【1/8ゲシュタルトの計画③】
その日の夜、俺たちは作戦会議を開いた。
昼までのポカポカ陽気はどこえやら、空は星ひとつ見えない分厚い雲が覆っていた。
「そろそろ梅雨入りだねー」
ユピテルがぼそっと言ったため部屋の湿度が少し上がった。気がした。
三人並んで机の端に座り、足をプラプラする。
時刻は午後の八時。
作戦会議は順調に難航していた。
会長の案が採用されて放課後の教室でアドレスを聞く。
ただ北条帰蝶からアドレスを教えてもらうだけなのに、ひたすら難航して座礁して沈没していた。
その原因は虎之助のチキンっぷり――――誰にも見つからずに、という要望のせいである。
チキンっぷりに関しては俺の右に出る者はいないと巷で噂されていたが、思わぬところに伏兵がいた。
「これが灯台下暗しか……侮れん」
しかし難航の因子はそれだけではない。
それは北条帰蝶の行動パターン、これこそが諸悪の根源かも知れない。
虎之助の話によると、霊長中学ではすべての授業を消化した後に掃除があるらしい。
まず掃除の場所が離れているため虎之助は接近すらできない。
だったら掃除に行く前に聞こうという案が出されたが、そのわずかな時間でさえ北条帰蝶には取り巻きがいるらしく迂闊には近寄れない。
さらに北条帰蝶は掃除場所に自分の鞄を持っていくらしく、そのまま華道部へと直行するとのこと。
さらにさらに部活後も華道部仲間と一緒に下校。
もうなんか虎之助を避けてるんじゃないの? ってくらいに見事に一人にならない。
それが全自動八方美人、北条帰蝶という女だ。
まぁ虎之助が好きなった女だ、これくらいじゃないと正直張り合いがない。
とか言って俺はさっきから何もしていない。
ひたすら気を送っていた。俺の元気を使ってくれ! ってな感じで。
「どうしましょうか」
俺の気を受け取っているくせに会長は行き詰っている。
「分かんないよー」
ユピテルも集中力が切れ始めている。もともと集中していないと言う説もある。
「みんなごめんね……」
本当だ、少し人がいるからってビビるな! って俺が言えた義理ではない。
徐々に空気が停滞する。
ユピテルは完全に思考を停止したらしく、そのまま寝そべった。
「もー分かんない。ごめん虎ちゃん」
「本当に考えてるの? あなたの頭には何が入っているの?」
「何も入ってないよっ!」
「じゃあ私を見習いなさい」
「奈央ちゃんも入ってないよっ!」
じゃあどうやって考えたり記憶してるの? と問われればそれは俺たちも分からない。
確実に言えるのは俺の頭には本当に何も入っていない、ということだ。切ない……。
これは日々の生活でひしひしと痛いくらいに感じているから省略するとして。
俺たちがあれやこれや言っていると、椅子に座っている少年が口を開いた。
「もういいよ。ありがとね、みんな考えてくれて」
虎之助は露骨に申し訳なさそうな顔をする。
「……」
どうすればいいのだろうか。
俺は朝の反省を生かして考え始めた。
会長もユピテルも苦戦している。
ここで役に立てれば会長が認めてくれるかもしれない、ユピテルが驚いてくれるかもしれない、虎之助が褒めてくれるかもしれない。
やるなら、ここしかない。
と、その時だった――――。
「あーあ、学校に協力者がいれば楽ちんなのにねー」
何気なく発せられた一言。
天啓を得るとはこういうことを言うんだろうか。
俺の脳神経が火花を散らした。
周辺の神経組織も同様にスパークを巻き起こす。
脳が灼けるように放熱する。(全て錯覚です)
そして――――。
気付いたら俺は仁王立ちして笑っていた。
「わかった、分かったぞっ!」
突然の覚醒にユピテルはおろか会長も虎之助も目を点にしている。
「あら、とうとう逝ってしまったのね、お悔やみ申し上げるわ」
「おつかれさまでした、小太郎君」
「小太郎、どうしたの?」
三者三様、言葉を発する。
虎之助は純粋に心配してくれているが、二人の顔には「お前が思いつくはずがない。乙」確かにそう書かれていた。
俺は座っている二人を睥睨する。
「会長、今こそ長尾家フィギュア界の財力を発揮する」
俺が宣言すると会長は軽く息を吐いて俺に目を向ける。
「その前に思いついた案を教えなさい」
会長は凛とした姿勢を決して崩さない。
それとは反対にユピテルは身を乗り出して俺に迫ってきた。
「財力? なになに?」
まぁユピテルは知らないだろう。俺は会長を無視して彼女の裏の顔を暴露する。
「我らが生徒会長、神谷奈央は潤沢な資金を確保している」
「え、奈央ちゃんお金持ってんの? バイトしてんの?」
んなわけねぇだろ……。
こんな1/8スケールフィギュアを登用する会社なんてあるの?
そもそも人に見つかったらアウトの俺たちは面接すら出来ない。
ユピテルは右手で俺のズボンを、左手で会長の制服のスカートをぐいぐい引っ張る。
会長は観念したのかため息を吐いた。
「お母様のへそくりをちょっと拝借しているだけよ。問題ないわ」
「問題ないって……それただのネコババじゃん」
「え、そんなことしてたの?」
ユピテルは戦慄、虎之助は驚愕している。
そう神谷奈央はただの犯罪者だ。そしてそれを黙認していた俺も犯罪者か……。
思えば会長はアニメの中でもそうだった。
その圧倒的な支持率を武器に生徒会を私物化して資金を流用していた。
さらに生徒会員から何人か抜粋して『専属スチューデント・ガーディアン』などという組織を密かに創設し、新興宗教を布教していた。
心酔しきってた会員は自分たちが利用されているなんて思ってもいない。
神谷奈央は先生からの信頼も厚い。
彼女はそれをいいことに学園の金を使いまくり悠々自適、超快適な学園生活を送っていたのだ。
俺の暴露に会長は殺気に満ち溢れた目を俺に向ける。
「で、何に使うのかしら。つまらない案で暴露されたとなると私も色々と考えなければいけないけれど」
射るような視線。そしてちゃっかり死の宣告。思わず俺は一歩後ずさる。
大丈夫だ、自信を持て。これを乗り越えれば俺は評価されるんだ!
俺は両手の拳に力を入れる。
「俺たちが学校に行って協力するんだ」
奇抜なアイデア、というよりは単なる自殺行為と受け取ったのだろう。会長は懐疑的な視線を向けた。
「まぁ話だけ聞いてくれ」
「えぇいいわ」
俺が噛んで含めて作戦を伝える。
するとみんな一様に浮かない顔をした。
えー、俺的にはかなり最高で最強で気分上々なんだけどなぁ、と思っていると会長はチラッと俺を見る。
そして判決が言い渡された。
「かなり穴が多い。不確定要素も多い。お金もかかる。悪いことずくしね」
俺の知略の結晶は切って捨てられた。
どうやら僕はここでお別れのようです。
俺は瞑目して胸の前で手を組む。
「でもさぁー奈央ちゃん、これって……」
しかし、切り捨てられた結晶の欠片はユピテルの手によって拾われた。
ふむふむと頷いたり、うん? と首を傾げたりと、その挙動は忙しない。
「そうね、現時点では最も可能性が高い案であることは確かね」
そして会長が言い切った。
会長は目の端で俺を捉えると少し口角を上げる。
これは夢だろうか? もしかして俺は会長に殺されて胡蝶の夢でも見ているのか?
自分死亡説を考察していると、この問題の張本人が笑みをこぼした。
「小太郎、これなら出来そうだよ」
「じゃあ準備して月曜日に備えよーっ!」
再びユピテルが勝鬨を上げた。
きっと会長とユピテルは虎之助の為に頑張ろう、とでも思っているのだろう。
しかし、俺の中では似て異なる感情が支配していた。
『作戦を成功させて存在意義を示す』
――――雲の隙間から星が一つだけ姿を現した。ように見えた。