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【1/8ゲシュタルトの死亡①】

 ――――目が覚めた。気が付くと俺は、


「ここはどこだ……?」


 見知らぬ部屋にいた。

 身体の節々がぎしぎしと痛むが、なんとか身体を起こす。ぐーっと伸びをして周囲に目を向ける。


「なんだよ、ここ……」


 目に飛び込んできたのは膨大なフィギュア。

 その数に圧倒され、我知らず一歩後退する。

 周囲には掃いて捨てるほどのフィギュアで埋め尽くされていた。

 部屋全体を囲むように並べられたガラスケース、そのガラスケースの中に飾られている数多くのフィギュア、それ以外は何もない。

 ただただフィギュア。ひたすらにフィギュア。

 上を向く。

 薄暗い蛍光灯の光はなんとも頼りなく、天井には茶色いシミが付着していた。天板の角には蜘蛛の巣もある。

 ほえーと全体を眺めて思い出す。


「俺はなんでこんなところにいるんだっけ」


 俺はあるはずのない海馬に働きかけた。

 確か体育祭で北条帰蝶と虎之助の距離を縮めてやろうと画策して、その計画が最後の最後で失敗した。で、なんか身体が動かなくなったと思ったらこの部屋にいた。

 記憶を失っているのだろうか。いや、それにしても、


「わけがわからん」


 いま一度、周囲を確認してみるが俺以外に動いている物体――――フィギュアはいないように見える。

 行動しなければヒントは得られないだろう、そう思ってガラスケースに目を遣った時だった。


「やっと来たな、真田小太郎」


 なんか聞いたことのあるような聞いたことのないような声が上から降ってきた。声の主はガラスケースの上段の扉を開けるとそこから華麗に飛び降りた。

 そしてくるりと空中で回って俺の前に着地する。


「……誰だよ、お前」


 俺の目の前で着地を決めたのは女の子だった。

 それも虎之助よりも二、三歳は下だと推定される。

 青紫の髪は短めに切り揃えられており、身体を真っ黒なローブで包んでいる。

 そして特徴的なのが尻から生えた黒くて細い尻尾。

 しかし、そんな子供っぽい印象とは逆に雰囲気は不気味だった。

 蠱惑的な笑みを浮かべながら一歩一歩距離を詰めてくる。


「何者だ?」


 確認の意味を込めてもう一度尋ねる。すると少女は薄っぺらい笑顔をつくった。


「エリーの名前はエリオール・サイファン。ここの番人を任されているんだ」


 エリオールとやらは微笑みを崩さずに言い切った。

 色々と整理したいことはあるが、それにしても一つ引っかかるワードがあった。


「番人ってのは何の番人だ?」

「ここはフィギュアの墓場。魂を失ったフィギュアがここに来るんだ。その責任者がエリーというわけだ」

「フィギュアの……墓場?」


 聞いたことのない単語に素で聞き返す。

 だが、闖入者の混乱を愉しんでいるかのようにエリオールはくくくと笑った。


「知らないのは当然だよ。人間だって自分たちの死後の世界のことなんて知らない。フィギュアもそれと同じだ」

「つまり俺は死んだってことか?」

「うん」


 そんなに笑顔で言われても困る。

 それにその笑顔が妙に薄気味悪い。

 なんというか底意地が悪い癖に処世術だけは長けているような、そんな印象。

 いろんな仮面を使い分けてそうな感じが空気から伝わる。


「俺死んだ覚えなんてねぇぞ。俺は――――」

「エリーは全部観てたから大丈夫。真田小太郎は間違いなく死んだ」

「どういう意味だよ」


 エリオール、自称エリーと名乗る少女は一度咳払いする。

 さっきまでの蠱惑的な笑みとは違いその顔は真剣そのもの。

 少女は饒舌に語り始めた。


「じゃあ一つずつ教えてあげる。まずフィギュアはたくさん愛情を貰うと自由を手に入れることが出来る、そもそもここから間違っているんだ」

「な……」


 初めて知らされた事実に言葉を失う。

 顔を見ても適当なことを言っているようには見えない。そ

 れが世界の理であり、常識であるかのようにエリオールは言ってのけた。


「フィギュアが自由を手に入れるには愛情をたくさん貰うこと。そしてそれと同じくらい主にたくさん愛情をあげること。この二つが自由の真の条件なんだ」


 エリオールは続ける。


「あなたは恐れてた。感謝を形に出来てない俺はもしかしたら虎之助から愛されなくなってしまうのではないかと。だからあなたは虎之助の恋をチャンスだと思って行動を開始した。自分が恋のキューピットになればきっと虎之助は見直してくれると思って。嫌われたくないから嘘をついて誤魔化したりもしてたね」


 エリオールはにししっと子供っぽく嘲笑う。

 恐らく彼女は華道部の部室前でのことを言ってるのだろう。

 俺の心情まで理解している時点でエリオールの発言が事実であるのは間違いない。まるで俺の思考回路をトレースしてるかのように的確だ。

 動揺をおくびにも出さないで耳に神経を集中させる。


「あと体育祭の時もそうだったね。あなたはあの茶髪の子を排除しようとした。茶髪の子と北条が結ばれたらあなたの計画は台無しだからね。でも、最後の最後で計画は破綻した。あなたは自分を責めた」

「それと俺の死がどう関係あるんだ」


 話を聞いても確信が持てた。やはり俺が死ぬわけがない。

 俺の自由が奪われる条件は虎之助の俺に対する愛情が無くなること。

 それとエリオールの話を信じるならば、俺が虎之助を愛さなくなること。

 エリオールが言うにはこの二つだけだ。

 俺が虎之助を想う気持ちに変わりはない。

 ならば虎之助の想いがなくなったということか?

 ――――思い出せ。

 そもそも俺は虎之助に作戦の全てを教えていない。

 北条帰蝶の取り巻きを分断するために十人ずつ教室へ帰る旨を伝えるよう頼んだだけだ。

 そして俺の意識が朦朧としたのは北条帰蝶の取り巻きが秘密を漏らした時だ。

 あり得ない。

 作戦を知らない虎之助があの瞬間に俺への想いが無くなったのはあり得ない。

 もし想いが無くなるのならば全てを知った時だろう。

 自分の持っているフィギュア――――つまり俺が北条帰蝶の取り巻きや武田半蔵を傷付けた。

 そう認識してから俺を軽蔑するだろう。

 だからあのタイミングで俺が死ぬのは道理に合わない。

 じゃあなんで俺はここにいるんだ……? 俺がこの異国にいるのはなぜだ。


「どういうことだよ……」


 到底理解には及ばない。

 でもだからと言ってエリオールの言葉が嘘だとは思えない。

 俺の心情をこいつは確かに見破った。悔しいけど本当にその通りだった。

 俺はエリオールに目を向ける。

 明らかに俺より年下なのに勝ち誇ったような顔を見せつけてくる。

 その自信が少し腹立たしい。


「なんで死んだか理解出来ない、と言った顔だね。でも問題ないよ。あんたと同じ理由で死ぬフィギュアは案外いるからさ。とりあえずあんたは死んだ、それだけは理解して欲しい」


 エリオールは一つ咳払いをして手を後ろで組む。

 そして俺の周りをカツカツと歩き始めた。


「じゃあここの説明をさせてもらうね」


 そこにさっきまでの嗜虐的な雰囲気はない。

 極めて業務的で、無機質な声でつまらなそうに語り始めた。


「ここはフィギュアの墓場。ガラスケースに置かれているフィギュアはもう動かない。そしてあなたもこれらのフィギュアと同様これから動けなくなる」


 長そうな話だからとりあえず座るか……。

 俺はその場にどかっと腰を下ろす。

 エリオールは相変わらず俺の周りをぐるぐる回りながら話を続ける。


「でもね、彼ら彼女らは身体の自由が奪われただけで考える力だけは持ってるの。つまりこれらのフィギュアも実はまだ生きている、ということ。でも、現実世界でフィギュアが消滅すれば考える力も消滅。まぁ本当の終わりってことね」


 エリオールは続ける。


「ここから脱出するには再び所有者と相思相愛になるしか方法はない。でもそれは決して容易じゃない。だいたいは相思相愛になる前に現実世界で消滅して、さようならって感じかな」


 そこまで言ってエリオールは止まる。ちょうど俺の目の前に彼女はいた。

 そして彼女はあっと思い出したように口を突く。


「ちなみにこっちの世界でも現実世界でも見ることと聞くことは出来るよ。まぁそれは百聞は一見にしかず。自由を奪われてから堪能してね」


 これで説明は終わりらしい。

 エリオールはそれこそ年相応の可愛らしくて幼い笑みを俺に向ける。

 しかしその瞳は笑っていない。

 俺の瞳を捕捉すると眼光が一気に鋭くなった。


「じゃあそろそろあなたの自由も奪わせてもらいます」


 エリオールは右手のたなごころを俺の胸に向ける。

 なんだかよく分からないうちに話は終わり、俺は動かなくなるらしい。

 諦めにも似た感情で素直に彼女の右手を受け入れる。


 しかし――――。


 エリオールは再び表情を変えた。

 一言で言うなら焦燥。

 まるで何かを気にするようにキョロキョロと周囲を確認する。

 そして俺との距離をぐっと縮める。

 思わず身体をのけ反らせると、彼女は声を落として早口でまくしたてた。


「最後に一つだけ言う。お前の問題にはタイムリミットがある。元凶は主じゃない。お前自身だ。早く気づけ」


 その瞬間エリオールの右手が発光した。

 そして視界が暗転した。

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