第2話
置いていかれた俺たちは、まず現世への通行許可証を発行してもらうべく、妖王の城へ向かった。
「すんませーん、通行許可証発行してほしくて来ましたー」
城の門を叩く。返事はない。
「無視しないでくださーい」
さらに城の門を叩く。城の窓から閃光が飛来する。
「うぉっ…」
飛んできた槍は、俺が先ほど立っていた場所に屹立している。
「あっぶね…」
当たったら大怪我じゃ済まないレベルだと思うぞ、これ。
「不愉快だね、蹴破ろう」
瑠禍は拳を握り締める。同時に城の門が開く。中から申し訳なさそうに着物の男が出てくる。
「これは申し訳ありません、てっきり敵襲かと思いまして…」
「失礼な」
門を叩いただけで敵襲扱いされるとは。18年生きてきて初めてだぞおい。
「何でも屋の瑠禍。通行許可証を発行してもらいたくて来た。通してくれないかな」
瑠禍が笑顔(ただし殺気込み)で話しかける。
「もっ、申し訳ございません!すぐに話を通してきます!」
着物の男は真っ青な顔になり城の中へ消えていく。そこまで脅さんでも…
「ふん、わかればいいんだよ」
こんな傲慢なのが相方と思われたくない。
ほどなくして先ほどの男が出てくる。
「入城許可が下りました。案内致します」
ようやく俺たちは城内に足を踏み入れた。
城内は相変わらず、よくわからない巻物や妙ちきりんな壺やらが並べてあった。
妖王のいる部屋には『襖』とかいう木と紙でできた引き戸が設置されている。
「妖王様、お客様です」
男は襖の奥にいるであろう妖王に声をかける。俺も過去に妖王には会った事がある。
「え、お客?久しぶりだなぁ、入っていいよ」
奥から若い男の声がする。それを聞くと案内してくれた男はおずおずと襖を開け、俺たちに中に入るよう促す。
「何でも屋の尽と瑠禍です」
挨拶をして中に入る。眼の醒めるような真っ青の髪に、血のように緋い瞳の若い男が奥に座していた。
「尽と瑠禍?久しぶりだね!」
「はい、お久しぶりですね、妖王様」
男は見た目にそぐわぬほど気さくに話しかけてくる。第101代目妖王、カラノその人だ。
「でも妖王なんて呼ばなくていいのに、君たちの先祖の兄さんたちには本当にお世話になったし…」
妖王曰く、彼は俺たちの祖先である初代緋岸花と初代影椿、さらに刕の祖先とも血のつながりがあったらしい。実感は沸かないが、鏡で見た自分の顔や瑠禍の顔と、妖王の顔には似通った箇所がある。
「あ、そういえば何かあったの?わざわざ訪ねてくるなんて」
「あぁ、実は―――」
俺は仕事の都合で現世に行かなければならないことを伝えた。
「うーん、現世に行くのかぁ…」
妖王は考え込むように唸る。
「今は危ないからやめたほうがいいと思うなぁ、人族たちの反人外の者共の風潮は二人も知ってるでしょ?」
「ですが、刕に言われた以上行かねばなりません」
「そっか…」
妖王は少し困ったように頬を掻く。
「心配なんかしなくていいよ、それより、許可証を発行してほしいんだけど」
「おまっ…誰に向かってそんな口を…!」
「うるさい」
声がした瞬間、俺は咄嗟に腰の短刀を抜く。金属が火花を散らし、腕に凄まじい負荷がかかる。
「君ごときが僕の言葉を遮るな」
瑠禍は片手で刀を押し込んでくる。俺は両腕を使い全力で押し返そうとするが、徐々に押し込まれてくる。
「あ、僕に対する口調とかは気にしなくていいから…喧嘩はやめてほしいな…」
妖王は頼りない口調で瑠禍をなだめる。
「…ふん」
瑠禍は不愉快そうに鼻を鳴らし、刃を収める。俺は握っていた短刀を見る。
僅かだが、短刀に切れ込みが入っていた。あのまま押し込まれていたら刃が折れ、俺の首は胴体とサヨナラしていただろう。
「許可証ならすぐ書くから、ちょっと待っててほしい」
「了解した。どこで待てばいい?」
「すぐ終わるから、ここでいいよ」
妖王は近くにいた側近の『六道輪廻』の1人、人間道に命じて紙を取りに行かせた。
俺と瑠禍はその場に正座して待つ。
「こちらが許可証である。くれぐれも、失くして妖王様の手を煩わせないようにすることだ」
『六道輪廻』の1人、修羅道から許可証を受け取る。
「わかってるよ…妖王様には世話になってるからな…」
「当然だ」
俺がそう言うと、修羅道は頷いて去っていった。
「…」
「はいはいこんなところで刀抜かない!」
俺は無言で刀を振り抜こうとする瑠禍を抑えながら、そそくさと城を出る。
ある程度城から離れると、瑠禍は大人しくなった。
「まずは魔界に行って、フラウロスさんにこの書類を渡すか」
返事はない。瑠禍は不機嫌そうな顔のまま、一言も発しない。…ある意味怖い。
「瑠禍、聞いてるんなら返事しろよ」
「…聞いてるよ」
…珍しい、こんなあっさりと俺の言うことを聞くなど。明日は血どころか槍の雨が降るぞ。
「魔界でしょ?早く行こうよ」
「あ、あぁ…」
何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか。ともあれ、仕事を終えて早く帰ろう。
瑠禍の情報網で一番近いゲートに向かう。
ゲートの門番に許可証を見せ、魔界へ到着する。
「うわ、魔力まみれだ…」
思わず吐きそうになる。なにせ魔界ってのは魔力に満ちている。魔力に耐性のある魔族ならともかく、俺らのような多種族には辛い世界だ。
ふと隣の瑠禍へと視線を向ける。
「…」
虫を見るような目で見てきやがった。こいつ…
「…」
俺も同じような視線を向けておく。
「…死ね」
「なんでだよっ!」
反射で後ろに飛ぶ。俺がいた場所を追うように短刀が飛来する。
「なんかムカついたから」
「はぁ!?」
言うことが支離滅裂すぎる。
「つかこんなとこで争ってる場合じゃねぇっての!」
書類だけは斬られないように守る。これが斬られたらシャレにならない。
「…そうだね、早くそれを届けて現世で妖刀を修理してから殺そう」
「殺す前提かよ」
瑠禍は刃を収める。俺は頭を抑える。数時間後の俺の命が危機だ。
「ったく…フラウロスさんのいる建物は…あれだったか」
目線の先には大きな図書館のような建物が聳える。彼は魔界における歴史を保存する役を担っている。
「うん、そうだよ」
こいつが言うのなら間違いないだろう。
「さっさと行くか」
俺たちはフラウロスさんの元へと向かった。
「すみません、黄泉の方から来ました、何でも屋の尽と瑠禍です」
俺は建物の玄関の戸をノックする。ほどなくして解錠の音がし、扉が開く。
「あぁ、刕の使いか?」
この赤毛の男がフラウロスさんだ。
「はい、こちらの書類を渡すように言付かっております」
俺は持っていた、書類の入った大きな封筒を渡す。フラウロスさんは受け取り、中身を確認する。
「…間違いないな、ご苦労」
「それが仕事ですゆえ」
一応業務用のセリフと笑顔で返答する。するとフラウロスさんは苦笑を浮かべる。…何かまずいことをしたか?
「…少し待っていろ、渡すものがある」
フラウロスさんはそう言い残し、廊下の先へ消えていく。…なんか報酬でもくれるのか?
「…報酬なわけないでしょ」
…こいつは俺の心を読んだのか?
「何?まさか考えてること当てられたの?」
無自覚かよ、腹立つなこの野郎。
「うっせーな、黙って立ってろよ」
「…」
「いちいち不機嫌になんな、相手にしなきゃならん俺が疲れる」
反射で飛んできた短刀を弾き落としておく。金属音と同時に、フラウロスさんが廊下の奥から姿を見せる。その手には何やら一冊の本が握られている。
「喧嘩は当人の問題だが、俺の書斎の前で厄介ごとは起こすなよ」
フラウロスさんは少し呆れたように言う。ほーら、誰かさんのせいでまた怒られたぞ。
「いえいえ、喧嘩なんてめっそうもない。俺たちは仲良しですから」
「ならそこに転がってる短刀も、お前たちのものじゃないよな」
ぐっ…反論できん。
「とまぁ、冗談はさておき」
冗談だったのかよ、心臓に悪すぎるぜ。
「刕には報酬はいらないと言われたが、おつかいをしてくれたお前たちに褒美をくれてやる」
わーいおやつだ、ってんなもんもらってもちっとも嬉しかないが。
「そんな、荷物運びで大袈裟な…」
大人な俺は謙遜しておく。
「あれは重要な書類でな、かなり助かった」
そう言うと、フラウロスさんは持っていた赤い本を無造作に放り投げる。瑠禍が反射的に受け取る。
「餞別だ、とっておけ」
それだけ言い残し、フラウロスさんは建物の中へ戻っていった。
「…え、マジで報酬くれたの?」
「ただの本でしょ?」
▼尽と瑠禍は謎の赤い本を手に入れた!どうしますか?
▷取っておく
捨てる
R◯G的な説明はさておき。
「次は現世で妖刀の修理だね」
瑠禍は刕から預かった妖刀をポンと叩く。そうだ、一番危険な仕事がこの後に控えている。
「あー…そうだな…ばれないように慎重に行くぞ」
「そんなことわかってるよ」
瑠禍はどこからか眼鏡を取り出してかける。ただの眼鏡に見えるが、あれは思考で操作する超小型高性能パソコンだ。
「一番近い現世へのゲートは?」
「…少し遠い、ここから少し北にある魔界一のギルドに面した市場の裏路地」
魔界一のギルドか、ドジで不憫すぎる悪魔の顔が浮かんだ。
「問題ないな、そこまで歩こう」
「わかったよ」
瑠禍も眼鏡をしまい、先ほどの本を俺に投げ渡す。
「…俺は荷物持ちかっての」
俺のつぶやきは瑠禍の耳に届くことなく、地面に落ちて消えた。
―3話に続く―