王女
私は望まれて生まれてきた子でなかった。誰もが私を腫れ物のように扱った。
私は王族の末席をいただく身だった。しかしそれは書類の上でだけであって、実際は城の隅の、牢獄ともまごう居心地の悪い場所に追いやられていた。
お母様は陛下、陛下と口にするばかり。でも本当はわかっていた。お母様の陛下がお母様を愛していないことに。けれどそれでもお母様がすがれるものは陛下しかなかったのだ。
身も心も病んだお母様はそのうちにこの世を去った。最期までお母様は陛下と呼び続けていた。
しかし質素な葬式に、お母様の言う陛下は現れなかった。ひっそりと、真にお母様はこの世を去った。
その時、私の心には悪魔よりも深い復讐心が芽生えた。私はお母様の墓を前にして、人間であることを止めた。
あの男に報いてやらねば気がすまない。だが私には何もない。あるのはこの身一つだ。小振りのナイフで心の臓を貫くことも考えたが、私のような者ではそもそも近寄ることさえできない。それが余計に復讐心を燃え上がらせた。
早速途方に暮れた私は、ある噂話を思い出した。外れの森には人に不幸をばらまく魔女が住んでいるのだと。
これしかないと思った。これが唯一の方法であると考えた私は迷わず魔女を訪ねることを選んだ。
元よりいないものとして扱われる私だ。城からは簡単に抜け出せた。
道に迷いこそしたが、結論からすると私は魔女を見つけることができた。魔女は森奥の簡素な小屋にいたが、それでも私の牢獄よりは良さそうだと思った。
「イッヒッヒ。お嬢ちゃんが、この魔女に用があるのかい?」
魔女の口振りは、わざと私を怖がらせる類いのものだった。並みの人間であれば竦み上がっていただろうが、命を捨てる覚悟で来た私に怖れるものは何もなかった。
怯える気配がないどころか、表情を微塵も変えない私に、魔女は気味の悪い笑みを引っ込めた。
「……訳ありのようだね。お入り」
魔女は不幸をばらまく存在であるから、呪いの方法はいとも簡単に得ることができた。
魔女の教えを受けた私は、早速あの男に対し呪いをかけた。呪いは成功した。
面白いくらいみるみるうちに男は弱っていき、とうとう死を迎えまでした。あれほどまでに憎んでいた男が、あんなにも簡単に! 男が死んだ時、私は高笑いした。
あの男のもの全てが憎い。あの血も、何もかも全て。私は呪いをかけ続けた。
まずはあの男の一番の宝とやらだった後継に、男と同じ呪いをかけた。その男も同じように死んでいった。愉快だった。
なんて素敵なのか。私はすっかり復讐とやらの味を占めてしまった。
腹違いの二の王子は戦場で死んでいった。その次に可愛がられていた一の王女にも呪いをかけた。三の王子は呪いをかけるまでもなく、権力争いで勝手に死んでくれたではないか!
私は狂喜で震えた。私には何もないと思っていた。けれど私はあの男から奪うことができた。お母様と私から全てを奪ったあの男に報復できた。笑いが止まらなかった。
気づいた頃には、私はあの男の血族を、私以外全て絶やしていた。あの汚れた男のものは何一つ残すつもりはないのだから当然だ。
だがそうすると国としては困ったものらしい。このままでは国の存続が危ういと、幾度も城に貴族の馬車が往復しているのを見かけた。
王がなくては国が成り立たないとは笑わせてくれる。私は窓から数々の馬車を見下して嘲笑った。
そうしてあくる日、私のもとに国の宰相が訪れた。残った王族は最早私のみであるから、私に即位を促しに来たのだ。
その時私は胸中でほくそ笑んだ。
そうだ。私はまだあの男から奪い損ねたものがある。この国を、私はまだ手にしていない。