隣国の王子
我が国の隣には、我が国と勢力を等しくする国がある。近年王位が一人の王女に継がれたとのことだ。
女王の統制は上手くいっていないようで、実際この国には隣国からの難民に溢れていた。隣国はいつ倒れてもおかしくないと、国外のことであるのによく話に聞いていた。
時に、私は我が国の王弟である。年の離れた兄王の助力になるべく、私は長年軍を率いてきた。
そんな私に、例の隣国から求婚の話が持ち上がった。より国を強くするための政略の一つであろうが、我が国に対する侮辱としか取れなかった。国防に目を向けてばかりいる私の耳にでも、悪い噂は絶えず入ってくる。
女王の絵姿も見た。お世辞でなくとも美人と称される部類の人間であった。しかし見た目だけ麗しいだけで、自分に良い顔をする者ばかりを登用する馬鹿など、私の妃にはいらない。
我慢の限界を迎えた私は王からの許可を得、隣国へ攻め入る準備を始めた。そのような折、私に謁見の申し出があった。出撃の準備に忙しくあったが、相手がどうしてもと申すので、私は謁見を許した。
「殿下。お忙しい中、申し訳ございません。こうして対面の場を用意してくださったことに感謝します」
「よい、許す。時間が惜しいことに変わりはない。早速申せ」
謁見を求めてきた者は、例の国から追放された魔導師達だった。女王が何の理由で放逐したのかは見当もつかないが、彼らは腕が立つため、我々が国で保護している存在だった。
「かの国への進軍は今一度お考え直しください」
「なぜだ? 理由なく申したわけでもなかろう。申せ」
「あの国は呪われております」
重々しく魔導師は告げた。
今のご時世、呪いが存在するはずがない。もしそれができたとしても、魔女と呼ばれる者ぐらいのものだ。
魔導師でさえ近い未来を見通すために国が抱えるのであって、その魔導師ができないことを成しえることができるはずがない。おとぎ話の範疇だ。
「呪いだと? 馬鹿馬鹿しい」
「ご無礼をお許しください。殿下、呪いとは存在するのです」
子供の戯れ言のようだと笑い飛ばしたかったが、魔術師のあまりの剣幕に、私はそうできなかった。
その上彼らはかの国にて高名な魔導師であった。このような緊迫した状態の中、他愛ない虚言をするはずがない。ひとまず私は彼らの言い分を認めることにした。
「……呪いとやらが存在するとして、誰が誰にかけていると言うのだ」
「女王陛下が、国にでございます」
「馬鹿な。だとすると女王は何のために呪いをかけたのだ」
「復讐にございます」
魔術師ははっきりと言い切った。
「今の女王陛下には凝り固まった復讐心と憎悪しか残されておりません。殿下、お考え直しを。女王陛下は愚かではございますが、脳がないわけではございません。女王陛下が危険を察すれば殿下も呪われるやもしれません」
そうなってしまえば共倒れになってしまうでしょう。魔導師はそう言い締めた。
魔導師の助言を聞き、数々の戦場で鍛えられた私の警戒心が、尋常でない警戒音を鳴らしていた。何か言い知れない邪悪なものに、私は我知らず恐怖心を抱いていた。
「あの女王は何のために復讐しようとするのだ……」
「殿下。復讐に理由など必要ではありません。女王は復讐こそが目的なのです」
ともすれば隣国の女王は気を病んでいる。この縁談の断りを口実に、いずれこの国も同様に呪われてしまうかもしれぬ。恐ろしい怪物がごく間近に潜んでいる事実に、私は国防を強めることしか手段として思い浮かばなかった。
それより数年後に私の憂いはついに杞憂となるのであるが、女王の崩御まで、私は気が気でなかった。