宰相の息子
父が処刑された。その知らせを受けた時、私を襲った感情はなんだったか。
父を弔って数年、私はとうとう剣を取った。女王の傲慢を、貴族の端くれとして、いや一人の人間としてこれ以上許せなかったからだ。
女王は傲慢だった。民衆から税を搾り取り、尊い命を断つように簡単に命令し、自分は城から苦しむ民衆を見下していた。宰相で私の父も、女王に諫言したことから犠牲になった一人だった。
我が一族は王家のために忠誠を誓っていた。民と貴族の中の模範を務めるべく、父も私も精進を重ねてきた。しかしこの仕打ちだ。女王は王としての務めを果たしていなかった。女王は崩壊していく国を尻目に自らは安全な場所で微笑んでいただけだ。
女王は自分に対して甘言を囁く貴族ばかりを登用した。それが国の腐敗をより促進させる原因にもなった。
女王の愚行は国外にまで広まり、隣国とは戦争が勃発しかけたりなどもした。戦争だけはなんとしても回避しなくてはと、名のある貴族が何人も駆け回ったものだ。
女王は決して許されない業を犯した。私の中の正義はこれ以上女王を野放しにすることを許さなかった。
怒りを腹に溜め込んだ民衆を私は先導した。賢い領主は自分の領土にこもりっぱなしだったが、私達の援助を申し出てくれた。おかげで疲弊した国軍を相手に、城を攻め込むことは容易だったことを覚えている。もとより兵士も苦役を強いられている者達ばかりだった。降参する者ばかりで実際剣を交えたのは数えるほどだった。
城内は恐ろしいほど静かであった。何かを喚き散らす声がないあたり、余計不気味さを増させていた。
玉座の間に攻め入った時、女王は玉座に座していた。笑っていた。私は女王を見て恐怖した。女王は自分の命の危機だというのに、全く動じていなかった。
家臣は全て逃げ出していた。女王は悠然と微笑みながら一人玉座に座っていた。まるで今日も昨日と変わらない日々を過ごすためかのように。これから家臣の報告を聞くかのように。
私を捕らえるつもりかしら? 私は女王の言葉でやっと気を取り戻した。私は狼狽えつつ、女王を捕らえて牢に幽閉した。動揺した私を女王は一瞬嘲るごとく笑った。連行される中、女王は毅然と頭を上げていた。
「これでこの国は救われるでしょう」
私の従者が言った。彼は私の傍で私が民を指示し、女王を捕らえるところまで見ていた人間だ。
「本当にそう思うか?」
「はい。あなたがこの国を救ったのです。あなたはこの国の英雄です。あなたこそ、次の王に相応しいでしょう」
従者はそう言ったが、私は恐れていたままだった。
確かに私の家系は王族の血が僅かに混ざっている。王位を継ぐ資格は持ち合わせている。誰もが他国から新たな王を招くより、私が王になることに賛同するだろう。
しかし私は王という存在が恐ろしかった。女王が私を見つめた目が忘れられなかった。王という存在があるからこそこの国が狂ったのだとするならば、王など存在しない方がよいのではないか。私はそう思う。
女王は狂っていた。女王は人間以外の何かに成り果てていた。だから私はこれほどまでに王を恐れている。女王が呪いをかけたからだ。
私は何日も悩んだ。結果私は王を廃した。恐れるくらいならば王など必要ないと判断したからだ。私に従ってきた民衆は当惑こそしたが、反対はしなかった。
王を廃したことで、私は他国にある民主政治なるものを模倣した。議会を設立することで、ある人物だけが力を持つことがないようにするためだ。これで女王のような者が生まれてくることはなくなる。私は確信していた。
議会を設立するにあたり、私はある人物を議員に指名した。女王の召使いだった者だ。
「僕を議員に?」
女王に最も、それこそ宰相より近く従っていた召使いだった者が言った。
私は無駄な血を流したくなかった。裁かれる必要のある者だけが相応しい罰を受ければよいと、そう考えていた。だから女王の召使いであったこの男は処刑台に立たせなかった。
それに私は知っていた。彼が優秀な人物であることを。女王がそのようにしたのか、はたまた別の人物が教育を施したのかは知らない。しかし召使いという身分には珍しく、彼には教養があった。それこそ国を動かすに足る教養が、だ。女王という鎖がなくなった今、彼は等身大の評価を受けるべきだった。
彼を議員に推すことについて反対の声もあったが、何より彼自身が最も私の推薦を訝しんでいた。
「どうして僕を議員に選んだのですか?」
「この国はこれから立ち直らなければならない。そのためには民衆を導く人間が必要だ。君には学がある。その務めを立派に果たせると思わないか?」
彼は私の言葉に俯き、考え込んだ。
「僕は生まれが貧しい人間です」
「これからは身分が関係ない政治を作り上げていく。気に病むことはない」
「上手くやれる自信がありません」
「私だってそうだ。新たな試みに躊躇わない人などいない」
「僕はあなたが憎いです」
私は言葉を失った。
「あなたは女王様を殺しました」
「それは……女王が悪事を働いたから。女王は当然の報いを受けなければならなかったからだろう?」
「女王様があなたのお父上を処刑なされたから。だから女王様を殺されたのですか?」
彼は顔を上げた。憎しみに染まっているだろうと思われた顔は無表情だった。私はそのような顔を見たことがあった。スラムには今の彼のような顔をした人間がたくさんいる。彼がその一員のように私には思えた。
女王がいなくなって彼も喜んでいるに違いないと思っていたが、それは大きな間違いだった。
女王の召使いであった彼は感情のない声で淡々と続けた。
「あなたは女王様に復讐しただけです。お父上を奪われた恨みを晴らそうとしただけです」
「違う。私は、民のために……」
「本当に恨みがないと言い切れるのですか?」
彼は席を立った。私は最早何かを声に出すことさえできなかった。
「悪いことが、復讐が許されないとするならば、女王様だけでなく、あなたも罰せられるべきなのです」
彼は震える私を振り返ることなく立ち去っていった。
彼の言葉を聞き入れるとすると、私がしてきたことは一体何だったというのだ。国に反旗を翻し、悪政を正し、新たな道を敷いた。私は民のために行ってきた。そのはずだ。それを今頃になって私も悪そのものだとするならば、私は一体国のために何をしろと言うのだ。
女王は誤っていた。前代の時代のまま続けば、こうはならなかったはずなのだ。誰かが正さねばならなかった。ならばいつ、誰がそうすればよかったと言うのか。
女王は処刑台の上で笑っていた。これから死ぬというのに、あの場にいた誰よりも笑っていた。女王にはわかっていたのだ、彼女の呪いが成功したことを。
私はあの女王に呪われてしまったのだ。




