん。好きなやつを好きに引き入れろ。可愛い子が入ったら必ず連れてこい。お前みたいなDTには無理だろうがな。」
「うっせー!最後のは暴言どころか暴力だ!こらヨハン!俺を哀れむ眼差しで見るな!見てろよ、ボンキュッボンのお色気姉さんでハーレム作ってやる!後で羨ましがっても遅いからな!」
「そんなもの全く羨ましくない。むしろ妹みたいに月の妖精のような可憐な少女がいい。」
「黙れロリータシスコン!」
「何とでも言え。妹よりかわいい生き物なんて許さん。」
「お前単眼鏡の度合ってねえよ!早く買い換えろ!」
「嫌だ、高いじゃないか。」
「やっぱ貧乏性じゃねぇか!!しかも今の、度が合ってないって認めたな!?」
わーわーと話はだいぶ逸れ、くだらないことで白熱しそうになったところで、ヨハンがゆるゆると終わりを告げた。
「陛下ー、そろそろお時間ですよ。」
ちらと恨みがましくヨハンを睨んだギルフォードだったが、壁にかかっている宝石の嵌められた豪奢な時計を見て小さく溜息をついた。
「やれやれ、仲間は男でも女でもオネエでもいいが任務は頼んだぞ。少し急いでほしいんだ。」
「はいはい。でもこの資料ざっと見た感じ『不正取引』。賄賂系だろ?急ぐことか?」
「任務自体は急ぎじゃない。初任務だし肩慣らし程度の小物さ。上手く証拠は隠してるがな。急ぐ理由は、捜査してれば分かるさ。」
含みのある言い方が気になる。しかし、聴いたところで教えてくれるやつじゃない。
「ふーん。ま、後でじっくり読ませてもらうわ。じゃ、元気でな。ちゃんと寝ろよ!」
空いた手で自分の下瞼をすいとなぞり、もう一方の書類を持った手の方をひらひらと振る。そうして正式な儀礼など一切行わないままくるりと背を向けるとさっさと大仰な扉をくぐり客室を後にした。
パタンと外にいる兵によって締められた扉を見つめたままギルフォードは呟いた。
「はぁ、もっと友人と喋っていたかったのに。難儀だな。皇帝というものは。」
目元は優しく細められているが、ネロは背中を向けていたから気づかなかっただろう。
「仕方ないですよぉ。俺だって約束守ってるじゃないですかぁ。次の面会は2分後、サルバトーレ公爵との謁見です。」
「あの狸親父か。憂鬱だー。どうせ国庫を潤す大切さを語りつつ、暗にもっと貴族を味方につけるための云々仄めかすっていう目的の対談なんだ。あーつまらん。」
「ていうか本当に妹存在したんですねー。」
「お前、今までずっと妹を俺の想像の産物だと思ってたのか?!」
ヨハンにとって自分の家族構成などどうでもいいだろうことは今までの付き合いでわかるが、これはあんまりだ。
ふう、と短いため息をつき、鼻根を指でもむ。そのままゆっくりと立ち上がり、次の謁見のため皇帝としての顔をつくり客室を後にした。