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【1/8ゲシュタルトの絶望⑦】

 閉会式。


 全校生徒はトラックの中に集まり、校長だか教頭だかのありがたいお言葉を頂戴していた。

 俺たちはそれを遠目に眺める。


「後悔しているのかしら、小太郎」


 ちょっといじわるな口調で会長が言う。そんな優しい会長には普通に接するのが一番だろう。


「そんなことねぇよ」

「そう、じゃあ最後までミッションを遂行することね」

「そのつもりだ」


 言われなくても分かっている。この作戦は俺が全責任を負うと決めたんだ。

 俺が言うと同時に拍手が巻き起こった。

 いつもなら「俺への拍手? みんなありがとう!」とかふざけたことを思いつくんだろうが、今はそんな冗談も言えないでいた。


「ほら虎ちゃん戻って来るよっ!」


 どうやら今の拍手で体育祭は幕を閉じたらしい。

 まぁ生徒からしたらこの後打ち上げとかやるんだろうが、体育祭自体はここで終了だ。

 戻って来た虎之助に声を掛ける。


「おつかれ虎之助、さっそくだが頼むぞ」


 俺が言うと虎之助は周囲を確認して口を開いた。


「ねぇ小太郎、僕なんもやってないけどこれで大丈夫なの? 北条さんと帰れるの?」

「あぁ心配すんな、また俺が指示するから今はあれだけやってくれ」

「そっか……。うん、分かった!」


 虎之助は屈託のない笑顔で言ってくれる。

 会長とユピテルが虎之助を労うと、その虎之助はクラスの一番前まで行って声高に言った。


「大勢で下駄箱に向かったら混雑するので、出席番号順に十人ずつ戻ってください。あと椅子に付いた砂はちゃんと払ってから戻ってください」


 英雄の一声に皆誠意をもって返答する。


 実は虎之助にはこれだけしか頼んでいない。


 作戦の本番はこれからだ。そしてこの指示こそ作戦の第二段階に当たる。


 手紙には保険として『恥ずかしいから誰にも言わないで来て欲しい』と伝えたが、その三人が一緒に下駄箱へ向かったら内緒にする確証はない。

 だから奴らを分断する。

 体育祭実行委員の権力を使って、奴らが同時に下駄箱へ行くのを防ぐ。

 ちょうど十人に区切ると彼女たちは下駄箱で遭遇しないという計算に至った。

 また体育祭の興奮も計画を後押ししてくれる。


 それは冷静さの欠如。


 マイナスイメージで使われることが多いが、こと今回に限ればこれが有効的に働く。

 普段であったらなら、この手紙が本物か偽物か確かめたり、相談したりもするかもしれない。

 しかし体育祭の熱気に当てられた彼女たちは冷静ではいられない。

 むしろ周りの空気がそれを許さない。

 大逆転勝利なんてオプションまでついている。

 それらを味方につけたら彼女たちを誘導するのは難しい事ではない。


 高校生を舐めるな、である。(恋愛無経験です)


 虎之助が言うと出席番号順に移動を開始した。

 疲れはあるのだろうが、それを感じさせない足取りで教室へと向かっていく。


「あとは結果を待つだけ、かしら?」

「あぁそういうことになる」


 仕込みは十分にやった。やりつくした俺たちは見守ることしか出来ない。

 人事を尽くして天命を待つ。

 全員が移動を済ませたのを確認して虎之助も椅子を持って教室へ戻る。

 教室内は相変わらずだ。思わず耳をふさぎたくなるほど騒々しい。

 が、それも先生が来ると少しだけ沈静化する。

 さすがの先生も今日ばかりは無駄な話をしないらしく、家に帰るまでが体育祭だとか打ち上げではしゃぎすぎないようにとか簡潔に伝えていた。

 もうそろそろホームルームも終わりだ。

 俺は北条帰蝶の取り巻きの様子を確認する。


「恋い焦がれるみなさんはどきどきしてるのかしら?」

「あんま変わんないな、普通だ」

「まぁそういうものよ」


 さすが恋愛のエキスパート、神谷奈央だ。できることなら作戦とかも思いついてほしいものである。

 そうこうしているとチャイムが鳴った。同時にホームルームも終わりを告げる。

 ここまでくると作戦も最終段階だ。

 といっても後は流れに身を任せるだけ。


 特にやることもない、友達が一緒に帰れない、それに疲れ切った身体、三重苦揃った北条帰蝶は帰宅を余儀なくされる。

 帰宅するターゲットを見つけたら『あっ偶然だね!』みたいなノリで話しかければ一緒に下校できるというわけだ。


 人間は簡単、である。


「あなたはその簡単な人間の下位互換だけどね。でもそういうところが好きよ」

「奈央ちゃん、そんなこと言ってると小太郎君に夜這いされちゃうよっ! でも、寝取られちゃう奈央ちゃんも……好きっ!」


 おいやめろ、それ以上変な属性付けるな。という言葉をなんとか飲み込む。

 流れに身を任せると言ってもハプニングが起こる可能性もないとは言えない。

 皆が皆、帰り支度を済ませると帰宅を始める。

 中にはすでに思い出になってしまった体育祭の出来事を語り合う者もいる。

 そして北条帰蝶が取り巻きの中に加わった。

 この間と同様、最後方の窓際に陣取って会話している。


「そろそろ帰ろっか」

「あっ、ごめん。私ちょっと用事あるんだよね……」

「ごめん、うちも……」

「私も今日は一緒に帰れないかなぁ……」


 同伴を拒否された北条帰蝶は浮かない顔で俯く。

 落ち込む北条帰蝶を見ていられなかったのか、取り巻きの一人が口を開いた。


「ごめんね、あの、本当に用事があるんだ……」


 その落ち着いた声に少し寒気がする。

 流れるはずもない汗がつーっと背中に流れた気がした。


「実はね……」


 体育祭の熱気がそこにだけない。

 何も知らない虎之助が俺の顔を覗きこむ。

 相当ひどい顔をしているのだろうか。俺はその目を見ることが出来ない。


 そして――――。


 嫌な予感は的中した。


「隣のクラスの武田君から手紙をもらったの……」


 取り巻きの一人が恥ずかしそうに言う。

 その言葉に戦慄したのは俺だけじゃないはずだ。

 残りの取り巻きも口を開けて唖然とする。

 予想していた最悪の結末が幕を開いた。

 どす黒くて鉄のように重い悪魔の幕を開けてしまった。


「ぁ、あぁ……あ」


 そして俺の中で何かが崩壊した。


「落ち着きなさい、小太郎」


 会長が何か言ったのが聞こえた。

 全身が震え始める。

 何か話さなくちゃ、早く対策を練らなくちゃ。

 ギリギリのところで思考は働いていた。

 しかし、得体のしれない毒毒しい何かがわずかに残された思考を強制的に破壊する。

 そして破壊された思考の欠片は濁流に飲み込まれる。


「ご、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん……」

「小太郎君! どうしちゃったの!」


 もう誰の声も聞こえない。

 自分が何を言っているのかも分からない。

 視界がぶれ始める。

 呼吸が苦しくなる。


「小太郎―!」


 みんなが何かを必死の形相で何かを話している。

 口が動いているのがかすかに見えるが、彼女たちが何を言っているのか聞こえない。


「虎之助、声が大き過ぎよ。不審に思われているわ。今日はもう帰りましょう」

「奈央ちゃんどうしよう……。小太郎君が、小太郎君が……」

「そのことは後よ。さぁ虎之助、早く!」

「う、うん!」


 その後のことはよく覚えていない。

 気が付いたら俺の身体は動かなくなっていた。




 俺は意識を失った――――。

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