【1/8ゲシュタルトの計画②】
時刻は午後十二時を回った。
少し開けられた窓からは生暖かい風が流れ込む。
上空からは燦々と輝く太陽の光が部屋に差し込んでくる。
非常にいい天気だ。
虎之助は昼飯を食べにリビングへと向かい、俺とユピテルは会長から招集命令が出された。
女の子座りをするユピテルと、体育座りをする会長。
ちょっと会長のスカートに目を向けるが、スカートの中は見えそうで見えない。
それにしてもパンツの見えそうで見ない率は異常。
もはや黄金比に則ってるの? ってくらいにわずかに見えない。
俺がモヤモヤしているとそれを見透かしたように張りつめた声で会長が口を開いた。
「みんな事情は知っているわね」
その言葉を受け俺とユピテルは思わず目を合わせる。そして頷く。
「虎之助のターニングポイントがやってきたわ」
会長は真面目くさった顔で言う。
え、恋愛ってそれぞれが人生のターニングポイント扱いなの?
その理論だと俺一回もターニングしてないんですが……。俺もターニングしたいです……。
「どうやってお手伝いしよっか!」
「そうね、まずはさっき虎之助から受け取った情報を共有しましょう」
情報の共有か。だが、ちょっと待ってもらいたい。
「それって俺もいるのか? 悪いが恋愛なんてしたことねぇぞ」
この場に俺は必要なのだろうか。
二人で計画を練る方が効率的なのではないだろうか。
そんな少し不貞腐れにも似た感情を吐き出す。
すると会長は平素と変わらぬゴミを見るような目つきで俺を捉える。
「いないよりはいたほうがいいわ。ほら、三人寄れば文殊の知恵って言うでしょ?」
「俺たち人間じゃないけどな」
「細かいことは気にしない気にしない」
ふむ、どうやら強制参加のノリらしい。
まぁ、二人で楽しそうに計画練ってて俺だけ除け者とかちょっと寂しいしちょっと心苦しいし割と本気で死にたくなるから参加してやるか。
俺の思考など意にも介さない様子で会長は口を開いた。
「まず相手の名前は北条帰蝶。同学年で同じクラス。華道部に所属。人当たりが良く誰にでも親切とのこと。席は虎之助の隣。……現時点での情報はこれくらいかしら」
「なるほど全自動八方美人ってやつか」
賢しらぶって適当に相槌を打つ。
こんな情報だけで女を落とせたら苦労しないだろう。さすがの俺でも彼女が出来たはずだ。
「アドレスは知ってんのー?」
「いいえ、今は挨拶を交わす程度の関係らしいわ。とりあえずアドレスの入手方法から検討していきましょう」
「んなこと言って会長の中ではもうプランが出来てるんだろ?」
百戦錬磨の会長のことだ。
数々の女どもを蹴散らしてヒロインの座を獲得した女王、神谷奈央のことだ。
きっとすでに詳細なプランが出来上がっているに違いない。
俺が聞くと案の定、会長は首肯した。
「そうね、華道部所属で人当たりが良い、というところからお淑やかな大和撫子タイプだと想像できるわ」
分からねぇ、どこをどう取ればそういった結論になるのか俺には分からねぇ……。
「今じゃ絶滅危惧種だよねー、そういうタイプって」
「そうね、あなたみたいな腐れビッチが溢れ返っているものね。今の世の中」
「それは奈央ちゃんの方でしょ! 一人の男を落とす為にみんな躍起になっちゃってさ。なんで奈央ちゃんがヒロインなのか理解できないよーだ」
「そんなの私も知らないわ。勝手に男が選んだんだもの」
「そんなに綺麗だから選ばれただけでしょ!」
いや、だからそれ完全に褒めてるから。
しかも五秒前に理解できないって言っときながらしっかり理解してんじゃねぇか。ダメだこいつ……。
俺は密かに絶望する。そしてなおも罵詈雑言の応酬を続ける二人の会話になんとか割り込んだ。
「で、どうすんだよ」
「こういった女子は押しには滅法弱いわ。ごり押しで行くのが得策だと思うけれど」
冷静に分析しながら最終的には力技か。
とりあえず他案を頂戴すべくユピテルにも視線を向ける。
「私だったら紙にアドレス書いて渡すけどね」
ユピテルは少し拗ねた様子でそう漏らす。
なるほど、間接攻撃、といったところか。
会長には悪いが奥手な虎之助にはこっちの方が向いているかもしれない。
ひとまず意見が出揃ったところでちょうど階段を上ってくる音が聞こえた。
「おまたせー」
扉が開かれると、なんとも呑気な声が部屋に響く。
ったく、俺の苦労も知らないで。って俺はなんもやってねぇか。
虎之助は部屋に入るなり椅子を引いて腰を掛けた。
「で、どうかな……?」
虎之助は神妙な面持ちで全員を見渡す。
ポカポカ陽気の昼下がりには似合わない、少しだけ重い空気が広がった。
「まぁ、まずはアドレスを手に入れようって話になった」
二人に口火を切らせるとまた暴言が飛び散りそうな気がしたので、いや、確実に飛び散るので俺が端的に説明する。
「ごり押しでアドレスを教えてもらうか、紙に虎之助のアドレスを書いて渡すかって結論になったけど虎之助はどっちがいい?」
俺が言うと虎之助はうーんと唸る。
「ごり押しってどんな感じなの?」
残念ながら俺の提案ではないので目をお隣さんに移す。会長は瞑目すると顎に手をやった。
「そうね、放課後の教室で愛の告白……失礼、アドレスを教えてもらうって感じかしら」
ふむ、放課後独特の雰囲気を味方につけての勝負か。
悪くはないが多くの人に目撃されるというリスクがある。
リスクリターンを計算するなら圧倒的にユピテルの案のほうがいいだろう。
しかし、紙に書いて渡すと「男らしくない」とか「女々しい」とか言われる可能性も無きにしも非ず。
難しい……恋愛って難しすぎる!
やっぱ俺に恋愛なんて一万年と二千年は早いなぁ、それまで俺は童貞なのかぁ、なんて思っていると虎之助が口を開いた。
「どうすればいいんだろう……」
「……」
虎之助の恋愛が成就するかしないか最初の分岐点だ、悩むのも致し方ないだろう。
それに虎之助が恋をするなんて多分初めてのことだ。
中学二年で初恋というのが遅いのか早いのかなんて俺は知らないが、それでも初恋は初恋。
俺はお前の背中を押してやることしか出来ない。
「決めるのはお前だ。これはあくまで提言。あとはお前の意志だ」
虎之助が俺を見る。そして会長とユピテルにも目を向ける。
ふんと一度首肯して気合を入れ直すと開口した。
「放課後、自分で聞いてみるよ」
虎之助の決断。
その気概に俺たちも顔を見合わせて思わず破顔する。しかし、
「でも、人に見られるのは恥ずかしいから……その、見られないようにしたい」
無茶な要望、である。
でも虎之助の決断だ。協力してやるのがフィギュアってもんだ。
「じゃ、じゃあ……が、がんばろーっ!」
ユピテルが引き攣った笑みで拳を突き上げる。
そのとても快活とは言えない声を合図に俺たちも勝鬨を上げた。