表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

【1/8ゲシュタルトの本領発揮③】

 午前の授業を消化すると、揃いも揃って急に机を動かし始めた。

 なんだ、戦争か? と思いひょっこり頭を出すと、生徒の何人かが白衣を着ているのが見えた。

 手術でもすんのか? って思いしばらく傍観していると、今度はいい匂いがしてきた。


「これから給食だから鞄移動させるよ」


 虎之助がかき消されそうな声で鞄に向かって話しかける。


「給食かぁ……」


 高校は学食とか弁当だからすっかり忘れていた。それは会長も同様のようで、


「そういえばそんなシステムもあったわね」


 なんて昔を思い出すように言う。

 席を移動させ、給食当番が配膳を済ませ、飯を食らう。

 俺はてっきり隣の席の北条帰蝶と虎之助は同じグループで食べるものだと思っていたが、どうやら違うらしい。虎之助と北条帰蝶は背中合わせでグループが組まれていた。

 飯を食ってる時はさすがに頭を出すわけにもいかないので俺たちは暇を持て余す。

 会長とユピテルは命のやり取りをしているため、俺は鞄の底に転がっているトランシーバーを取り出す。


 これが今回の作戦で使う備品だ。

 俺が思いついた作戦に必要不可欠な代物で、一昨日の夜にアマゾンで三つほどぽちった。

 虎之助はその値段を見て少し渋っていたが、太っ腹な会長が全額負担してくれた。

 その姿は圧巻の一言に尽きる。

 虎之助の引き出しは二重底になっており(もちろん誰も知らない)会長はそれを解除して何枚もの一万円札を取り出すと、


「これを使え」


 と言って札を放り投げた。

 ひらひら舞う一万円札。それは儚く散る桜の花びらのようで、いつしか俺は一筋の涙を流していた。(出ていません)

 そして虎之助とユピテルは口をぽかーんと開けていた。


 絶句、である。


 胸が痛い話だ。

 まぁ本当は携帯電話のように手軽に連絡が取れるツールがあれば良かったんだが、残念ながら俺たちにはそれがない。故にこのトランシーバーを使う。

 今回のミッション『北条帰蝶のアドレスをゲットせよ』には解決しなければならない課題がある。

 それは『誰にも見つからずに』という虎之助からの要望だ。

 俺が立案した計画では一応それがクリアされている。

 しかし、絶対という訳ではない。

 北条帰蝶はまるでABCD包囲網のように常時SPを配置して警護されている。

 そんな彼女が一人になる場面。

 そんなのひとつしかない。

 俺はトランシーバーに電源を入れてチャンネルを合わせる。

 ひとりでマイクテストごっこを済ませるとスイッチを切る。

 準備は万全。

 あとは放課後を待つだけだ。

 



 

 時刻は午後の四時過ぎ。遂に勝負の時がやって来た。

 空には夕暮れの気配がかすかに窺える。

 青色にわずかな暖色が浸蝕して、風もどこか冷たさを帯び始めた。

 すでに教室は閑散としていて、暇人の会話程度しかノイズは聞こえない。


 北条帰蝶もすでに部室へ向かった。


 放課後と聞くと青春の舞台というイメージが先行するが、その実態はそれとはかけ離れている。

 というか、俺はかけ離れていた。

 どこにでもいる高校生という設定だったためか、放課後の教室できゃっきゃうふふなんて出来るはずもなく、ましてや部活動で青春の汗を流すなんてこともなかった。


 ひたすら帰宅した。


 来る日も来る日も速攻で帰宅して、もはや帰宅に執念すら感じた。

 そんな俺からするとこの夢シチュエーションははっきり言って燃える。異能バトルの最終局面くらいに燃える展開だ。

 その興奮を会長の皮肉でなんとか冷ましてもらうと俺たちは行動を開始する。


「じゃあ準備すっか」

「う、うん」


 俺たち三体を入れた鞄を手に持ち、虎之助が立ち上がる。

 ミッションの第一段階としてまず人員を配置する。

 華道部の部室があるのは旧棟一階の最奥だ。

 虎之助曰く、華道部の部室へと通じる主要通路は旧棟と新棟を結ぶ渡り廊下と華道部部室の目の前にある階段の二つ。


 この二つの通路を閉鎖する。


 渡り廊下まで来ると周囲を伺いながらユピテルが鞄から飛び降りる。

 着地する瞬間に翼を広げて軽やかに足を着いた。


「小太郎君から連絡があったら行動すればいいんだよね?」


 俺は鞄から顔を出す。周囲を見渡すが今のところ人影はひとつもない。


「あぁ、それまでは人間に見つからないようにだけ気を付けろ。あばよ」


 俺が言うとユピテルはそそくさとカラーコーンの脇に隠れた。

 そのカラーコーンにはセロハンテープで紙がくっ付けてあった。


 『申し訳ありませんが、二階の渡り廊下をお使いください』と。


 トランシーバーで俺が指示したらユピテルがカラーコーンを動かす、という算段だ。

 旧棟と新棟を結ぶ渡り廊下の封鎖はこれで完了。

 次は旧棟一階、最奥にある華道部部室の前の階段だ。

 その階段を上って二階に上がると虎之助は止まる。


「ここでいいんだよね?」


 内緒話のように声を押さえて虎之助が言う。


「あぁ、問題ない。会長頼む」

「言われなくても分かっているわ」


 会長はカツっと音を鳴らせて着地するとこちらに手を差し出す。

 俺はその手にめがけて『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープを投げる。

 ちなみにこれもアマゾンで購入した。ほんと無駄になんでもあるのがアマゾン。(褒め言葉です)


「連絡したらここを閉鎖してくれ」

「何度も言わないで頂戴。言われなくても分かっているわ」


 あー、そうですか。申し訳ありませんねー。

 こちらもさっきと同様、トランシーバーで合図を出したらテープを張って封鎖してもらう。

 これで二つのルートを封鎖できる。

 俺と虎之助はそのまま一階に降りる。再び華道部の部室前に到着して今度は俺が飛び降りる。

 幸い大きな観葉植物が置いてあったのでその隙間に入り込んで虎之助に告げる。


「じゃあ虎之助は男子トイレで待機だ。俺が来るまでひたすら待機だ。出来るか?」

「た、多分……」


 多分だと? お前は便器に座って待つことすら出来ないのか! 幼稚園にでも戻ってこい! 

 とは思わない。虎之助はかなり緊張している。

 そんなの一番の古株の俺から見れば一目瞭然だ。

 だから俺は虎之助の背中を押す。いつだって俺はそれしかできないから。


「大丈夫だ、北条帰蝶を確実に一人にしてみせる。お前の恋愛の邪魔は誰にもさせない。だから俺を信じて便器で待っていろ」


 虎之助は不安げな顔を隠そうとしない。ただ俺を見つめて……見つめているだけだ。


「ありがとう小太郎。僕も頑張るね……」

「おう」


 虎之助はトイレへと歩いていく。

 振り向きざまに親指を立ててきたので俺もそれに応えてやる。

 準備は整った。

 あとは北条帰蝶を一人にするだけだ。

 いつでもどこでも一人にならない北条帰蝶が確実に一人になるには条件がある。


 それは『部活動中のトイレ』だ。


 どれだけ重厚な包囲網を敷いたって部活動中のトイレまでは付いてきまい。

 俺たちが狙うのはその一瞬。

 これでトイレまでみんな仲良くついて来たら、考えられることは二つ。

 一つは北条帰蝶はどっかの重役の娘で、その取り巻きはどこかの秘密組織で鍛え上げられたSPである、ということ。

 もう一つはトイレにまで一緒に行かないと気が済まない重度の人間依存症である、ということ。

 後者だったらこちらから願い下げだ。俺たちの虎之助をお前にはやらん! ってなる。

 とりあえず最終調整をするためトランシーバーのチャンネルをユピテルに合わせる。


 PTTボタンを押しながら口元を近づけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ