三島相談事務所
週末になり、言われた通りの時間にナガレボシに行くと笑顔の菜摘さんにそのまま二階の事務所へ行くようにと言われた。
店の奥にある階段を上って通路を進んでいくと、すりガラスの部分に『三島相談事務所』と書かれた部屋があったためそこだろうとあたりをつけてドアをノックする。
中から「どうぞ」と返事があったので恐る恐るドアを開いた。
恐る恐るなのは、「どうぞ」の声が宮沢のものだったからだ。
「……何よその態度」
蹴りこそ飛んでこなかったが、入ってきたのが俺だと分かった途端、宮沢の被っていた猫は逃げ出したようだ。
更にびくびくしていたことを敏感に感じ取ったらしく不穏な空気を醸し出し始めたので、俺は慌てて「何でもないよ」と言い、へらりと取り繕ったような笑顔を浮かべた。
宮沢が鼻を鳴らして不服そうにではあるがお許しをくれたので、俺はホッとしながら事務所の中をきょろきょろと観察した。
入って正面にある道路に面した大きな窓の前には恐らく所長のものと思われるデスクがあり、ドアの近くには依頼人と話をするときに使うのだろうテーブルと向かい合わせのソファが1組置かれている。
向かって右手の壁一面は棚が置かれており、中には参考資料と思われる本やファイルがたくさん置かれている。
昔見ていたアニメの探偵事務所みたいだと思った。
「ん? 宮沢だけ? 所長は?」
部屋には宮沢しか居なかった。
続きの部屋があるわけでもないみたいだし、この後来るのだろうか?
「ああ、来ないわよ」
「は?」
「だから、依頼人の対応をあんたに任せるって言ってたでしょ? アレ、あんた1人で対応しろって意味」
「はあぁぁぁぁ!?!?」
意味がわからない!
マジで意味がわからない!
「そんなん出来るわけねーだろ!? おたくの所長バカなの!?!?」
「バカではないわよ。非常識ではあるけど」
「いや、バカだろ!? こんな1回会っただけのバカに依頼人対応1人で任せるとか!! ってか1人って言ったか!? お前は!?」
「私は一応もし何かあればサポートしてくれって言われてるけど、基本はあんた1人に対応させろってさ」
鬼がいる……!
「お願いします宮沢大明神様!! 1人とか絶対ムリ!!」
「はぁ? はなから諦めてんじゃないわよ。ここで働きたいんでしょ?」
「ぐっ……! それはそうだけど……」
それはそうなんだけど、それとこれとは話が別だと思うんだけども!
採用もされてないうちから独り立ちさせるってどういう教育方針!? とんでもないことやらかしちゃったら俺どうなるの!? ムリムリムリ!!
頭を抱えていると、流石に不憫に思ったのだろう。
宮沢が気まずそうに視線を彷徨わせた後、少し顔を赤くして助け舟を出してくれた。
「……まぁ、所長からも頼まれてるわけだし……どうしてもってなったら手伝ってはあげないこともないわ。ただし! 最初は自分で考えなさいよ!」
「おぉぉ……ありがてぇ! 流石自慢の幼馴染だぜ!」
俺が満面の笑みで宮沢に祈るように手を合わせると、素直じゃない恥ずかしがりの幼馴染は更に赤くなってぷるぷると震え始めた。
「あ、これは手か足が出るやつ」と気づき回避態勢を取ろうとしたとき、入口のドアがノックされた。
その音にハッとして、一度目を瞑り気持ちを切り替え応答した宮沢を見て、大人になったんだなあとしみじみしてしまう。昔の宮沢だったらこの場合ノックを無視し殴りかかっていた。絶対だ。




