後日談
恐ろしい体験をした俺は、2日程家に引きこもった。
普段の俺の格好ならまず大丈夫だとは思うが、もし偶然あの男に出会って万が一バレてしまったらと思うと怖くて外に出られない。
安藤さんの気持ち、今ならめちゃくちゃよく分かる。分かりたくなかった。
本当はもっと引きこもっていたかったのだが、宮沢から「所長が呼んでいる」と言われれば応じざるを得ない。
俺は2日ぶりに家を出て、びくびくしながらナガレボシへと向かった。
「あら、いらっしゃい和泉くん」
「菜摘さん! 俺に癒しを!!」
「あらあら、コーヒーでいいかしら?」
にこにこしながらコーヒーを入れる菜摘さんを眺めていると、ブフッっと奥のカウンターから笑い声が聞こえた。
「あ、所長! おはようございます!」
「やぁおはよう和泉くん」
俺が慌てて所長の方に駆け寄ると、所長はまだ笑いの残った顔で「そんなに畏まらなくて大丈夫だよ」と言いながら隣の椅子を勧めてくれたので素直にそこに座った。
「恭子ちゃんから聞いたよ。大変だったみたいだね」
どれに対しての『大変』か判断がつかず、俺は曖昧に笑って返した。
報告は宮沢がしてくれると言っていたのでありがたくお願いしたのだが、今頃になってどんな報告をされたのかが気になってきた。
まぁ宮沢のことだから俺が不利になるような報告はしていないだろうが、俺が恥ずかしいのであまり報告しないでほしいと思っているようなことは嬉々として報告している気がする。たぶん。絶対。
「けどオレの期待以上に上手くやってくれたみたいだね。依頼人もすごく感謝してたらしいよ」
「じゃああの男は……」
「うん、あれから見なくなったって。けど念のため1ヶ月は恭子ちゃんについてもらうことにしたから、彼女には今日もそっちに行ってもらってるんだ」
「あ、それで――」
今日は蹴りが飛んで来なかったんですね、と言いかけて途中で言葉を止める。万が一にもそれが宮沢の耳に入ったら、次に会うときに「期待してたみたいだから」と問答無用で蹴られる未来が見えたからだ。
不自然に言葉を切ったのを不思議そうな顔で見つめられたため、俺は慌てて別の話題に切り替えた。
「じゃあ今回のテスト、合格ですか?」
「テスト?」
「え?」
「ん?」
おかしい。その反応は何だ?
「え? もしかして不合格……?」
「合格不合格以前に、テストって何の事? オレは何もテストなんて出してないけど」
「えぇ!? 今回の依頼って俺へのテストだったから1人で対応させたんじゃなかったんですか!?!?」
俺が思わず叫ぶと、所長は遠慮なく声を上げて笑った。
「いやー、和泉くんいいね! 今回の依頼は君の力量を見たかっただけだよ。大体そう思ってたんならあそこまで恭子ちゃんに頼っちゃダメでしょ」
所長の正論に、そういえばそうだな、と言われて初めて気付いた俺は何も言えず黙り込む。
「まぁ結局オレの見たかったのはそこじゃないからいいんだけど。寧ろ自分だけで全部何とかしようとするより、状況を見て適材適所に人員を配置出来る方がオレ的には高評価だよ」
「そ、それなら良かったです」
「うん。ということで、初仕事お疲れ様。これから楽しくなりそうで嬉しいよ」
「ははは。あ、そういえば何で今日呼び出されたんですか?」
にこにこと楽しそうな所長に苦笑いを返しつつ、まだ呼び出された理由を聞いてなかったと思い出し尋ねた。
「ああ、大した用じゃないんだけど、報告までが仕事の内だからもう恭子ちゃんから聞いてるんだけど一応和泉くんにも報告してもらおうと思って」
「あ、はい!」
「それともう1つ、伝えておきたいことがあって。今回の犯人、今一生懸命いず子ちゃんのこと探してるみたい。だから危ないからしばらく女装しないでね」
「絶対にしません!!!!」
真っ青になって叫んだ俺を見て再び声を上げて可笑しそうに笑う所長を見て、俺は何となく察した。
(これ報告は建前で、今の伝えた時の俺の反応が見たくて呼び出したな?)
その後の俺のおざなりな報告にもにこにこと頷きながら特に何も言わなかった所長に、先ほどの推測が俺の中でほぼ確信に変わった。
(俺、早まったかな……)
今後の人生に一抹の不安を覚えたが、そもそも他に選択肢がないんだったと思い出ししょっぱい気分になる。
俺は「強く生きよう」と心の中でひとり自分を励ました。
**********




