【1/8ゲシュタルトの日常①】
フィギュアの収集。
これは男子の趣味として決して珍しいものではない。
特撮ヒーローのフィギュアから始まり、ロボットアニメのフィギュア、そして多感な中学生ともあれば美少女フィギュアへと嗜好は変化していく。
それは俺の主である長尾虎之助も例外ではない。
長尾虎之助、霊長中学の二年生。
虎之助の部屋――――ここには三体のフィギュアが机の上に飾られている。
一人は神谷奈央。人気アニメ『学園生活がハーレム過ぎて優柔不断な俺は選べないから全員嫁にしてやるぜ』のヒロインだ。
端正な顔立ち、腰まで伸びた長い黒髪、それを引き立たせる涙ほくろ。
どれを取っても間違いなく一級品。
大人気アニメのヒロインだけあって、プライドがチョモランマ並みに高いが、それを許せるほどの美貌だ。
さらに彼女は生徒会長に嘱していて、頭脳も明晰。
天は二物を与えずというが、どうやら彼女はそれに該当しなかったらしい。
それが神谷奈央。
俺の一番のお気に入りだ。
その隣にいる少女の名はユピテル・ヴィーナス。
アニメ『神龍の聖夜』通称ドラゲンナイトのヒロインだ。
アニメ『神龍の聖夜』は、それはもうコテコテのファンタジー世界で、魔法あり、スキルあり、ダンジョンあり。
要約すると、なんでもありの無法地帯。それ故アニメ自体はあまり人気がなかった。
しかし、彼女はその豊満な胸――――つまりおっぱいを武器になんとか知名度をあげた。
金色に輝くショートヘアは無造作に整えられており溌剌とした印象に一役買っている。背中に生えた小さい翼やちょっとあどけなくて幼い顔立ちも人気の要因の一つだろう。
それがユピテル・ヴィーナス。
もちろん俺の一番のお気に入りだ。
そして俺は真田小太郎。超マイナーアニメ『異世界行ったら村人Aで魔王もいなければ勇者もいない~俺は何をしにここに来たんだよ~』の主人公だ。
まぁ普通の高校生を想像してくれれば問題ない。そして語ることも特にない。バックボーンも特にない。趣味もなければ特技もない。絶望的になんもねぇな俺……。
まぁそういうわけで俺たち三人――――否、三体のフィギュアはこの長尾家にお世話になっている。
おっと、忘れていた。
俺たちの主は長尾虎之助。中学二年生だ。虎之助も普通の中学生といって差し支えないだろう。
ちょっとアニメが好きで、ちょっとゲームが好きで。
でも、サッカーが得意で勉強だって出来る。手前味噌を並べるわけではないが俺たちの自慢の主だ。
「さてと、こんなもんか」
立て板に水の如く語り尽くして、俺は小さく息を吐く。それにしても本当に俺って誇るものがねぇな。 これはもう原作者を呪うしかない……。
密かに決心をつけて国語の教科書の上に腰を下ろす。
すると怪訝そうな視線に気付いた。
「今のは誰に対しての説明かしら?」
神谷奈央が壁にもたれかかって言う。
思わずすらっと伸びた脚に視線がいくが、そっぽを向くことで誤魔化した。
誰に対しての説明? そんなの決まってる。
「ただの独り言だ」
俺の唯一の特技はこの独り言かも知れない。つか、独り言が特技って人間的に終わってるな……。
ちなみに今のはフィギュア界で有名なジョーク。
フィギュアなのに人間的って表現するところがポイント。
「でもおっぱいが武器って……ちょっと言い方がひどいよ、小太郎君」
見るとユピテルが女の子座りしながら、自分の胸をふにふにと弄っている。
おふぅ、なんという爆発力。やべぇ鼻血でそう……。
ちなみにこれもジョーク。俺たちに血は通ってない。なんかダークヒーローっぽくて格好いい。
このままユピテルを見てると幸せすぎて卒倒しそうなので、とりあえずまたそっぽを向く。
それにしても目のやり場が限定されすぎている気がする。どこ見ればいいんだよ俺……。
ふと、虚空を彷徨っていた視線が時計を捉えた。
時刻は午後の五時。
窓に目を移すと微妙に隙間の空いたカーテンから鮮やかな斜陽が差し込んでいる。
日が傾き始め、カラスが忙しなく鳴き始め、小さい子供はおうちに帰り始める。
だんだんと夜に向かって準備をする、そんな時間。
そろそろ帰ってくる時間だなぁ、とそう思った矢先――――。
「ただいまー」
「おかえりー」
一階の玄関扉が音を立てた。