表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面と鏡と王冠と  作者: 帝王星
世界の敵VS世界の敵
2/8

第1話

 東暦3020年3月31日。外は雲一つの無い快晴で、小鳥達が春の訪れを喜ぶように(さえず)る。


 今日も“表の街”は綺麗で平和だ。



(レイ)、今日の仕事は?」


 俺は応接椅子に座る美人の女に声をかける。返事はない。


「いきなりシカトかよ…地味に傷つくわー…」


 と言いつつ、俺の心は全くの無傷。


 自己紹介が遅れたが、俺の名前は(ジン)。黄泉で『何でも屋』として働いている。

 目の前の美人の女は、まぁ言ってみれば俺の上司だ。歳は二つほど負けている。


「…今日は(ジン)瑠禍(ルカ)と、二人だけで行くようになっている」

「や、だからその仕事内容は…」

瑠禍(ルカ)に聞け」


 一蹴されてしまった。ちなみに瑠禍(ルカ)は同じ『何でも屋』で働く仕事仲間である。


 俺と瑠禍(ルカ)の先祖は知り合いだったらしく、俺は50代目緋岸花、瑠禍(ルカ)は50代目影椿という異名を持っている。

 (レイ)の異名?知るかよ、知りたいけど教えてくんねーもん。


「そういうツンツンしてるとこが好きなんだけどね」


 試しにジョークを言ってみた。(レイ)は少し苛立たしそうに俺を睨む。…無言かよ、怖えな。

 これ以上何か言うと嫌な予感がするので、さっさと瑠禍のところに行くことにした。



「やっと来たの?豚足」


 駆けつけた俺を出迎えたのは罵声だった。瑠禍(ルカ)は俺と同い年だが、童顔のせいか若く見える。


「お前より足速い自信あるっての…んで、今日の仕事はなんだ?」

「辺境に現れた鵺の討伐だよ」

「うへ、鵺かよ…」


 鵺といえばなかなか高位の妖怪である。


「要は殺せばいいだけでしょ、楽じゃん」

「そりゃそうだけどさ…」


 吸血鬼の本能に忠実なのか、こいつは争いや流血、殺しが大好きだ。『何でも屋』に籍を置いている動機も、明確に違う。


「早く行くよ」


 昼間から日傘をさす瑠禍(ルカ)の後ろをついていく。道行く人々から何度もまじまじと見られる。



 瑠禍(ルカ)についていくこと小一時間。


 あたりは昼間なのに薄暗く、カビが生えそうな湿気に覆われている。鬱蒼とした森の中、瑠禍(ルカ)はどことなく嬉しそうな表情を浮かべている。


「なんか嬉しそうだな」

「暗いところは僕の専門だしね、ここなら傘をさす必要もないし」


 瑠禍(ルカ)は傘をしまい、腰の日本刀を抜く。


「いいから早く探知してくれないかな」

「聞いただけだろ…」


 俺も刀を抜き、辺りを探知する。


「…いた、3時の方向だ」

「了解」


 俺と瑠禍(ルカ)の周りに、音と気配を殺すための結界を張っておく。反応があった付近に近づき、様子を伺う。


 巨大な体躯を誇る鵺は、妖怪の死骸を食い散らしていた。


「…やるぞ」


 俺の声を合図に、一気に鵺の視界に躍り出る。鵺は敵を認識し、巨大な吠え声をあげる。


「…うるさい」


 瑠禍(ルカ)は冷たい表情で鵺に斬りかかる。鵺は体躯に見合わない素早い動作でかわす。


「俺もいるんだよねー」


 隙をついて鵺の前足を切断する。鵺は痛みに苦しみ、暴れだす。


「『紫苑』、抜刀」


 瑠禍(ルカ)が腰の妖刀を抜く。柄から先には何もない。


「ちょ、俺切るなよ?」

「避けるのが筋でしょ」


 問答無用で瑠禍(ルカ)は刃のない刀を一閃。鵺の目には嘲笑。

 俺は念のため屈んでおいた。


 すると、瑠禍(ルカ)の腕の高さで周囲のものがずれる。“見えない刃”に辺りのものが両断されていた。木、岩、そして鵺の胴体までもがずれていく。


 鵺は断末魔をあげることなく絶命していた。


「ったく、それ刃が見えないし間合い変えられるからマジ怖いんだけど」

「うるさい吠え声が消えた」


 俺の言うことなど無視し、瑠禍(ルカ)は血まみれの顔で笑みを浮かべる。


「早く帰ろう、お腹すいたし」

「はいはい、わかったよ」


 討伐の証拠として鵺の牙を一本切り取っておく。

 俺の腹が盛大に鳴った。



「…おかえり」


 腹を空かせた俺たちを待っていたのは、同じ仕事仲間の(ユウ)だった。


「あれ、(レイ)は?」

「…先に出かけた…今日は外ご飯だって」


 外ご飯か、久しぶりだな。


「…食べ放題にするから、瑠禍(ルカ)(ジン)もたくさん食べていいって…」

「「よっしゃぁぁああ!」」


 俺と瑠禍(ルカ)は飛び上がって喜ぶ。食べ放題の時ほど嬉しいものはない。

 俺も瑠禍(ルカ)も大食いの分類に入るので、普段はなかなか腹一杯食べられない。


「んで、店はどこ?」

「…神楽亭」

「「よっしゃぁぁああ!」」


 再び俺と瑠禍(ルカ)は飛び上がって喜ぶ。神楽亭はこの辺りでは味で評判の有名店だ。おまけに食べ放題である。


「生きててよかった…!」

(レイ)様マジで神…!」


 舞い上がる俺らをよそに、(ユウ)は静かな声でこう告げた。


「…ちなみに、今から10分以内に店に着かなかったらご飯抜きだって」


 俺と瑠禍(ルカ)の思考が停止する。


「…早く準備しないと間に合わないよ。僕は送ってあげないから…」


 そう言うと、(ユウ)立体光学映像(ホログラフ)のように消えた。分身だったようだ。


「やべぇ、急がねぇと!」


 すぐさま荷物を整理し、支度をしに行く。



 支度を終え下に降りると、瑠禍(ルカ)が待っていた。

 瑠禍(ルカ)も血まみれの服を着替え、肌に付着した血も拭い取ってあった。


(ジン)、飛行術で神楽亭まで送って」

「…仕方ねぇな、今日だけだぞ」


 俺が指を鳴らすと、俺と瑠禍(ルカ)の身体が浮き上がる。浮遊したまま窓から出て、神楽亭を目指す。



 なんとか間に合ったようだ。


「あと14秒遅ければお前たちの夕飯はなかった」


 極上のヒレ肉を頬張る(レイ)。その隣の(ユウ)は無言でサラダを頬張っていた。


「間に合ったんだからいいじゃんよー」

「僕とこんなアホを一緒にしないでよ」

「てめっ!送ってやった恩を忘れやがって!」

「騒ぐなら夕飯はなくなるぞ」


 (レイ)のその一言で俺たちは言い争いをやめる。(レイ)の言うことは絶対なのだ。


 俺と瑠禍(ルカ)は空いているところに座り、それぞれメニューを開く。美味そうな料理が並ぶ。


「あ、そこのおねーちゃん」

「はいっ、何でしょうか?」


 従業員らしき若い女性を呼び止め、メニューを見せる。


「こっからここまで全部」

「…は?」


 俺の豪快な注文で、従業員の女性はメモをとり落とす。驚くのも無理はない。俺が頼んだのは普通の成人男性の30食分はあろうかという量だからだ。


「こっちもいいかな」


 瑠禍(ルカ)も注文を決めたようだ。


「僕はここからここまで全部、あとデザートも全部ね」


 女性は開いた口がふさがらない。俺の1.2倍は頼みやがったぞこいつ。

 女性は呆然としたまま厨房の方へ消えていった。


「…あんなに食べても太らない君たちの胃袋の正常性が謎だね」


 (ユウ)がポツリと呟く。


(ユウ)こそ、そんな少しでよく足りるよね」


 瑠禍(ルカ)は嘲弄に近い眼差しで(ユウ)を見る。その眼差しには殺意も含まれていた。

 そう、こいつは単に殺したいから、この『何でも屋』に所属している。


「…飲み物とってくる」


 俺は逃げるように席を立った。



 店内には様々な思惑が交錯していた。


「リーダー、恐らくあの四人がtarget(ターゲット)かと」


「思いがけず楽しめそうですね」


 仄かに甘さのある顔と声の持ち主は、コーヒーを飲みながら済ました表情を浮かべていた。


「そろそろお時間です」


 別の人物に時計を見せられると、リーダーと呼ばれた人物は立ち上がる。


「さて、どちらの血が濃いことでしょう」


 赤い瞳の先には、平和に食事をする(レイ)たちがいた。



 一瞬だが寒気がした。

 エスプレッソコーヒーを持って3人のいる席へ戻る。


 飲み物コーナーに長居していたからか、すでに料理は運ばれてきていた。瑠禍(ルカ)が猛烈な勢いで食べる、食べる。


「おかえり。長かったね」

「ちょっとお目当てのものがなかなか見つからなくてな」


 エスプレッソを自分の席に置き、俺も食事を始める。


 ざっと見て標的を決める。七面鳥の丸焼きを狙い、箸を突き出す。が、一瞬早く瑠禍(ルカ)の箸が奪い去っていく。


「チッ、まぁいい、(すずき)は頂く!」


 俺の箸は突き出された瑠禍(ルカ)の箸を弾き、鱸を捕らえる。瑠禍(ルカ)は膨れ面になる。


「死ね」


 瑠禍(ルカ)の箸は、今度は俺の方へ飛来してくる。すかさず空になった皿でガード。


「死ぬかよヴォケ」


 俺は皿の盾を持って笑ってやる。その隙に瑠禍(ルカ)はコーンスープを飲む。俺も高級和牛のステーキを奪い、食べる。


「はぁ…お前たち、もう少し行儀良く食べられないのか?」


 (レイ)はあきれ顔だ。だがこの勝負、負けるわけにはいかない。



 1時間もしないうちに注文の皿は全て空になった。久々の満腹感。大の字になって寝転がりたい。


「さて、そろそろ出るとしよう」


 (レイ)は領収書を片手に立ち上がる。(ユウ)もそれに続く。2人は先に会計に行ってしまった。


瑠禍(ルカ)、早く起きろ」


 俺は横で丸くなって眠っている瑠禍(ルカ)を揺すり起こす。なかなか起きない。


「起きろって、もう店出るぞ?」


 そのとき、頬に風。即座に腰の短剣を抜いて受け止める。


「…僕に汚い手で触らないでくれる?」


 俺の首筋で小刀が静止していた。力の差でどんどん圧迫される。


「こんな店の中で寝る方が悪いっての…」


 瑠禍(ルカ)は無言のまま、感情のない紅の瞳で俺を見据える。


「いいから早く出るぞ」

「…」


 返事はない。俺はため息をつき、2人の元へ向かう。瑠禍(ルカ)もちゃんとついてきている。

 首元が痒くなって指で触れる。出血していた。


「遅いぞ2人とも」

「誰かさんのせいですよ、誰とは言いませんけど」

「それ僕に対する文句?」


 瑠禍(ルカ)が俺を睨む。(レイ)はそんな俺たちの様子を見てまたため息をつく。俺たちに向けられるのは、言うことを聞かない駄々っ子を見るような眼差し。


「わ、なんかその視線地味に傷つくわ…」

「…なら今日の食事代は(ジン)瑠禍(ルカ)、二人で払ってもらおうか?」

「「えぇー!?」」


 俺たちは声をそろえてブーイング。割腹自殺(=自腹を切る)など御免被る。


「なんでこういう時は息がぴったりなんだか…」


 (ユウ)も呆れている。


「すいませんリーダー!どんな仕事もするから今回は見逃して!」

「ついでにこいつと同等の扱いをしないでほしい」

「おいコラっ!言ったそばから暴言かよ!」


 (レイ)(ユウ)は顔を見合わせる。


「ならとっておきの仕事をしてもらおう」

「…げ、なんか嫌な予感」

「魔界に赴いて、この書類をフラウロスという悪魔の方に渡してきてくれ」


 (レイ)はそう言うと、鞄からファイルに入った書類を取り出す。


「あれ、意外とまともだった」

「仕事はまだある」


 (レイ)は腰の刀を鞘ごと俺…ではなく瑠禍(ルカ)に渡す。


 …誰もが一度は聞いたことがあるだろう妖刀屋、村正の100の傑作の一振り、『勿忘草(わすれなぐさ)』だ。


「最近こいつの調子がイマイチでな、人間の世界にいるだろう腕のいい妖刀修復屋を探し出し、修理してもらってから持って帰ってきてくれ」

「うへ、現世とか行きたくねぇよ…命の保証ないじゃん」


 現世…そこに住まう人族、いわゆる人間が闊歩する世界だ。


 だがもし人間でないと奴らに知れれば、穢れとして拷問の果てに処刑される。とても気が進まない。


「僕は行くよ」


 しかし、瑠禍(ルカ)はあっさりと承諾する。


「ちょ、勝手に受けるな!」

「バレなきゃいいんでしょ?力を使わなければいい」


 間違ってはいないが…


「それじゃ、よろしく頼んだぞ」


 (レイ)は満面の笑みだ。とても断れる空気ではない。


「…リーダー、料金払ってきました…」

「ご苦労。それじゃ私たちは一足先に事務所に戻っているからな」


 (ユウ)(レイ)はさっさとを店を出ると、事務所の車に乗って去っていった。


「はぁ、またこいつと組まされるのか」


 瑠禍(ルカ)は文句を言いながら店を出る。俺も後に続く。


 空には大きな夕日が翳っていた。


―2話に続く―

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ