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【1/8ゲシュタルトの計画①】

 四季の中で一番好きなのは春だ。そう、ちょうど今のような季節。

 冬のメランコリーな気分を、暖かくて長閑な春の日差しが解放してくれる。

 新社会人は大人の階段を登ることに希望を抱き、大学生は縛られない生活に期待する。虎之助も二年生になることで最初は少し浮き足立っていた。


 しかし、新年度を特別視するのは人間に限ったことではない。


 人間のライフスタイルが変化する新年度はフィギュアにとっても非常に重要な意味を持つ。

 前提として俺たちは虎之助の前では自由に過ごすことが出来る。


 でも、家族はそうはいかない。


 俺たちは虎之助の愛情によって活動できるのであって、家族やその他の人物は全く関係がない。

 つまり虎之助以外の人物に俺たちが動いている所を見られると。

 俺たちは死亡――――その瞬間に普通のフィギュアと同じ扱いになってしまう。

 有象無象の存在こそが俺たちの最大の天敵、というわけだ。

 もちろん普通のフィギュアとしてポージングしていれば見られても問題ない。


 さて。


 この長尾家は三人家族で構成されている。

 俺たちの主である虎之助はこの春から中学二年生になった。父親の職業は不明だが専ら平均的なサラリーマンだろう。母親はパートタイマー。シフトが入っていない時は基本的に家にいるが、虎之助の部屋に入ることはほとんどない。


 これが長尾家の基本情報だ。


 ちなみにアルマゲドンに見つかっても即死効果はない。しかし、確実に噛み殺されるため早いか遅いかの違いでしかない。

 時間の問題、である。


「今日はこのくらいにしておこう」


 竹に油を塗るが如く、今日も独り言を紡ぐ。

 もしかしたら俺が虎之助に出来る奉仕はこの呟き(ツイート)を利かせることかもしれない。

 なんだろう、作文の役とかに立つかな? 立つわけないか。


「今日も独り言? 小太郎」


 俺が机の端で『考える人』並みに俯いて考えていると上から声が掛かる。


「なんだ虎之助か。どうしたんだ?」


 時計を見ると午前十時。今日は土曜日のため学校はお休みだ。

 床を見下ろすとユピテルと会長がキャッチボールしていた。というか会長がユピテルにビービー弾をぶつけていじめていた。こえぇ、これが弱肉強食。これが食物連鎖か。

 地獄絵図に戦慄しながらも虎之助に視線を戻すと、虎之助はちょっと意地悪そうな笑顔をつくる。


「久しぶりにゲームしようよ。負けたら罰ゲーム付で」


 ゲームか。確かに新年度に入ってから慌ただしくてやってなかったな。

 罰ゲーム付ってのが気になるが相手になってやろう。お前の幻想をぶち壊す!


「いいぜ、もちろんあれだろ?」


 俺が戦いを承諾すると虎之助はうんうんと首肯する。俺たちがゲームをやるといったらあれしかない。『路傍の格闘家』通称ストリートファイターだ。

 ディスクをセットして起動。次いでキャラクターを選択する。


「罰ゲームは何にする?」


 俺が尋ねると虎之助はうーんと唸った。


「じゃあ相手の言うことをなんでも聞くってことで」


 なんでも言うことを聞く、か。くだらねぇ! 

 恋人同士だったら「えー、なにするの? こわーい」「ふふーん、いいことしちゃうぞー」「いやーん」って盛り上がるだろうけど俺の相手は虎之助。

 完全なるオス! まぁ借りを作れると思えばいいか。


「オーケー、じゃあスタートだ」


 男と男の真剣勝負。その火蓋が切って落とされた。

 勝負は一進一退。のわけがない。

 俺は腕と脚――――肢体すべてを使ってボタンを押しまくったが、勝てるはずがなかった。

 まず、虎之助は普通に強い。そして俺は普通に弱い。

 それに虎之助は両手で操作できる。

 一方の俺はダンスダンスレボリューションでもやってんの? ってくらいに動きまくっていた。

 もう画面とか見てる余裕ない。

 そんなこんなで出来レースは虎之助のストレート勝利で終わった。

 俺が額の汗(出ていない)を拭っていると上から声が掛かる。


「ごめんね」


 虎之助は舌を少し出して謝った。


「……」


 虎之助はいい奴、である。


 本来ならこんな勝負をしなくても、虎之助にお願いをされれば文句を言いながらそれを聞いいてやるだろう。

 でも、虎之助は無条件で俺にお願いをしない。

 たとえこれが出来レースでも俺にも勝つ可能性を与えてくれる。

 それに俺は知っている。

 途中何度か俺の攻撃をわざと食らってくれたことを。


「これは勝負だ。謝ることじゃねぇ。さぁ願いはなんだ、ギャルのパンティか?」


 言うと虎之助は急にモジモジし始める。吹けもしない口笛を吹いたり愛想笑いを繰り返す。


「……」


 虎之助は一度大きく深呼吸をする。

 そして意を決したように、うんと一度頷くと俺を優しく持ち上げた。

 俺を握った手を自分の口元へ持っていき、


「……すき」

「ファ!?」


 いきなり虎之助が俺の耳元で囁いた。

 何が何だかわからない俺は、ばたばたと手足を動かして抵抗することしか出来ない。


「僕ね、好きな人が出来たんだ」

「……」


 あーはん、そういうことね。なんだよ、いきなり好きって言うからビビったじゃねぇか! 

 つかなんで俺ドキドキしてんだよ……。

 とりあえず一度下ろしてもらうように説得して虎之助と向き合う。


「それで、それを聞いた俺は何をすればいいんだ?」

「いや、小太郎は男だし高校二年生じゃん? だから相談したいなぁって……」


 要するに相談役として俺を登用したってことか。

 恋愛絡みとなると女のユピテルに相談するわけにもいかない、そんなところか。


 漢のプライド、である。


 しかし悲しいかな。生まれてこの方恋愛を一度もしたことがない。

 俺に恋物語とかラブロマンスといったバックボーンは存在しない。もう本当に原作者を呪うしかない。

 俺が再び決意を固めると虎之助が口を開く。


「ダメかな?」


 いや、ダメじゃない。そもそも勝負に負けたのは俺だから拒否権がない。

 でも、俺が役に立てないのは自明の理だ。だったら、


「恥を忍んで会長に相談しろ。あいつは恋愛のエキスパートだ」


 俺は助言を与えることしか出来ない。

 ユピテルだってファンタジー出身といっても最後に主人公と結ばれている。きっと役に立つだろう。

 なおも決めかねている虎之助に最後のプッシュを掛ける。


「お前が本当にその子のことが好きで結ばれたいと願っているなら、こんなところで躊躇するな。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言うだろ」


 ちょっと意味は違うがそれっぽい言葉を羅列する。すると虎之助は決心したようで硬く頷いた。


「……分かった。ありがとう、小太郎」

「何もしてねぇけどな」


 虎之助はそのままキャッチボール――――否、イジメの現場へと急行する。

 虎之助はベッドに腰を下ろして二人に話しかける。

 二人はキャッチボール(仮)を中断して虎之助に向き合った。

 虎之助はあれやこれやとジェスチャーを交えて二人に語りかける。ふむふむ、と頷く二人。


 相談というのは密な関係が築けていなければ出来るものじゃない。

 そして相談というのはその関係をより強固にする要素になる。

 俺も出来ることなら相談に乗ってやりたい。虎之助の助けになってやりたい。

 しかし俺はその様子を遠巻きで眺めることしか出来ない。


 とどのつまり俺はまた何もできなかった。

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