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12/19

【1/8ゲシュタルトの絶望②】

 翌、月曜日。


 鬱陶しかった雲は消滅した。

 太陽が久しぶりにその姿を現し本領を発揮する。

 風が入ってこないためいささか暑く感じてしまうが、それでも不快な暑さではない。

 部屋でのんびりしてる分には悪くなかった。


 時刻は正午。


 長尾家には誰もいない。誰もいないはずなのにカオスが充満していた。


「ねぇ小太郎、これからどうすればいいかしら?」

「ねぇねぇ奈央ちゃん私とお喋りしよーよー。つんつん」

「あなたは黙ってくれないかしら。不愉快極まりないわ」

「いやん、照れるなぁ。へへっ」


 この始末、である。


 ユピテルはすべてを吐き出してすっきりしたのか会長の気を引こうと躍起になり、会長は会長で俺と話が出来ないとユピテルを害虫のように扱う。


 これがフィギュアの本性、である。


 もしかしたらこの三体の中で一番まともなのは俺なんじゃないかと錯覚してしまう。

 それはないか、ないな。いや……やっぱりない。

 自己否定も済んだところで話を本筋に戻す。

 無論、虎之助の恋愛についてだ。


「で、これからどうすんだ」


 俺が言うと会長は顔をこちらに戻す。ユピテルに髪を引っ張られながらも凛とした態度を崩さない。


「そうね、今のままでもいいのでしょうけど、このままだとただの『良い人』で終わってしまうわね。何かしらのアクションを起こすべきだと思うけど……いたっ!」

「あっ、ごめんね奈央ちゃん。つい愛の力が……」


 愛の力はどうか知らんがとりあえず行動を取った方がいいようだな。

 恋愛のエキスパート神谷奈央が言うなら間違いない。

 虎之助の恋愛を成就させるため俺たちはネクストステージを検討していた。

 しかし前回同様、そうそううまくはいかない。会議は平行線をたどっていた。


「アクションって言っても何すればいいんだ?」

「そうねぇ、デートが出来ればいいのだけれど、その前にワンクッション置きたいわね」


 確かに虎之助にいきなりデートの誘いをさせるのは残酷だろう。

 同じチキンの俺が言うんだ、間違いない。


「じゃあ一緒に下校とか?」

「偶然を狙うなら無理ね。取り巻きが彼女を離さないわ。虎之助が誘えるのであればいいと思うけれど」

「誘えなくたって前回みたいに俺たちが作戦練れば大丈夫だろ?」


 俺が会長に提案すると突然ユピテルがあっ! と声を発した。


「奈央ちゃんの髪が鼻に……は、ハクション!」

「……」


 ハクション、アクション、ワンクッション。なんとも取って付けたような三連コンボだな。

 しかも間が空きすぎだ。やりなおし。

 するとユピテルは会長の髪を見てへへへと笑った。


「ごめん奈央ちゃん。鼻水ついちゃったぁ」

「あらいい度胸ね。そのままでいなさい」


 会長は不気味な笑みでそっと立ち上がる。時同じくして悲鳴に似た歓喜が部屋に響き渡った。

 惨劇の一部始終を見てしまった俺は――――。


 閃いてしまった。


「そうだっ!」


 確かこの季節にはビッグイベントがあったはずだ。それを使えば急接近できるに違いない。

 俺は目を点にしている二人に勝ち誇ったような目を向ける。


「大丈夫だ。もうすぐあれがやってくる」

「あれって……なぁに?」


 ユピテルが息も絶え絶えに言う。

 会長はさぁ言ってみなさいと言わんばかりに澄ました顔で俺を捉えた。いいだろう、教えてやる。


「それは……体育祭だ!」


 どうだ、このビッグイベントを利用すれば二人の仲は急接近どころかくっつく可能性すらある。

 虎之助は部活こそやってないがサッカーが上手い。ゆえに足も速い。

 きっと大活躍してモテモテになるに違いない。

 俺の完璧な理論を前に二人は圧倒されている。と思いきや少し呆れた表情を浮かべていた。


「体育祭を利用するのはいいわ。でもそれだけに頼ったって二人の仲が縮まるとは到底思えない」

「会長も衰えたな、虎之助は足が速い。そうすれば北条帰蝶も見直すだろうよ」

「その可能性は十分あるわ。でも足が速いのは虎之助だけじゃないはずよ。スクールカーストの上位を占めている人間は総じてスポーツが万能だわ。虎之助が彼らより速いという確信があるの? もし虎之助が栄光を手にしたとして、それを利用して北条帰蝶との距離を縮められる保証はあるの? そして」


 会長はそこで一度止める。たっぷりと間を取って指を組み替えた。


「そして、その中に北条帰蝶が気に入っている人間がいる可能性だってある。またその逆も然り……」


 まくしたてられた言葉は正論過ぎた。

 そしてそれを口にしたのが神谷奈央だということが信憑性を付加させた。


 確かにそうだ。

 虎之助より速い人間はいるだろう、陸上部、野球部、サッカー部なんかは運動神経抜群だ。

 あいつらは何をやらせても普通以上のクオリティーを叩きだしてくる。

 でも、お前らは知らない。


「あいつは本当に足が速い」


 俺が言うと会長はまるで愚か者を見下すような視線を向ける。


「だからそういう問題じゃないのよ小太郎。虎之助が足が速いのは私だって知ってる。でも結果を出すだけでは駄目なのよ」

「つまり?」


 ユピテルは何もわかっていないようだ。だが、俺にはそのヒントで十分だった。


「その結果を使って俺たちが舞台を整えてやる。ってことか」


 無意識的に出た言葉に会長はウインクで回答する。

 か、かっけー。今のウインク超かっけーな。危うく妊娠するとこだったぜ……。


「じゃあ何はともあれ作戦会議だねっ。奈央ちゃん」


 そう言ってユピテルは会長と命がけのイチャイチャを開始する。

 少し変わってしまった三体の関係。でも、案外悪くないかもしれない。

 そんな益体もないことを考えてしまった。





 体育祭を利用して二人の距離を縮める方向で話は決まった。

 だが、体育祭の詳細を俺たちは何も知らない。

 霊長中学に行ったのもこの間が初めてだし、去年の話ほとんどユピテルが聞いていたので俺は知らない。

 ユピテルもどうせ忘れているだろうから誰も知らない。誰も知らないと言うことは虎之助から話を聞くしかない。

 そういうわけでその虎之助が帰宅するまで俺たちはのんびりしていた。

 玄関扉が開き、階段を上る。そして部屋の扉が開かれると、


「あぁー、今日も疲れたー」


 といって虎之助はベッドへダイブした。

 主の帰還を讃えて俺はすぐさま開口する。


「ぐだぐだしてる余裕はないぞ、虎之助。早く起きろ」


 虎之助はぶつぶつ呟きながらも腰を上げてベッドに座り直してくれる。


 いい奴、である。


「どうしたのさ、小太郎」

「単刀直入に言う。体育祭が勝負だ!」


 俺の鬼気迫る怒号も虎之助の前では穏やかな風にしかならない。


「そりゃ勝負だよ。体育祭だもん」


 ほー、こいつも分かっていたか。なら話は早い。


「今から『北条帰蝶と急接近の巻』の会議を始める」

「ほ、北条さん?」


 いきなり飛び出したターゲットの名前に虎之助は少したじろぐ。

 曲がっていた腰をピシッと伸ばした。なんだ、分かってなかったのか? この昼行燈。


「体育祭はいつだ」

「来週だけど」

「お前と北条は赤組と白組どっちだ」

「二人とも赤組だけど」


 おぉ、同じ組か。ちょうどいい。


「でも」


 虎之助が口を突いた。ここでの逆説はあまりいい予感がしない。


「僕、体育祭の実行委員やってるからあんまり種目に参加しないよ?」

「は?」


 こいつは何を言ってんだ。

 お前がありとあらゆる種目に参加してすべての種目で一位にならなきゃ意味がないだろ。

 俺は会長に「体育祭実行委員はあり得ないよなl」と目で訴えた。


「体育祭実行委員ね、都合がいいわ」


 そう、都合がいいのだ。え、都合良いの? なんで? 俺が混乱していると会長は解説してくれた。


「だっていろいろ情報操作できるでしょ。たとえば得点を勝手に誤魔化したり、さりげなくルール違反をしたり、先生を味方に付けて贔屓してもらったり」


 そりゃあんただけだ。虎之助はそんな無粋なマネはしない。ユピテルも苦虫を噛み潰したような表情をする。


「でも姑息な奈央ちゃんも……好きっ!」


 このおっぱいはもう色々とダメだった。

 どうしようもないおっぱいを無視して俺は話を続けることにした。


「で、虎之助は何の種目に出るんだ?」

「僕は全員参加のクラス対抗リレー。男子強制参加の組体操、騎馬戦。あと一応クラスで一番足が速いから百メートルのクラス選抜に出るよ」


 一応とつけるところが虎之助、である。


「アピールするとしたらクラス選抜の百メートル走だな。プログラム的にいつだ?」

「クラス選抜は最後だよ」


 ラストを飾る花形。ならやることは決まったも同然。


「そこに向かって準備するだけ、だな」

「当然ね」


 会長は不敵に笑みをもらす。

 虎之助の出場種目を確認すればあとはそれに向かって作戦を練るだけだ。

 虎之助は実行委員の仕事があるらしく作業を始めた。

 俺たちは机の端っこに移動して作戦会議を続ける。

 しかし、みんなのうーんと唸る声がまるで重奏のように重なった。


 つまり行き詰ったということである。

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