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【1/8ゲシュタルトの本領発揮②】

 虎之助は歩く。

 歩き始めて十五分ぐらい経っただろうか。

 ひょっこり顔を出すと霊長中学の制服を着た生徒がちらほら見受けられる。

 虎之助も時折挨拶を交わしたり、ちょっとした雑談をしていた。

 そして気が付くと目の前には虎之助の中学校――――霊長中学が見えた。

 さすがにここまでくると霊長中の生徒で溢れている。

 門前には体育教師らしきガッチリした体躯の男が立っており、そいつを適当に蹴散らして校内に侵入する。

 さすがにここまでくると気軽に鞄から顔を出すわけにもいかない。

 俺たちはただただ鞄の中でジッとしていた。


「いったーい。いま私の足踏んだの誰―?」


 鞄の生地はそれほど厚いものではないので、ところどころ明かりが差しこんでいる。

 見るとユピテルはぷんぷんして俺と会長を睨んでいた。


「いま踏んだのどっち!」


 もちろん俺は踏んでいない。なぜなら先程の乱闘から彼女たちとは少し距離を置いているからだ。

 となればもちろん犯人は、


「私ではないわ、きっと小太郎でしょう」


 そう、俺になる。一周まわって俺が犯人になってしまう。

 これは避けようのない宿命。抗うことのできない冤罪。

 ここで「会長がやったに決まってんだろ!」なんて言った暁には壮絶な三つ巴が開始してしまうので俺は場を鎮めることに徹する。


「あー、わりぃ。恐らくきっともしかして俺が踏んだかもしれない。……多分」

「もー、気を付けてよね。結構痛かったんだからっ!」

「あー、わりぃ。……多分」


 不本意ではあるが場を鎮めることに成功した。

 ちょこっとだけ顔を出して外界の様子を見てみると周りは少年少女で入れ食い状態になっていた。

 虎之助は足を止めることなく歩き続ける。


「いったーっ!」

「どうしたのかしら、ユピテル」


 なんか嫌な予感がした。俺はとりあえず頭を引っ込めて鞄の中で二人を見る。

 するとなぜか二人とも俺のことを睨みつけていた。


「どうした?」

「また足踏んづけたでしょ! 謝って!」

「えーっと……そのあれだ」


 別に会長の代わりに俺が謝るのは百歩譲って許す。

 しかし、こういった行為は悲しいことに繰り返される。つか、実際に今繰り返された。

 ここでまた俺が謝罪すると会長は増長して、その行為はエスカレートする。

 仕舞いにはユピテルのおっぱいを触ったりするかもしれない。

 俺が触ってもいないのに触った扱いされるのは絶対に許せない。

 だったら俺が触る! ……俺ってクズだな。

 まぁいい。とにかくここは抵抗だ。俺は会長にメンチを切る。


「……」(会長! 自白してくれよ!)

「……」(シーン)

「小太郎君謝って!」


 もうユピテルは俺が犯人と決め付けていた。俺の瞳を捉えて離さない。


「……」(わかった、じゃあ俺が謝る。その代りこれで最後にしてくれよ)

「……」(シーン)


「……悪かったな、俺のせいだ。……多分」

「もう! こ、こういう痛いのとか……その、き、気持ちいいから、止めてね……」


 なんか言葉の最後の方がごにょごにょして聞こえなかったが、とりあえず一件落着だ。

 俺たちの小競り合い(仕組まれています)が終わったところでちょうど鞄の揺れが収まった。

 その後に足元から軽い衝撃が伝わる。


「着いたよ、みんな」


 虎之助の小声が頭上から降ってきた。俺たちは顔を見合わせるとすこーしだけ外を覗いた。


「おぉー」


 ユピテルが感嘆の声をあげる。

 俺と会長からしたら普通の光景だが、ファンタジー出身で虎之助の部屋から出たことのない彼女からしたら、学校生活の一コマは珍しく映るかもしれない。


「北条帰蝶はどれだ?」


 虎之助の席は最後尾の右から三列目、左から二列目のど真ん中。

 隣の席ということで両隣を見るが見当たらない。


「あ、あそこにいる人」


 指こそ指さないが虎之助は窓側に視線を向ける。

 その先には女子四人で固まって会話に花を咲かせていた。

 少し耳を傾ける。


「昨日のアニメ観た?」

「『ハーレムとか興味ないから~むっつりスケベが世界を救う~』でしょ? 観た観た」

「違うよ。『あまりにも遅すぎた異世界との邂逅』だよ」

「あぁそっちかぁ。あれはつまんなそうだから観てないよ」

「マジでー? 帰蝶は何観た?」


 どうやらアニメの話で盛り上がっているようだ。

 そして帰蝶と呼ばれた女――――軍団の端の方でニコニコしていた少女が口を開く。


「私はお稽古があったから観てないんだよね」

「そうなん? 『あまりにも遅すぎた異世界との邂逅』は面白くないから観ない方がいいよ」

「うん、じゃあ今度観てみるね」


 ふむ、普通の女の子のようだ。うん? 普通の女の子か? 

 なんかおかしい気がしたが……、まぁいい。とりあえず分析を開始する。

 ミディアムに整えられた黒髪、制服も着崩すことなく着用、手首には可愛らしいシュシュ、笑った顔もあどけなさが残っていて普通に可愛い。

 会長が言っていた大和撫子タイプってのはあながち間違いではないようだ。


「可愛らしい子ね」


 ふと後ろから声がした。振り向くと会長とユピテルもこっそり顔を出している。


「うん、すごく良い子そう!」


 感想は三人共同じようだ。

 周囲を警戒しながら眺めていると予鈴が鳴る。

 お馴染みの音を合図に喧騒は静まり、生徒は着席し始めた。

 すると前方の扉が開いた。カツカツと靴音を鳴らしながら女性教諭が教壇に上る。


「みなさんおはようございます。ホームルームを始めます。日直さん号令」


 女性教諭が言うと、日直の鬼――――長尾虎之助が号令をかけた。

 虎之助は家での様子とほとんど変わらない優しい声で号令をする。

 俺たちは頭を引っ込めて来たるべき時に備える。

 つってもあと七時間くらいか、なげぇな……。

 待ってろよ、北条帰蝶。お前を奈落の底に突き落とす!


「どこに突き落とすって?」

「え、聞こえてた?」

「えぇ聞こえていたわ。虎之助が恋という名の泥沼に落とすから安心しなさい」


 初めての学校、初めての場所。しかし鞄の中はいつも通りだった。

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