【1/8ゲシュタルトの本領発揮①】
二日後の月曜日。
長尾家は平素と変わらず慌ただしかった。
虎之助は起きるなり制服に着替える。
どたばたと階段を下って朝飯を食うとこれまたどたばたと部屋に戻って来た。
何も変わらない、いつもの月曜日。
準備を終えた虎之助が俺たちに向かって言う。
「じゃあ行くよ」
しかし、ここからが違う。
いつもなら元気よく送り出してやる俺たちだが、今日は虎之助の通学鞄の中に潜りこむ。
俺たち三人が通学鞄に入ると虎之助が口を開いた。
「大丈夫? 狭くない?」
虎之助もいつもと違う登校に少しワクワクしているように見える。
もちろんチキンな俺は見つかったらどうしようとか、運命の出会いがあったらどうしようとか、女子中学生のパンツとか見てみたいな、とかとても高尚なことを考えていた。
虎之助は鞄ごと俺たちを持ち上げると階段を下って玄関下と向かう。
俺たちはわずかに開けられたチャックからひょっこり顔を出す。
「大丈夫だよ! レッツゴー!」
隣のおっぱいさんは、それはもう遊園地へ向かう子供のようにはしゃいでいた。
その様子に会長はこめかみを押さえてため息をつく。
「遊びに行くわけではないのよ。これから向かう場所がどこだか分かっているの? この胸に全ての栄養をつぎ込む能無し女は」
「胸だって立派なステータスだもん」
「それしか誇るものがないものね。ごめんなさい」
「奈央ちゃんだって頭が良くてスタイルが抜群なだけだけどねっ!」
朝から卑猥なやりとりを聞かされて興奮……じゃなくて呆れていると虎之助が苦笑いする。
「じゃあ行こうか。いってきまーす!」
「いってらっしゃーい」
まさかへそくりがこっそり減っているとも知らない母親が陽気に答える。
知らないって大切。知らない方が幸せなことはあるもんね。
玄関扉が開かれる。すると獣の獰猛な鳴き声が聞こえた。
この声はまさか……。
「やぁ、アルマゲドン。いってきます」
俺たちの右前方には宿敵の相手、アルマゲドンがいた。
いつもあまり吠えないアルマゲドンだが今日はこれでもかと吠え散らかしている。
「あいつ明らかに俺たちに気付いてる。虎之助! 鞄を高く持ち上げてくれ!」
俺が言うと虎之助はアルマゲドンが届かない位置まで鞄を上げた。
その瞬間、アルマゲドンは虎之助に飛びつきじゃれ始める。っぶねぇな、朝っぱらから盛りやがって。
まぁ、何はともあれ最初にして最大の壁をなんとか乗り越えた。
ふぅ疲れた、これで仕事は終わりかな? 家に帰るか。
「じゃあ行こうか。みんなくれぐれも動いてるところ見つかっちゃダメだよ」
「はいはーいっ!」
どうやら帰らないらしい。俺は不安で不安で仕方ない気持ちを空にぶつける。
天気は快晴。
朝独特の心地いい日光が俺たちを照らす。
カラッと晴れているため不快指数は高くないが、鞄の中は若干の湿気を感じる。
適度に配置された雲、頬を撫でる生暖かい風。それらが俺の不安を和らげてくれる。
「小太郎、今私の胸を触ったでしょう」
「ファ!?」
取り除かれかけた不安は会長の言葉によって大幅に増大した。
はい? いきなりなんなの? 会長の貧相な胸なんて触るわけねぇだろ。被害妄想も大概にしやがれ! なんて言えるはずもない俺はとりあえず無実を証明する。
「冤罪だ。見てくれ、俺は鞄の外に手を出している。そもそも触ることが出来ない」
完璧、である。
これはあれだ、痴漢と一緒だ。
男はたとえ荷物を持っていようとも両手は吊革にやらないとならない。これはもはや義務であり常識。
俺みたいな健全な男からしたらいっそのこと電車の中に防犯カメラつけて欲しい。
まぁ俺は乗らないからいいんだけど。
俺は手をプラプラさせてこれでもかと無実を立証する。
「そんなの信じられないわ。どうせ足で触ったんでしょう。この変態」
おいおい馬鹿言ってもらっちゃ困るぜ会長。そもそも俺はそんなに器用じゃない。
ちょっとエッチで、ちょっとスケベで、ちょっと変態とか言われるけど、さすがの俺も足で触ろうなんて奇抜な発想はしない。
もうなんかこれ弁護じゃねぇな。虚しくなってきた……。
俺がどんだけ真っ当な変態か教えてやろうかと思った時、にししーと蠱惑的というか意地悪そうな笑いが聞こえた。
「奈央ちゃんって本当におっぱいないんだねー。女の子なのになんでないの?」
「……」
これはもう黙るしかあるまい。
俺はそっと鞄の端っこに移動する。
「ユピテル……歯を食いしばりなさい」
「ほえ?」
その後鞄の中では大乱闘が行われた。無論、俺も何発かエルボーを食らった