01-04 出会った救世主は白兎
その救世主の方向に振り向くと、とある人族の少女が立っていた。
少女は外見からして年は俺と近いくらい。
雪のような白い髪と同じくらい白い肌。透き通った蒼い瞳。
スッとしたとても整った顔立ちだった。
彼女は背中に俺と同じ木剣を装備していて、どこかの正義の勇者のような佇まいをしている。
その姿に俺は少し見惚れてしまった。
「……それで、どうですか?ダメでした?」
そこで彼女が、先程の声を掛けてくれた人だと気づく。
「ッと、ごめんなさい。少しぼっーとしてました。それでパーティーを組む話でしたよね?」
「はい、そうですけれど……」
「―――いいですよ、と言うよりこちらからも組んでください、です。パーティー宜しくお願いします」
彼女は少し動きを止めたが、俺の返事を聞いて笑みを浮かべた。
「はい、お願いします。お互い頑張りましょう」
話もまとまったので早速パーティー申請を彼女に飛ばすことにした。
彼女を選択して、一応名前を確認する。
「えっと……シロウサギ?プレイヤーネームはシロウサギ、さんで合ってます?」
「違います」
「えっ」
「シロウサギ、じゃなくて白兎で白兎と読むんです」
「や、ややこしいですね」
「……よく言われます」
同じことを何回も経験しているらしく、白兎さんは慣れた表情でため息をもらす。
俺も一回、何故か大地と呼ばれたことがあったので彼女の気持ちは少し理解できた。
しばらくして時が経ち、遂に戦闘開始とくる。
今まで何故か律儀に待っていた(多分チュートリアルでの仕様)野牛のモンスター、ミルドカウがのっそりと動き出した。
大多数の人たちが一遍に散らばり、自分たちの獲物を狩りに走る。負けじと俺たちもまだ誰も来ていなかった一番左端のミルドカウに向かって駆け出した。
「白兎さん、最初の初撃お願いします。その背負っている木剣で一発かましてやってください」
供に走る白髪の少女の背中を確認し、獲物への先攻を提案する。
今彼女は俺よりも前を先行していて初撃には絶好のポジションだと判断したからである。
「了解です。でも初撃は剣では入れませんよ」
「えっ、でも武器は木剣しか装備してないように見えますけど」
「<剣>以外にも攻撃系スキル取ってますから。それを試してみるんです」
そう言うと彼女は姿勢を低くし、疾走する速度を上げる。そして前方の茶色の野牛目掛けて鋭い剣閃、ではなく鋭い正拳をぶちかました。
まさかのグーパン。白兎さんはそのまま拳を振りぬく。
「ブモオォォ!?」
ミルドカウがグーパンの勢いに負ける。どっと身体を地面の上に倒した。
視界の端に表示されていたミルドカウのHPバーが六分の一削れた。
「その動作は、もしかして……」
「<体術>です。始めのスキル選択であったので取ってみたんです」
<体術>はある程度拳と足でダメージが与えられるスキル。武器を持ってなくても行使可能。
だけど身体を使う分、敵への距離が近くないと攻撃できず尚且つ剣よりか攻撃を受け止めることができない。だからこのスキルをメインに使う人は戦闘時にヒットアンドアウェイ戦法を組み込んでいることが多い。
白兎さんは<剣>を取っているけど、何か間接的な攻撃系スキルとしてそれも取ったんだろうな。
白兎さんは振り切った拳とは逆の手で背中の木剣を抜き上段に構えた。そして振り下ろす。
ガッ!
今度は野牛のHPが半分ほどに減少した。あと半分でミルドカウを倒すことができる。
だけど、今の攻撃は痛そうだったな……。なんかリアルな音してた。
(白兎さんVRMMOでの戦闘慣れてるのかな)
実際、殴った後からの剣の振り下ろしが手慣れた動きだったからそうだろうとは思うけど。
……白兎さんって結構なゲーマーなのか。
ミルドカウはよっこらせと上体を起こし、体勢を立て直す。
白兎さんに全部やらせちゃ不味いと思い、今度は俺が前に出る。
腰に装備した木剣の柄を掴み気合とともに抜き放った。
「アーツを使って敵を怯ませるんだ!」
遠くからシュードさんの声が聞こえた。
決定打を与えるため、言われた通りアーツを発動させることにする。アーツとはスキルごとに設定されている必殺技のことである。
剣を腰のあたりに構え、力を溜める。そして今から放つアーツの名称を一息に叫んだ。
「サーフェス!」
木剣が青色に光り、自動的に腕が迸る。ミルドカウの身体を瑠璃の横薙ぎが襲った。
「ブモオオオオッ!」
野牛の頭に線が走り、HPを削る。流石は必殺技なことだけあって、通常の攻撃よりダメージを多く与えた。
そしてHPバーにほんの数ミリ体力が残った。
「削り取ろうよ!?……惜しすぎるよ」
「……ドンマイです」
自分の声が虚しく響く。
わかってたよ、この種族じゃ大して火力が高くないことぐらい。
古人族は知恵が持ち味の種族だもんね……。
七つの種族には七種それぞれの種族補正がある。
例えば獣人族は素早い動きが得意だから敏捷性(AGI)が高くなっていたり、森精人族は魔法に長けているから魔法系統に関係する精神力(INT)が高くなっている。
だけど一方が高くなると、対価として一方は低くなるわけで。
俺の選択した古人族は知力が高い代わりに、攻撃力に関係する筋力が低いのだ。
アーツを受け終わったミルドカウは真っ赤な目をしてこちらを睨んだ。
(あっ、あの目はやばい。怒りに満ち溢れているよ……)
今、俺の身体はアーツを使った後に来る硬直時間中で動けない状態にある。
動けないので防御することや攻撃することはままならない。
ミルドカウにとっては今まで受けた仕打ちを返すチャンスなのである。
特大の鬱憤が詰まった突進を貰った。俺のHPが三分の一ほど左に傾く。
さらに運悪く体勢を崩す。そのまま草の上に尻餅をついた。
チャンスだと云わんばかりに目の前に怒気で目を燃やした闘牛が一歩ずつ距離を詰めていく。
「しまっ―――」
た、とは言わなかった。
突然ミルドカウは叫び声をあげ、数歩下がって倒れた。そして白い粒子となって消えていく。
俺はほっとしつつ顔を上げた。
「危なかったですね、大地さん。チュートリアルでゲームオーバーになるところでしたよ」
「……そうですね。一つ貸しができました」
彼女は真っ直ぐこちらに木剣を向けていた。
そしてその木剣をしまうと俺に対して手を差し伸べた。
「どうぞ、立てますよね?」
「―――当たり前です。ありがとうございます」
俺は彼女の手のひらを取ろうと自分も腕を彼女に差し出す。
もう少しでお互いが手を握ろうかという時、
「ブモオッ」「ブモオッ」「ブモオッ」「ブモオッ」「ブモオッ」「ブモオッ」「ブモオッ」
たくさんのミルドカウの声が周りから聞こえた。
「「え?」」
「モンスターがまた新しく来たぞ。前の群れより倍ほどいるが、動きを見極めてしっかり対処してくれ!」
「「はい!?」」
慌てて後ろを振り向くと、先程の群れとは比べものにならないくらいの多くの野牛の群れが、今にもこちらに突進するような顔面をしていた。