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仮面と鏡と王冠と  作者: 帝王星
世界の敵VS世界の敵
6/8

第5話

 現代日本、首都東京にて。


「知ってるか?岐阜の木曽山脈あたりによ、出たらしいぜ」

「マジかよ、早いとこ誰か討伐してくれねぇかな」


 道行く人々の口から噂が漏れる。


「それが敵が思いの外強いらしくって、有名な討伐グループもやられたらしい」

「やめろよ、シャレになってねぇよ…」


 そんな話の交錯する街の中を、一つの奇妙な影が横切っていく。


「弟子が伝説って酷すぎだろ…」


 日本刀を二本腰に下げた武士のような風貌の青年だ。その(かお)は編笠に隠れて見えない。


「まぁ、それも一興ってやつだろうな、あの魔女にとっては」


 青年は不満そうに言葉をこぼす。青年が懐から紙を取り出す。


「…さて、どちらの『世界の敵』が強いことやら」


 青年の口元には狂気の笑みが張り付いていた。『世界の敵』と呼ばれる所以とも言える、肉食爬虫類の目だった。


 青年は編笠を深めに被り、人気の少ない裏路地へ足を踏み入れた。



「…近くに5番か」


 青年は懐から出した紙…人物リストを見ながら目を細める。


「…」


 不意に歩みが止まる。青年の口からは小さなため息。


「面倒くさ」


 青年を囲むように大柄な男たちが立ちはだかる。この辺りでは有名な追い剥ぎである。

 筋骨隆々とした男たちは、青年の腰に下げられた二振りの日本刀を舐めるように見ている。


「こいつぁ逃すにゃ惜しいな…おめぇら、やっちまえ!」

「おらぁっ!」


 男たちは獲物を構え青年に襲いかかる。青年は避けようともしない。

 血肉の避ける音。断末魔は青年のそれではなかった。


「ぐぁぁぁああっ!」


 両肘から先が切断された男が苦鳴をあげる。青年は先ほどと変わらぬ体制だ。


「なっ…魔術か?!」

「こいつ、『人外の者共』だ!」


 男たちの数人が騒ぎ出す。


「捕まえて殺せ!」

「役所に渡せば金になるぞ!」


 青年が編笠を持ち上げ、そこから青と黒のオッドアイが覗く。


「刃の軌跡が見えないだけで人外の者共扱いねぇ…この時代でも人族は大したことないな」


 青年は聞こえないようにポツリと呟く。男たちは力任せに獲物を振るう。


「なら今度は“見えるくらい”にしないとな」


 攻撃の嵐を避けつつ、青年は刀の柄を掴む。振り抜き一閃。

 新たな断末魔が響く。今度は男たちも見えていた。


「な、なんて速さだ…」

「…おいおい、これで速いのかよ」


 青年はため息をつく。


「路地裏に入ると雑魚チンピラ数人に絡まれる。これ定番なのか?」


 口からは呆れの言葉が溢れる。男たちは茹で蛸のように顔を真っ赤にし、青年に斬りかかる。


「どきな、邪魔」


 青年が刀を振るう。青年にとっては“遅すぎる”軌道も、男たちは全く反応できずに斬られていく。


「く、来るな化け物!」

「逃げろっ!」


 中には逃げ出すものもいたが、刀は逃さず斬り殺していく。

 青年の口には狂気の笑み。


「安心しな、みんな平等に殺してやる」


 刃が吹き荒れる。男たちの胴体が物言わぬ肉塊に変えられていく。


「ひぃっ…!」


 生き残った最後の男が、尻餅をつきながら後ずさりする。


「襲いかかってきたんなら、殺されても文句は言うな」


 刀の切っ先が生き残った男の鼻先に向けられる。


「ある意味不幸で、ある意味幸運な相手だったな」


 断末魔もあげることなく、男の首が宙に飛ぶ。青年は刀の血糊を払い、鞘に収める。

 道の先には深淵の闇が広がる。


「世界の敵の一人、(おろし)参上…ってか?なんか決まらねぇな」


 “過去から送り込まれた”処刑人は、闇の中へ姿を消した。



「尽、起きてる?」


 隣に寝ていたはずの瑠禍が、俺を揺り起こす。


「あぁ、ここに近づいてきてる」


 瑠禍の耳と俺の感知能力は、この寝室へ徐々に近づく存在を捉えていた。

 念のため、俺と瑠禍の周囲に結界を張っておく。


 …ドアがひとりでに開く。向こう側には誰もいない。


「…うわ、ホラーかよ」

「幽霊なんて馬鹿げてる」


 瑠禍はそう吐き棄てる。姿を消す能力…咄嗟には思い浮かばない。


「…でも、コソコソされるのは不愉快だ」

「ま、それは同意だな」


 妖力を薄く広げてあたりを感知する。いた。


「そこだ」


 俺は瞬時に懐から短刀を取り出し、廊下の一角に向けて投げる。

 だが、刀は弾かれたような金属音を立てて落下する。


「…面白い方たちだ、僕の幻覚をもってして欺けないとは」


 空間が歪み、無色のものが有色になっていく。

 現れたのは赤い瞳、黄緑の髪、蝙蝠の翼に槍のように長い尾。


「…悪魔…?」

「惜しいですが、はずれです」


 相手の青年は優美に微笑む。瑠禍は無言で短刀を抜いていた。


「…こいつは汚らわしい“夢魔”だよ…」


 瑠禍の顔には嫌悪が貼り付いている。よほど夢魔が嫌いらしい。


「あなたこそ、汚らわしい吸血鬼の王族でしょう?」


 …俺は関係ないぞ。


「汚らわしい種族のくせに僕の血族を貶めた。殺す」


 瑠禍が不可視の速度で短刀を投擲し、夢魔の青年の喉を狙う。

 だが、発生した音は肉を切る音ではなかった。


「…は?」


 あまりの突飛な光景に間抜けな声が出る。夢魔の青年は瑠禍の投げたナイフの刃を指で挟んでいる。これが意味するのは、何か。

 …あの超高速のナイフの動きを見切り、素手で挟みとりやがったのだ。


「言い終わる前に投げるとは、日常茶飯事のように誰かを騙しているのでしょうね」


 あの目の色といい、俺たちと同じ『妖緋眼(ようひがん)』なのだろう。只者ではない。


「…お前は、敵か?」

「それを聞くだけ愚問でしょう。あなたがそう思えば敵、思わなければただの通りすがりです」

「通りすがりって感じじゃなさそうだけどな」


 言いつつ、妖刀を抜刀しておく。人外の者共である限り、俺の持つ『芙蓉(ふよう)』に少しでも切られれば死ぬ。


「これはまた物騒なものをお持ちですね、『番号持ち』とは」


 番号持ち…すなわち村正の100の傑作のことである。作られた順に番号が振られていることから、こう呼ぶ者もいる。

 瑠禍の持つ『紫苑』もまた、番号持ちだ。


「…死ね」


 瑠禍が抜きうちで紫苑を伸ばし、不可視の刃で切る。相手の上半身と下半身が別れる。だが、あるはずの出血はない。


「…記録にあった通りだ、幻覚か」


 切った相手が立体光学映像(ホログラフ)のように消える。


「背後が疎かですよ」


 声と同時に左腕に痛み。咄嗟に避けたが、左腕を深く切りつけられたようだ。

 妖力を流し、傷を再生しようと試みる。


「くそっ、こんな傷、すぐ治し…」


 …治らない…?


「尽、下がってて」


 瑠禍が前に出る。正面には俺の血に濡れたダガーナイフを持つ―翼と尾を畳んだのだろうか、今は見えない―夢魔の青年が立っている。


「争うつもりはないのですがね、あなたたちが攻撃をやめないから応戦せざるを得ません」

「っ…よく言うぜ、隠れてコソコソ近づいてきたくせによ」


 傷からの出血が止まらず、手で押さえる。血液にしては異常なサラサラとした感触。


「尽、止血しないと死ぬよ?」


 瑠禍が俺を心配したのか、声をかけてくる。


「足手まといだから早くして」


 …一瞬でも心配してくれていると考えた俺がバカだった。

 言いつつ、瑠禍は相手の青年に斬りかかる。感知しようとするが、痛みで集中が乱れて感知できない。


「っ…くそ…」


 青年はあの瑠禍の怪力の乗った一撃を、いとも容易く受け止める。


「一体どんな筋肉してるの?力で吸血鬼の上に立つ妖はいないはずだけど」

「…50代目影椿…僕の正体くらい掴んでいると思っていましたが」


 瑠禍の瞳に警戒の色が宿る。


「…僕が影椿だと、いつ気付いた」

「そうですね、その髪の色、そして妖緋眼ですかね」


 夢魔の青年は淡々と告げる。


「しかし、その名の割には実力は持ち合わせていないのですか。初代影椿が持っていたとされる妖刀…1つも所持していないように見えますし」

「黙れ」


 瑠禍からドス黒い殺意が溢れる。一瞬で距離を詰め、間合いを把握できない紫苑で薙ぐ。

 しかし、切られた相手は立体工学映像(ホログラフ)のように消えるだけだ。


「…コソコソ野郎が」


 失血で意識が朦朧とするが、芙蓉を構える。

―刃を掠めさえすればいい…

 妖力全開で辺りを感知する。いた。


「そこだっ!」


 狙いすました一撃を放つ。しかし、なにもない空間から夢魔が現れ、ダガーナイフで俺の攻撃を受け止める。


「スピードはなかなかですね、少々…というかかなりパワーが足りませんが」


 俺は全力で刃を押し込んでいるのだが、片手の相手に刃は完全に止められている。


「残念です」


 視界がブレる。首に衝撃を感じた時、俺は地に倒れていた。

 …意識が遠のいていく。



「…刕先輩、あの二人は大丈夫ですかね…?」


 幽はいつもの陰鬱とした声で尋ねる。刕は確信を持っているかのようにきっぱりとこう言った。


「無傷ではないだろう」

「えっ…?」


 感情の起伏がほとんどない幽の顔に、戸惑いの表情が浮かぶ。

「あいつらと私の祖先は血族だったらしくてな、“総勢8人”の裏世界の血族はみな顔がよく似ていたらしい」


「…刕先輩…?」


 刕は突然祖先の話を始める。幽は首をかしげるだけだ。


「そのうちの一人が、現妖王であるカラノ様だ。…私の言いたいことがわかるか?」


 刕の赤く鋭い瞳が幽を見据える。幽は何かが引っかかったのか、難しい顔になる。


「…つまり、残りの4人の末裔がいる可能性があると、そういうことですか…?」

「あぁ、そうだ」


 刕は満足げに頷く。だが幽は戸惑いの感情を拭いきれない。


「…それと、尽と瑠禍が無事ではないという予測…どこに関連性があるんですか…?」


 刕は読んでいた資料から目を離し、パソコンを立ち上げる。


「カラノ様から連絡があった。『カエラ兄さんの血を引く者が、あの二人を付けている』らしい」


 聞きなれない固有名詞に幽が困惑する。


「私の読みが正しければ、恐らく残りの4人の誰かの末裔だ。…そしてあの二人を何らかの理由で狙っている」


 刕はため息をつく。幽はいつもの無表情に戻っていた。


「…いつもの事務的な刕先輩の真似しなくていいですよ…」


 幽は冷めたように、そして呆れが混じった声で告げる。刕の美麗な顔に狂気の笑みが張り付く。


「よくわかったな、いつから俺になったと気付いた?」


 刕の口調は先程とは一変、品の欠片もない野蛮で荒々しいそれへと変わっていた。


「…先輩と長年一緒にいれば、嫌でもわかるようになります…」


 幽の返答に刕が破顔一笑する。


「言うじゃねぇかクソガキ、俺を笑わせるだけ大したやつだ」


 明らかに相手を見下すような…嘲弄するような表情だ。

 幽は食いかかるように青い瞳で睨みつける。


「…それで、その“祖先の血族”の子孫とやらを、どう利用する気ですか…?」

「聞くだけ愚問だな、こちらに引き込む」


 刕は獰猛な笑みを浮かべる。幽はため息をつき、ポツリと呟く。


「…尽と瑠禍を助けに行かなきゃ…」


―6話に続く―

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