対面
ほぼノンストップで走って宣言通り10分で店の前に到着すると、扉を開ける前に一旦胸に手を当てて深呼吸をし、整いきっていない呼吸そのままに勢いよく扉を開いたが、同時に顔の位置に何かが飛んできたので反射的にしゃがんで躱した。
一体何が起きているんだ!? と思い顔を上げると、俺の顔の位置に飛んできたものは宮沢の拳だった。
……本当に一体何が??
「え? あんたまさか走って来たの? そんな切羽詰まってるワケ?」
「ちげーよ! あんな電話受けたら何かあったと思うじゃねーか!!」
こちらは心配して急いで来たというのに、その相手が殴りかかって来るわ可哀想なものを見る目で見てくるわで泣きたくなった。
切羽詰まっていないわけではないが、慌てていたのはそのせいじゃない!
「神崎和泉くん?」
名前を呼ばれたのでそちらを見ると、にこにこと楽しそうに笑う男が奥のカウンターに座っていた。聞き覚えのある声からして恐らく彼が所長で、雇ってもらうためには下手な態度はとらない方がいいと分かっていてもどうしても一言物申さずにはいられなかった。
「さっきの電話、何だったんですか?」
「嫌だなぁ、試験の一種だよ? 別にからかったわけじゃない」
そう言われても、明らかに楽しそうなその顔を見ると素直に信じることが出来ない。「ねぇ?」と同意を求められた宮沢も、微妙な顔をして「そうですね……」と歯切れの悪い返事をしている。
「信じてないね? まぁいいや。オレは三島藤。君、うちで働きたいんだって?」
「あ、えと、はい!」
急に問われた本題に、姿勢を正して反射的に返事をした。所長はふんふんと頷きながらこちらと、気のせいか宮沢を観察している。
始まった面接らしきものに、あることを思い出して俺はサッと血の気が引いた。
「すいません! 俺、履歴書持ってきてなくって……」
「ん? あぁ、いいよいいよ。履歴書なんか見ても何もわからないし」
「あ、はい。それなら良かったです?」
自分でもよくわからない返事をしながら、流石にだんだん不安になってきた。
菜摘さんと宮沢の雇い主であるし、ナガレボシの所有者なのだから働き口であることは間違いないのだろうが、とても若そうに見えるし、失礼だがとてもいい加減そうに見える。
今だってただ面白そうに観察されているだけだ。
「うちで働くにあたって、1つだけ絶対に守ってほしいことがあるんだけど」
「はい」
しばらくしてようやく満足したのか、所長が楽しそうな表情のまま口を開いた。やっと面接らしい質問が来るかと思い、居心地の悪さから反らしていた視線を所長に向け直した。
「オレに嘘をつかないこと」
「……? えと、それだけ……ですか?」
「簡単でしょ? なのに何故かこれが出来ない人が多くてね」
「それはわかりますけど……」
そうだけど、そうじゃない! これは就職のための面接なのか? それとも盛大なドッキリなのか!? それとも今の質問には何か他の意味が隠されているのか???
これまでの就職試験と勝手が違い過ぎて、そもそも頭を使うのが得意ではない俺には判断がつかない。
「どう? 守れそう?」
「はい!」
「うん、いい返事だね。因みに嘘をついたらペナルティがあるからね」
「えっ」
またしても反射的に返事をしてしまったが、どっちにしろ就職できなければ困ることには変わりはないため難しい考えは放棄した。
「早速なんだけど、和泉くんに次の依頼人の対応をしてもらおうと思うんだ」
「依頼人?」
「うん?」
「え? 仕事って、カフェの店員じゃないんですか?」
事務所について誰も何も言わなかったため、カフェの事務所だと思ったのだけど……
俺の質問に、所長は宮沢を見て、宮沢は菜摘さんを見ると、菜摘さんはポンっと手をうった。
「和泉くん、藤くんの事務所は何でも屋さんなの」
菜摘さんは可愛らしい笑顔でそう言った。
週末に依頼人が来るから今日は帰っていいと言われ、帰りはゆっくりと歩いて帰った。
いろんな意味でどっと疲れた。
(あれ? そういや就職決まったってことでいいのか?)
会話を思い出してみるも、合格とも採用とも言われていない。
(え!? 依頼人対応ってもしかして試験ってこと!?)
俺は気づいてしまった事実に部屋で1人頭を抱えた。




