【1/8ゲシュタルトの絶望③】
「じゃあ俺が一位になったら校舎裏に来てくれ……みたいのは? ねぇ奈央ちゃん。どうかな? カッコよくない?」
「格好良くないわ。むしろみっともない」
「でも奈央ちゃんはカッコいいよ! 私大好きだよ!」
「作戦、どうしましょうか」
「無視っ!?」
この有様、である。
「あくまで私たちは虎之助と北条帰蝶が二人きりになれるようにお膳立てをすることが任務。そのことを踏まえて何か案はないかしら」
「アドレスもゲットしたことだし普通に誘えばいいんじゃないか?」
「違うよ小太郎君、そうやって意図的にやっちゃうとダメなのっ! 偶然会うことで運命を感じちゃうんだよ、女の子は」
ユピテルは得意げにチッチッチと指を振る。
そんな乙女心を力説されても俺には分からねぇよ……。そう言うならお前の意見を聞こうではないか。
「じゃあどうすんだよ」
「それをみんなで考えてるんじゃん。ねぇ奈央ちゃんっ」
こいつはホントいい身分だな。人のこと否定するだけ否定しやがって……悔しいなぁ。
意気消沈していると会長が居住まいを直した。
「やはり体育祭実行委員をいう名分を使わないのは迂愚だわ。この方向で検討した方が計画は練りやすいと思うのだけれど」
そんなこと言われても、俺は体育祭実行委員がどんな組織なのか知らん。
どこまでの介入が許されて、どこまでの行動が許容されているかが分からなければ想像が出来ない。
だからといって体育祭実行委員って何をやっていいのか、なんて抽象的なことを聞いたところで虎之助も困ってしまうだろう。
とりあえず案を出して、最終的に実行できそうか虎之助に考察してもらった方が効率的だろう。
俺が方向性をまとめていると、ふと会長と目が合った。
その瞳には会長らしくない穏和な雰囲気を感じた。
「あなたにしてはえらいやる気ね。急にどうしたの? 雪でも降るのかしら」
「そんなんじゃねぇよ。もともと俺はこういうフィギュアだ。見くびるな」
俺が熟考するのがそんなに不思議か?
……まぁ会長やユピテルからしたら不思議に思うのも無理はないか。
これは義務であり贖罪だ。
俺には前回の失敗を払拭する義務がある。
結果的にアドレスは入手できたが計画自体は失敗だ。
任務を放棄した俺には挽回する義務がある。
それに俺は虎之助に嘘をついた。今
までどうでもいい嘘はたくさんついてきたが、あの嘘は許されざる嘘だ。
俺はその嘘を贖わなければならない。
こんな格好悪いことを会長やユピテルにも言えるわけがない。
俺は会長やユピテルから嫌われたくない。
彼女たちは自分にも非があると言ってくれるかもしれない。
でも、もしかしたら軽蔑されるかもしれない。
そのことがきっと怖いんだ。
虎之助にも嫌われたくない。
もし虎之助に嫌われたら……俺は――――。
「小太郎君?」
ユピテルの呑気な声で現実に戻る。その無邪気な表情を見て思考が現実世界にシフトした。
「なに怖い顔してんの?」
「いや……どうすれば上手くいくか考えてただけだ」
「結構難しいよねぇ、なんかいい案が転がってないかなぁ」
こいつが俺の思慮に気付くはずもない。
ユピテルは机の上に散らばっているノートや教科書をひっくり返してアイデアを探していた。
「そんな所にアイデアが転がってたらこんなに苦労しねーよ」
「斬新な捜索方法ね」
「斬新? やったー、奈央ちゃんが褒めてくれたーっ」
揶揄してるだけとは知らず、ユピテルはアイデアの捜索を続ける。
無知は罪とか言うけど、知らない方が幸せなことだってたくさんある。
つまり何も知らない俺は超幸せ。逆に何でも知ってる会長は不幸の塊。
金輪際、会長には近づかないようにしよう……。
会長との縁談破棄を決定したところで突然ユピテルが声をあげた。
「わあー! 虎ちゃんこれなに?」
声の主に目を向けるとユピテルが手紙のようなものを握っていた。そ
れを見た虎之助は作業を中断して立ち上がる。
「な、なに勝手に見てんの? 駄目だよ!」
「えー、いいじゃん。どれどれー」
虎之助は手紙を奪い返そうと北斗百裂拳並みに手を繰り出すが、ユピテルはふわふわと旋回してそれを防ぐ。
しかし、手紙の裏を見たユピテルは深くため息を吐いて旋回をやめた。
「なんだぁ、男の子からじゃん。つまんないのー」
「これは転向した友達が最後にくれた手紙なんだよ。勝手に触っちゃダメだよ」
「そうなんだぁ、ユピテルがっかりー」
ユピテルは露骨に首を落とす。
虎之助は手紙を受け取ると引き出しの中にそっと閉まった。
「今どきメールじゃなくて手紙を渡すとは相当仲のいい友達だったのね」
二人の様子――――おもに虎之助を見て会長は呟く。
「俺は手紙貰ったことないから知らん」
「あら、じゃあ今度あなたに手紙を書いてあげるわ」
「殺害予告とかじゃなければありがたくいただくよ」
「好きな人にそんなことするはずないじゃない。……もう」
会長は俺から視線を外す。
その横顔は少し紅潮しているようにも見えた。が気にしないことにした。
――――その時だった。
俺の脳内に電気が走った。(錯覚です)
「思いついてしまった……」
走馬灯のように今この部屋で起きた出来事がフラッシュバックする。
体育祭、実行委員、斬新、手紙、友達……。
思いついた計画を猛スピードで組み立てる。
まるでジグソーパズルのように音を立てて完成へと近づいていく。
「できるかもしれない……」
脳に電気が走ると沸々と脳みそ全体が熱くなる。
思考速度は加速度的に上昇し、その勢いは止まらない。
まるでコンピューターのように情報が高速処理されていく。(すべて妄想です)
「これならいける! ……たぶん」
最後のピースがカチッとはまった。気がした。
みんなに顔を向ける。
「小太郎君……大丈夫?」
「独り言もここまで来ると重症ね。私が看病してあげるわ」
「えー、私にも看病してよー」
「あなたは全力で恋の病を治しなさい。いい加減鬱陶しいわ、特にその胸が」
「いやん、でも辛辣な奈央ちゃんも……好きっ!」
なんかもう色々と末期な二人だが、意を決して話しかける。
「お時間よろしいでしょうか」
会長はまるでタコのようにくっついて離れないユピテルを強引に剥がしてこちらに身体を向ける。
「さぁ聞かせてみなさい」
俺は聞く姿勢に入った会長に作戦の内容を細かく伝える。
徐々に落ち着きを取り戻したユピテルには、理解しやすいようにやるべきことだけ伝える。
二人がふむふむと吟味していると、まず会長が口を開いた。
「あまりにも犠牲が大き過ぎると思うのだけれど」
その声音はいたって冷静。さっきまでのおふざけとは一転して鋭いものだった。
「まぁそれは承知の上だ」
俺は努めて平静を装る。
そう、この作戦は北条帰蝶の取り巻きを傷つける可能性がある。
最悪の場合、虎之助にも火の粉が飛び散る。
そのことはユピテルでも理解できたらしく不安げな様子を見せた。
「私は賛成出来ないかも……」
まぁ反対されることは予想していた。
自分で考えておいてなんだが、この作戦は結果次第では最悪の結末を招く。
危険なことは重々承知。
でも……。
それでも俺は、やらなくてはいけない。
論破の一つでもしてやろうと思ったがその必要はなかった。
会長は瞑目すると眉間にしわを寄せて、
「……そう」
と一言言った。
この二文字が何を意味するかは瞬時に理解した。
反対はしないが賛成もしない。協力はするが認めない。
でもそれだけで十分だ。
会長とは討論になると思っていた俺は、その言葉に安堵の息をもらす。
会長がこう言えばユピテルも折れてくれるだろう。
作業を続ける虎之助に声を掛ける。
そして作戦を伝える。
もちろん核心には触れないで――――。