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仮面と鏡と王冠と  作者: 帝王星
世界の敵VS世界の敵
7/8

第6話

「なぁ、いい話があるんだが聞かねぇか?」


 路地裏にある閑散とした酒場のカウンターに座る男が、隣の客に声をかける。話しかけられた男は一瞬辺りを見回し、自分に話しかけられたことがわかると、その男の方を向く。


「なんだ?儲け話か?」

「お、察しがいいねぇにいちゃん、そん通りさ」


 話しかけられた男は儲け話と聞き、男の話に興味を示す。


「儲ける方法は至極簡単、こいつを買ってくれりゃいい」


 話しかけた方の男は、懐から装飾の施された一枚のカードを取り出す。もう一人の男はそのカードを訝しげに見る。


「…なんだそりゃ?」

「持ってるだけで金がわんさか手に入るカードだよ」


 怪しい詐欺のキャッチコピーのような説明に、話を聞いている男は不信感を抱く。


「…まぁ、こいつは押し売りだから、“買わないって選択肢はない”けどな」

「は?何言って…」


 説明をしていた男は隠し持っていたナイフで、他の者には見えないよう相手の男の心臓を刺し貫く。

 殺された男の身体は力を失い、その場に崩れ落ちる…ことはなかった。


「…ちゃんと代金はもらったぜ、“命”っていう代金をな」


 殺されたはずの男の目には生気が宿っておらず、致命傷となった傷跡を塞ぐようにカードが張り付いている。

 カードはゆっくりと、男の体に溶け込むように消えていく。


「んじゃ、俺は帰るわ」


 一人の人間を殺した男は、去り際に店に料金を払って出て行く。


「そこのおにーさん、ちょい待ちなー」


 そんな男に声をかける人物が一人。店の奥でダーツをしていた青年が、気の抜けたような口調で声をかける。


「さっきの男の人に話してた“いい話”っての、俺にも聞かせてほしいなー」


 フードから覗く青年の鋭い黄色の瞳が男を射抜く。それだけで男は足が竦んで動けなくなる。

 …青年から発せられる殺気が尋常ではない。


「ん?俺には言えん理由でもあんの?」


 青年の眼差しは完全に捕食者のそれだった。男はごくりと生唾を飲み込み、声を絞り出すように喋る。


「…さっきので、最後だったんだ…」

「へぇ」


 青年の肉食爬虫類の目が、青ざめて固まっている男へと向けられる。

 不穏な空気を察した店員は奥へ隠れ、客はそそくさと金を払って出て行く。


「そんじゃ、商売用のじゃなくて“あんたの所持してる”やつをもらっていくよー」


 青年がフードをとる。鮮やかな藍色の髪にアホ毛が跳ねている、甘い顔の好青年だ。

 だが、放たれる殺気と表情に浮かぶ狂気は、普通の人間のそれではなかった。


 男はようやく青年の言葉を介したらしく、ナイフを構えて戦闘態勢をとる。


「お、殺っちゃう?素敵な素敵な殺し合いしちゃう?」


 青年は歪んだ笑みを浮かべ、背負っていた大剣を左手1本で構える。


「やっとこの…破剣『ツヴァイハンダー』を使えるねー、超ウズウズする」

「くっ…」


 男はツヴァイハンダーの凶悪な形状の刃にたじろぐ。


「よっと」


 青年は軽々と大剣を振り回し、男の頭を切断ではなく粉砕して殺す。辺りに放射状に血が飛び散り、床や壁を汚す。


 男の死体から一枚の血まみれのカードが出てくる。青年はそれを拾い、血を払う。カードには世捨て人のような風貌の人間の絵が描かれている。


「…ふぅん、これが例の…」


 咆哮。青年や死んだ男のものではない。青年が後ろを振り向く。

 殺された客の男が、口の端から涎を零しながら四足歩行で飛びかかる。


「…颪ちゃんから聞いてた通りだねー…キモいし」


 ツヴァイハンダーを持ち直し、冷たい感情のない瞳に相手を捉える。


「“人ならざる姿の”『世界の敵』…」


 ツヴァイハンダーに付着した血糊が、水で洗い流されたように流れ落ちる。


「…『世界の敵』は俺らのブランドだっての、ニセモノは消えな」


 不機嫌な声とともにツヴァイハンダーが振られる。

 しかし、金属の弾ける音とともに刃が止まる。男の体には金属質の鱗が浮かび上がっている。


「『黄竜』、しかも龍の称号持ちねぇ…」


 青年が刃を押し込むも、ツヴァイハンダーは男の皮膚の表面で金切り声を上げるだけだ。


 黄竜、通称『硬竜』と呼ばれる種族だ。鋼のように硬い皮膚で、いかなる攻撃をも弾くと言われる。さらに千年生きた証である“龍”の称号を持っている。


 竜化した男が息を吸い込み、胸腔を膨らませる。


「…お?」


 青年が身構えた瞬間、男の口から竜の吐息が放たれる。溶解した高温の液体金属の奔流。


「俺熱いの嫌ーい」


 しかし放たれた吐息は、青年の前に立ちはだかる透明な壁に阻まれている。壁に触れた液体金属は凄まじい蒸気を放ち、凝固点を経て固体化していく。


 その隙に男が四足歩行で距離を詰め、両手の爪で切り掛かる。青年はツヴァイハンダー1本で全ての攻撃に対応している。


「うーん、物理攻撃効かないからなー」


 敵の攻撃を防ぎつつ、青年は考えるそぶりを見せる。少しして何か閃いたのか、口角を上げ目を輝かせる。


「んじゃ、これでいこう」


 青年のあいた右手に紫電がまとわりつく。敵の攻撃の隙に、握られた拳が音速を超える速度で叩き込まれる。


 竜化した男は負傷こそないものの、螺旋状に旋回しながら吹き飛ぶ。敵が離れた隙に青年はツヴァイハンダーをしまい、あいた左手にも紫電をまとわせる。


「よっ、と…」


 青年が掌を合わせ、ゆっくりと離す。そこから淡い青色の液体が溢れ、床に零れていく。


 液体が付着した床はみるまに溶解し、露わになったコンクリートや鉄筋ですら溶けていく。追い打ちをかけるように液体が爆発し、床に穴が開く。


 竜化した男が再び四足歩行で飛びかかってくる。青年が指を動かすと、液体が浮遊し…男の腹部に着弾した。爆発。


「グオォォォオ!」


 けたたましい咆哮。液体が付着した男の腹部は床と同じように溶解し、爆風で爆ぜていた。異形の人間が人外の声で苦しみ呻く。


「液体酸素喰らえー」


 青年の気の抜けた声とともに、先ほどの淡い青色の液体が次々に飛来し、男を生きたまま溶かし破壊していく。


 液体酸素…大気中の酸素がおよそ-183℃という極低温まで冷却され、凝縮したもの。淡青色の液体で磁性を持ち、強力な酸化力を持つ。

 触れたものを即座に凍り付かせ、酸化させて溶かし、気化するときの体積膨張の爆風で引きちぎる。


 青年はその液体を、両手の電気から発生させた磁力で操作したのだ。


 さしもの硬竜の鱗といえど、液体酸素による溶解には耐えられなかった。蒸発していく酸素と、酸化還元反応によって発生した酸化物により、男は湯気に包まれたように見えなくなる。


「思ったより簡単だったね」


 青年は敵を嘲弄するような笑みを浮かべる。


 突如酸素の湯気から1本の爪が伸びてくる。青年の喉を狙った完璧な不意打ち。

 しかし、爪は青年の喉を貫く前に酸化され、崩れ落ちていった。


 青年は無表情になり、自らの喉を撫でる。僅かに血が滲んでいた。


「…うっざ、俺に血出させるとか何様?」


 部屋に殺気が充満していく。


「死刑確定な」


 青年は再びツヴァイハンダーを抜き放ち、刃に紫電をまとわせると、そのまま湯気の中へ進んでいく。液体酸素は磁力に阻まれ、青年の身体に触れられない。


 男は無残な状態だった。

 全身の皮膚が溶解し、露わとなった肉も凍り付いては酸化されて溶解し、爆風で引きちぎられる。

 そんな状態でも男はまだ生きていた。


 青年は無感情な瞳で、もはや肉塊としか呼べないモノを見下ろし…ツヴァイハンダーを脳天に振り下ろす。

 肉を絶つ音が響き、辺りに鮮血が散る。即座に液体酸素によって凍りつき、酸化されて分解されていった。


 青年は死んだ男の胸元に左手を突き刺し、何かを抉り取る。


「…『戦車』か、道理で脳筋バカなわけだ」


 青年が手に持っているのは、先程のカードと似たような装飾のカードだ。中世ヨーロッパで使用されていた戦車が描かれている。


「…あ、すみませーん」


 ふと思い出したように奥の部屋に声をかける。


「修理代と料金払いたいんですけどー」


 大きな声で店員を呼ぶが、当然ながら怯えた店員は誰一人出てこない。


「困ったな…とりあえず置いて帰ろう」


 青年は困ったように頭を掻き、どこからか山のような量の通貨を取り出す。


「こんくらいありゃ足りるよね」


 青年は袋に通貨を詰め、それをカウンターに置いた。


「んじゃ、バイバーイ」


 誰もいない店内に手を振り、“過去から送り込まれた”処刑人であり『世界の敵』である青年…ネロは、その店を去っていった。



 意識が覚醒する。視界に真っ白な天井が見える。


「気がつきましたか?」


 人の声。視界を動かすと、若草のような鮮やかな色の髪が見えた。


「なっ…お前…!」


 紛れもない、先ほど俺たちを襲撃した夢魔だ。


「勘違いしないでください、僕はあなた方を殺しに来たのではありません」


 相手はあからさまに溜息をつく。…敵意はないように見えるが…


「ここは“僕の世界”の中です。積もる話もあるでしょうが、自己紹介でもさせてください」

「…わかったよ」


 俺が渋々了承すると、相手はいかにも営業スマイルといった笑顔を浮かべる。


「僕は(カイ)といいます。種族は周知の通り、夢魔です」


 (カイ)と名乗った青年を見る。髪と瞳の色を除けば、普通の人間のように見える。


「これでも殺し屋でして…世間には『50代目蒼桜』と呼ばれております。以後お見知り置きを」


 (カイ)が軽く会釈をする。…蒼桜、聞き覚えがあるが思い出せない。


「あなた方のことは少し調べさせていただきました。あなたは黄泉に拠点を置く『何でも屋』の一員であり、『50代目緋岸花』と呼ばれる尽さん。お連れの方は同じく『何でも屋』の一員であり、『50代目影椿』と呼ばれる情報屋の瑠禍さん」


 …絶句した。俺はともかく、サイバー系統に強い瑠禍の情報まで入手している。只者ではない。


「情報戦といえばネットワークを連想するでしょうが、人脈を駆使したものも情報戦になりうるのですよ」


 辺りを見回す。純白の壁に囲まれた広い部屋には、俺と(カイ)以外誰もいない。


「…瑠禍はどこだ?」

「あぁ、あの王族吸血鬼なら別の部屋です。お話が終わりましたら案内しましょう」


 …念のため辺りを感知してみる。が、辺りに充満した妖力で感知ができない。


「話を戻しますね、単刀直入に言えば僕たちに手を貸してほしいのです」

「…協力か…?」


 わけがわからない。突然俺たちを襲撃し、殺そうとまでしたというのに。


「はい。僕たちが今関わっている面倒ごとの解決に協力していただきたいのですが」


 …正直、俺は面倒くさがりの部類に入る性格なので、こういった面倒ごとには関わりたくない。


「何で俺たちに声をかけた?もっと適役がいるだろ」

「僕があなた方を気に入ったからです」

「…はぁ?」


 ますますわけがわからない。


「…僕の通り名を聞いても、まだお分かりにならないですか?こちらにはあと『50代目雷鳥』に、『50代目鳳仙火』がいますが…」


 蒼桜、雷鳥、鳳仙火、共通点は…一つの仮説が浮かぶ。


 …まさか、こいつはそれが目的で俺たちを狙ったのか…?

 だが、動機と理由がわからない。


―7話に続く―

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