ある女
この国の崩壊はもう間近だった。ようやく全ての復讐が果たされるというのに、私の心は特に高揚せず、凪いだままだった。
愚王である私に怒りを抱いた民衆は、私に対して反逆の旗を掲げた。
革命軍はもう城内に入り込んでいる。愚鈍な家臣は逃げ出したけれど、いずれ放逐されるだろうことは明らかだった。
加えて革命軍を指揮しているのは、あの、私が斬首を命じた憎き宰相の息子だというのだから、戯曲の題材にでも相応しい歴史の一端にでもなることだろう。そこにあの男の醜聞を含められないというのは少々悔しい。
城内に残っているのはもう私と召使いのただ二人だけだった。私は玉座にて、刻一刻と国が滅びていく音を聞いていた。昔、それこそお母様を失ったばかり頃の私であれば喜々として鑑賞していたやもしれぬが、今となっては喜ぶべきものなのか、悲しむべきものなのか、境界線が曖昧になっていた。
召使いには、もうどこへでも登用されるに値する十分な教養がある。私の庇護がなくとも彼は生き延びる方法がある。逃げるなら一人で、と私は彼に伝えた。
「女王様を愛しておりますのに」
その言葉を聞いた私は、復讐も何もかも全て忘れて、大泣きをしながら召し使いを抱き締めたかった。
私の心を乱すものは、すでに召使いただ一つだった。だから私は復讐の欲を打倒しうる唯一を退ける選択を選んだ。
命令すれば、召使いは私と運命を共にしてくれたに違いない。いや、彼の思いを聞いた今、命令せずとも懇願すれば、彼は私の望みを叶えてくれただろう。しかし私はそれを望まなかった。
復讐の刃で、私は私の心臓を貫いた心地だった。
そうしてみると私の心はもう何に対してでも動かず、革命軍が玉座の前に乗り込んできた時も私は動じなかった。
「私を捕らえるつもりかしら?」
微笑む私を見て、革命軍の指揮者は恐れおののいたようだった。呆気ない。最早私の心から水分という水分は全て枯れ果てたらしい。復讐が完遂された今、何の喜びも湧いてこなかった。
私にはこれまで多くの者に強いてきたように、斬首が言い渡された。私に抵抗の意思はなかった。
興味本位で私はこの腐敗しきった国をこれからどうするつもりかと尋ねてみた。すると王政を廃止し、この国は新たな道を歩むのだと答えられた。私の復讐は二度、果たされた気持ちだった。
そこで何を思ったのか私は召使いの名前を出してみた。私が亡くなるこれから、この国の現状を最も理解しているのは彼だと私は理解していたからだ。そして彼ならば私が望むことを果たしてくれると確信していた。
処刑日までそう長くはかからなかった。いつか召使いと出会った広場に、大層立派な断頭台が設置された。処刑を望む民衆を前に、私は何も感じなかった。
私を憎むその瞳も、私を恨むその唇も、私が抱いた復讐心に比べれば取るに足りないもので、恐れようもなかった。
空は快晴で、雲一つなかった。清々しいと言うよりむしろ、私の心が何もなく空っぽである様を表しているようだった。皮肉なものだった。
断頭台に首を固定され、もう死は目の前なのに、それでも私は何も感じられなくなっていた。
ふと視線を巡らすと、憎悪に溢れる視線の中、嘆き悲しむ一対の目を見つけた。召使いだった。その途端私の脳裏に召使いとの日々だけが思い返された。
二度と私の前に現れるなと命じたのに、彼は命令に背いて私のところへ来た。彼は本当に私の望みを叶えてくれる。それがとても嬉しくて堪らなかった。陛下を待ち焦がれたお母様の気持ちが、今やっとわかった。
「お母様。今、そちらに」
――ヒュッ。グシャ。




