依頼人
依頼人は若い女性だった。
緊張した様子で室内を見回した後、最後に優しく微笑む宮沢を見てほっとしたように少し力を抜いた。
「安藤和香子さん?」
「はい。警部さんからこちらのことを紹介されたのですが」
「ええ、名取警部から伺っております。どうぞおかけください」
にこやかに対応しているのを感心しながら眺めていると、宮沢から視線で安藤さんの向かいに座るように促された。
俺と安藤さんが座ったのを確認した彼女は、俺にちらりと視線を向けた後に部屋から出て行った。恐らく下にお茶を淹れに行ったのだろう。
何も言わなかったけど、視線には「がんばれ」という気持ちが込められていたように感じたので、俺は覚悟を決めて安藤さんに向き合う。
「お話をお聞きしていいですか?」
声をかけると安藤さんはびくりとして視線を彷徨わせたので俺は安心してもらえるようににこりと笑ったのだが、彼女はぎこちなく頷くだけで緊張した様子は崩さなかった。
「えっと……警部さんから聞いているかもしれませんが、私少し前からストーカーにあってて……」
聞いてない。少なくとも俺は。
え、マジでそんな依頼俺に対応させる気かあの人? 正気か??
「……具体的に話してもらっても大丈夫ですか?」
「はい。私は今大学3年なんですけど……確か秋くらい? からよく物が無くなるなって思ってて、でもそんなに気にしてなかったんです。けどしばらくしたら今度は家のポストに封筒が入ってて、中には無くしたもの……消しゴムだったりボールペンだったりの新品が入ってて、直感的にこの差出人が私のものを盗んだんだなってわかりました。これがその封筒です」
そう言って彼女が鞄から取り出したのはA4サイズの封筒で、中を見ると先ほど言っていた通り、消しゴムなどの新品の文房具が複数に、ハンドタオル、ヘアアクセサリーなど結構な量のものが入っている。
ちょっと待って、パック飲料が入ってるんだけど??
「えっと……これも?」
「あ、えっと、たぶんなんですけど……飲み終わったそのジュースのゴミをうっかり置いていったことがあって、思い出して戻って来た時には無くなってたから親切な人が捨ててくれたのかと思ってたんですけど、きっと……」
そこまで言うと安藤さんは蒼い顔で俯いてしまった。まじかー……
「この封筒はいつ届いたんですか?」
「1ヶ月前です」
「それ以降ものが無くなることは?」
「あ、それはもう無くなったんですけど……今度は、付きまとわれてて……」
安藤さんがそう話している途中にガチャリと事務所のドアが開いて、びくりと彼女の肩が跳ねた。
そちらを見ると先ほど出て行った宮沢がお茶を2つお盆に載せて入って来た後、俺と安藤さんの前に置いて自分は俺の座っているソファの後ろに立った。
安藤さんは宮沢の方をちらりと見ると、先ほどまでよりいくらか落ち着いた様子で話を続けた。
「実は、犯人の目星はついてるんです。同じサークルで、一時期しつこく遊びに誘ってきた人がいて……。ずっと断ってたらそのうち話しかけて来なくなったからあきらめたのかと思ってたんですけど、最近よく見かけるんです。人混みに紛れて少し離れたところからジッとこちらを見てて、目が合いそうになるとどこかに行くんですけど、しばらくしたらまたいるんです。ただ周りに人がいないときは視線を感じるだけで姿を見たことがないので、確信はもてないんですけど……」
なるほど。
つまりその相手は安藤さんに言い寄っていたが相手にされず、彼女のものを手に入れることで自分の欲求を満たしていたが、だんだん彼女に認識されたくなって封筒を送って自己主張してきたってことか?
それから更に欲求がエスカレートして今ココっていう状態なんだろうが……うーーーん
「だんだんエスカレートしてますし、これ以上放っておくと危険ですね」
宮沢が顔を顰めながら言った言葉に俺も無言で頷く。
「私もそう思って先日警察に行ったんです。けど警察の方にこれだけじゃ動けないって言われてしまって、私その時恐怖でパニックになって泣いちゃって……そしたら、ちょうど通りかかった警部さんが私の様子に気づいてこちらを紹介してくださったんです」
泣いてしまったことが恥ずかしかったらしく頬を染めながら話す彼女に、宮沢が「もう大丈夫ですよ」と優しく声をかけている。
え? お前そんな優しい声出せたの? と思わず宮沢を凝視してしまったが、それに気づいたらしい宮沢が黒いオーラを出してきたため慌てて目を逸らした。
宮沢はしばらく無言で圧力をかけてきたが、しばらくすると諦めて安藤さんの方に向き直った。
「ひとつ確認したいのですが……不躾な質問で申し訳ないんですが、安藤さん恋人やそれに近い存在、あるいは気になる方はいらっしゃいますか?」
「え? い、いえ、いません」
「わかりました。でしたら、おとり捜査に協力いただけますか?」
「おとり捜査……ですか?」
にこにこしている宮沢の口から出た言葉に、安藤さんは戸惑った声を上げる。
「はい。相手をおびき寄せるのが一番早いと思いますので。この神崎に恋人役として相手をおびき寄せてもらいます。当然安藤さんのボディーガードも兼ねていますので、出来るだけ一緒に行動していただきたいのですが、いかがでしょうか?」
「いかがでしょうか?」じゃねーよ!? 俺の意見は!? は? しかもボディーガードって、俺の弱さはお前よく知ってるだろ!?
しかし早急に手を打たないと危ないのも事実なので何も言えない!
安藤さんの反応は……と彼女に視線を向けると、少し蒼褪めているように見える。うん、やっぱりこれはそういうことだよな。
「宮沢、チェンジ」
「は?」
「だから、交代。宮沢が男のフリして恋人役やってくれ」
俺の発言に、宮沢も、安藤さんもポカンとしている。
「神崎さん? 何を言っているのかしら??」
依頼人の手前、猫を被っている宮沢の笑顔が引きつっている。殴りたいのを我慢しているように見えるのは気のせいだと思いたい。
「安藤さん、貴女、男の人が苦手なんじゃないですか?」
彼女は目を大きく見開いた後、気まずそうに視線を逸らした。
「……ごめんなさい。態度、悪かったですよね」
「え!? いえいえ! そんなことないですよ!! こちらこそ気が利かなくてすいません!」
失敗した! そりゃ男から「男のこと苦手なんだろ?」って言われたら気にするよな!
俺は慌ててソファの後ろに回り込み、代わりに宮沢を彼女の正面に座らせた。
「というか! 実際俺より宮沢の方が適任なんで! めちゃくちゃ強いし、ボディーガードにピッタリ! 対人経験もバッチリだから犯人ボコるのも何の躊躇いもなくやってぐえ!!!」
俺が安藤さんが気にしないようにいかに宮沢の方が適任であるかを熱弁していたら、突然立ち上がった宮沢に目にも止まらぬ速さのボディーブローを貰い撃沈した。
「調子に乗るなよ?」
「スミマ……セン……デシタ……」
俺は瀕死状態だが、これを見て安藤さんもきっと安心してくれたことだろう。
そうむりやり満足しながら、俺は意識を手放した。




