思わぬ再開
目的の複合ビルに辿り着くと、オープンの文字を確認して中に入った。『ナガレボシ』と書いた看板のあるこの店は、昼はカフェ、夜はバーをやっているのだが、不定休のため行ってみないと開いているかわからない。数か月前に見つけてからよく訪れているが、店休日に当たってしまい無駄足になったこともしばしばだった。
落ち着いた店内には、平日の昼下がりという時間もあり客はほとんどいなかった。俺が入ってきたことに気づいてカウンターの中から手を振っている店主を見つけ、迷わずその目の前の席に座った。
「菜摘さん、俺はもうダメだ。俺にはもう菜摘さんしかいない」
「いらっしゃい、和泉くん。どうしたの? 悩み事?」
「就職試験全滅した」
「あら、まあ」
俺の話を聞いても、菜摘さんは特に驚かなかった。学生さんは大変ねえ、と言ってコーヒーを淹れ、これ、サービスだから元気出して、と言って俺の前に置いてくれた。吉永菜摘というこの女性はここナガレボシの店主で、いつもにこにこしながら話を聞いてくれる。俺はそれがまるで母親のようで嬉しくて、つい暇があればこの店に足を運んでしまっているのだが、未だに他の従業員の姿は見たことがない。
「あの、それで折り入ってお願いがあるんですが……この店で雇ってもらえないでしょうか? バイト扱いでいいですし、贅沢は言わないんで」
俺の言葉に、菜摘さんは困ったように頬に手を当てた。やはり迷惑だったかと思い、聞かなかったことにしてくれと自分の台詞を取り消すと、彼女は慌ててそうじゃないと否定し、考えながら言葉を紡いだ。
「ええっとね、確かに私はこの店の店主なんだけど、従業員さんを雇うことは出来ないのよ。うーん、どう説明すればいいのかしら?」
どうやら迷惑だったわけではなさそうだ。少しの期待を込めて、菜摘さんの話を待った。
「この建物の二階に事務所があるんだけどね、このお店はそこの所長さんのものなの。だから従業員の子たちは、そこの事務所の子たちなのよ。私はその所長さんに店主を任されてるだけだから、勝手に和泉くんを雇えないの。私も和泉くんと一緒に仕事出来たら嬉しいんだけど、ごめんなさいね」
そう言って菜摘さんは本当に申し訳なさそうに苦笑した。
「そうだったんだ。じゃあ仕方ないよ。菜摘さんのせいじゃないんだから気にしないで」
菜摘さんを困らせたくなくて慌ててフォローしたが、期待していただけに内心結構ショックだ。しかし彼女がほっとした顔をしているので、きっとこれでよかったのだと思うことにした。
「そういえば、従業員の子たちって言ったよね? ここって菜摘さん以外にも誰か働いてるの? 俺菜摘さん以外見たことねーや」
「そういえばそうね。基本的には私がお店を任されてるんだけど、一人じゃ対応しきれないランチやディナーの時間には手伝ってもらってるの。和泉くんはいつも空いてる時間帯に来てくれるから会わないのね」
なるほど。俺の来店目的は菜摘さんとのおしゃべりなため、相手をしてもらえないであろう忙しい時間は避けていた。そりゃあ他の従業員に会うこともないだろう。
「そうそう、ちょうど今日の夜手伝ってくれる子がもう少ししたら来るんだけど、確かその子和泉くんと同じ年だったはずよ。もしかしたら知ってるかもしれないわね。宮沢恭子ちゃんって言うんだけど」
「宮沢ぁ!?」
「あら、知り合い?」
菜摘さんの口から出た思わぬ名前に驚いて思わず大声で聞き返してしまったが、彼女は相変わらずおっとりと微笑んでいる。
「えーと、たぶん…」
俺が記憶の中の彼女を思い出し顔を引きつらせていると、タイミングよく背後で入口の扉の開く音がしてぎくりとした。
「いらっしゃい、恭子ちゃん」
振り返るとそこには、俺の記憶の中より少し成長しているが、間違いなく俺の知っている宮沢恭子が立っていた。




