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コメディ短編

サムライ・ファブリーズ・ガール

作者: 灰鉄蝸

「サムライ・ファブリーズ・ガール」




夜闇は無慈悲であり、月はその親玉であった。電灯が灯された近代的都市と言えど、この原理原則に例外はない。

まず電灯の動力がいけない。生体都市における第一の発電方法は、セックス発電である。これは文字通り、都市と都市の性器の接触行為の際に生じるオーガズムを利用した発電機であり、シベリアで誕生した都市型生命体の持つ生体電流を増幅し、火力発電とは比べものにならない電力を供給している。

かくして新時代のエネルギーとして持てはやされたセックス資源こそ――ユミコが命を狙われる理由であった。

少女の目の前に現れた、義手の男もそういう血生臭い人種だ。CIA(アメリカ中央情報機構)のサイボーグ、つまりスパイ組織の殺人機械。

一見、ビジネスマン風の東洋人だが、卑猥なバイブレーションを続ける右手は違う。

隙を見せれば、即座にユミコの自意識を破壊するインモラルデバイスの魔手だ。

ユミコは、ショートカットの頭髪に気の強そうな眼差しの娘だ。しかし服装は楚々とした白のブラウスに、青色のスカートという少女趣味。

その絶妙なミスマッチがいけなかったのか、ユミコは変な連中との遭遇率が高い。


「体液を垂れ流すだけの液袋にしてやっても良いんですよ、お嬢さん」


奴らの仲間にアナル洗脳されている警察は頼れない。凜とした眼差しでサイボーグを睨み付ける。

要するに少女はピンチだった。そう思っていただきたい。というか、絵的に最悪の光景である。

ユミコに起死回生の策はない。恐怖のあまり、少しずつ躰が言うことを聞かなくなっていた。

それが、ユミコと怪人の間にサムライが飛来する五秒前の出来事だった。







季節は春。雲は薄く、月光はもやのかかった朧月夜だった。

点を貫く摩天楼の先端――男性器を模した都庁ビルの頂上、ペニスタワーの鈴口に立つ男が一人。

顔に被った白い仮面は、耳と鼻っ面を表す犬の造型。裾の長いコートを身にまとっているものの、腰には太刀と短刀が差されている。

大国が大陸間弾道ミサイルを向け合い、ライフル銃で兵士が武装するご時世にあって時代錯誤のスタイル。しかし問題はない。

男はサムライだった。


「におう……恐怖と、小便の匂いだ」


すなわち弱者の悲鳴である。

幽かな月の輝きを身に帯びて、犬の面を被った怪人がビル街――生後四〇歳以下の生体建造物に限る――を駆け抜ける。

酸性雨にも耐える皮膚が硬化した、骨組みと肉で編まれた摩天楼。ビルの屋上から屋上へ飛び移る、人智を越えたサムライの動きたるや、まるで迅雷のごとし。

小便の匂いの根源へ向け、ひた走る。男はサムライだ。

都市の雑多な臭気と人の体臭が充満する関東アーコロジーで、精確に乙女の尿の匂いだけを嗅ぎ分けられる。

彼が夜闇を駆け抜け、常人のはるか頭上を跳躍する最中、街頭の有機テレビモニターが愚にも付かぬ世界情勢を読み上げていた。

時刻は夜の一九時。お茶の間で、多くの家族が飯を食う時間帯だ。


『トルコ侵攻に関する続報です。大陸連合帝国(CUE)は、平等な子作りの機会を与えるための人道的行為であり、普遍的義務の遂行だと主張しています。

これに対して西側、北セックス条約機構はトルコへの全面支援も辞さない構えです』


シベリアの大地に美男美女の生産工場を持つ、ロシア帝国の末裔は強大だ。

おかげで巷で売れている小説本では、ロシア革命が成功していたら、というIFのあらすじが踊っていた。

とりあえず今のCUEよりは安全に違いない、という予想である。ぞっとしない話だ、サムライは思う。

レーニンに美少女は作れないが、奴らには作れる。それで十分ではないか。何が悲しくってマルキストの体臭を想像しなければいけないのだ。

いや――美しい女人がマルキストだったら問題ない、か。共産主義の匂いとはどんなものなのか、サムライにはわからぬ。

わかることはただ一つ、誰かの助けを呼ぶ声。その証明たる体臭、体液の香りだけ。

高層ビルの合間を跳躍すること二〇秒、ついに目標地点へたどり着いた。

何という匂いか、恐怖と悲嘆に塗れた汗。そして甘く香る少女の体臭――サムライは静かに涙を流した。


音もなく、人気のない路地へ降り立つ。公営欲望処理施設(肉塊との疑似生殖行為により性欲を解消する)の脇にある、小さな、都会の死角であった。

ここから五〇メートルも移動すれば、何百人もの人々が出入りする空間がある。

だが、それゆえにここは暗がりなのだ。人の目が届かぬ場所、弱者が踏みにじられる暗黒。


見えた。暴漢が一人、そして年端も行かぬ少女が一人。暴漢は、目出し帽で顔を隠していた。

そして何より、その右手は異形の義手だった。肘から下すべてを機械化したインモラルアーム――張り型、ローター、あらゆる性的拷問具の塊だ。

鼻孔を付く凶悪無比な刺激臭。アフリカ象すら発情させる超強力媚薬が滴り落ちていた。

言うまでもないが、関東アーコロジーに跳梁跋扈するサイボーグ・スパイである。

じりじりとにじり寄る怪人と少女の間に、ゴキブリのような素早さで飛び込む。


「何奴……!」

「通りすがりの日本男児である」


暴漢はサムライの衣装を上から下まで眺め、一言、率直な感想を述べた。


「狂人か」


サムライは正義漢である。しかし政治がわからぬ。大国同士の諜報合戦などもってのほか、要するに人斬りだった。

まるで狂人のようだと思う俗人もいるかもしれないが、少し考えて欲しい。

日本刀は格好良いから、正しいはずではないか。そう、サムライはヒーローなのだ。何の問題も無い。

暗い夜道で太刀を引き抜きずんばらり、これぞ男子の本懐であろう。


「ある種の媚薬は、副作用如何によっては猛毒となりうる。そなたの義手は殺傷兵器に等しい!」


筋の通った糾弾である。大小の太刀で武装した男は、既に反りの深い太刀を抜きはなっていた。

サイボーグは無言。そのとき、右手の薬指がわずかに動いた。ちょうどいいサイズの電動こけしになっている部分が、付け根から切り離され、

恐るべき勢いでマイクロロケットモーターに点火。爆発的加速と共にサムライへ向けて射出される。


「誘導バイブレータ!」


思わずユミコは叫んでいた。なんと残酷な武装だろうか。

誘導バイブレータは空飛ぶ精密誘導飛翔体――セックス冷戦が生んだハイテク玩具であり、数十メートル先から精確に対象の肛門へ侵入し、括約筋の機能を支配下に置くおぞましい兵器だ。

人類の歴史に刻まれたテクノロジーの暴走、すなわち性行為と身体性への攻撃だった。

目にも止まらぬ飛び道具。しかしその一撃は男を捉えるには至らない。何故なら男はサムライであり、狂っていたからだ。

サムライの左手が、懐から生暖かい肉塊を投げつけた。

お分かりだろうか。男性器のための性的玩具――生体快楽穴バイオオナホールが、飛来した誘導バイブレータを受け止めたのである。

事前に滑りを良くしておいたため、誘導バイブレータはしっかりはまって動けなくなっている。

神業じみた投擲であった。

サイボーグが現状を認識、追撃を放とうとしたときにはすべてが遅かった。

一歩、二歩、三歩――いつの間にか、無造作に間合いを詰めていたサムライ。上段に構えられた太刀が、袈裟斬りにサイボーグを襲った。

まるで雷光。その太刀筋は鋭く、サイボーグの上半身を斜めに両断。異形のスパイ怪人は、生暖かい血しぶきと乳白色の人工臓器をまき散らして即死した。



「一刀一殺、一日一善……娘よ、大事ないか!」


この男、人を一人殺したというのに無駄に爽やかだった。

サムライ特有の思考回路のたまものである。憎んで殺せばスッキリするし、愛して殺せばうんざりする。

だが、それもまたひとときの幻に過ぎぬ。とりあえず殺せるところに殺せそうな武器を撃ち込めば、世の中、何とかなるものである。

犠牲はプライスレス、最小になるよう努力した上でなら仕方ない。

そんな調子で少女の方を振り返る。何故か、距離を一〇メートル以上取られていた。


「む、どうした」

「……いきなり人を斬り殺す方との距離感の表現です」


ユミコは男を警戒していた。

身なりは奇特だが、タイミングは英雄的であった。講談に出てくる英雄豪傑の類を思わせる男。だが、油断は出来ない。

男が、時代錯誤のサムライファッションに身を包んだ変態スパイではないという保証がどこにあろうか。

それに――ユミコの秘密はそう易々と喋れるものではない。


「あなたも私の秘密を狙っているんですか」


サムライは空気の読める男なので、殺気立っている少女に用件だけ伝えた。

何という空気の読みっぷりだろうか。


「いや。まあ、そなたの汗のにおいは覚えた。人の体臭あるところ、すなわち俺の領域! 安心されよ、また何かあれば助ける」


もちろんユミコは、そんな事情を知りたくなかった。

赤面する暇もない。生理的嫌悪感はもちろん、危険な人物を呼び寄せたのではないかという疑念が、ユミコの脳裏をよぎる。


「第一、俺は体臭以外に興味がない」

「えっ」


少女に関わる諸々の事象がばっさり切り捨てられた。

自分の背負っている恐るべき因縁だとか、世界の変革へ繋がりかねない秘密だとか、そんな感じの背景は語る機会がなかった。

ものすごく理不尽だった。


「そなたは微量の尿を下着の内部に放出していたからな。匂いで位置も状態もすぐわかった」


サムライは空気の読める男なので、速やかにユミコを助けた理由を説明した。

その結果、少女を激怒させたのは言うまでもない。

ユミコは手元に残った唯一の持ち物の使用を決意。無言でサムライの鼻っ面へ消臭スプレーの射出口を向けた。

躊躇いなく、無慈悲にトリガーを引き絞る。早撃ちの達人めいた速射であった。



「やめろッ! ファブリーズはやめろ!」



敏感な鼻先への攻撃に悶え苦しみ、男はゴミ箱の前で悶絶し始めた。

その隙に少女は逃亡する。少しだけ、尿の染みた下着を穿いて。







そして現在――少女はサムライに追跡されていた。主にファブリーズ噴射のせいで要らぬ因縁を作っていた。


「なんでっ、追ってくるんですか!」

「ファブリーズだけは謝罪して貰おう!」


ユミコは全力疾走していたが、本来なら、サイボーグを一蹴する超人的変態にこうも長く持ちこたえられるわけがない。

それでも逃げ続けられるのには理由があった。

サムライこと犬の仮面の変態が、ふらふらと頼りない足取りで、よろめいていたからだ。

かくして鬼ごっこが始まって早十分。既にユミコの体力が限界だった。ぺたん、とへたり込む。周囲を見回すと、どうやら人気のない公園である。

夜闇の中、有機物で出来た生肉遊具が、元気に呼吸していた。すーはーすーはー、遊具の呼吸音が響き渡る。

後ろを振り返ると、サムライが無言で立っていた。腰には大小の太刀。ここで死ぬのかな、とぼんやり思っていると、男が口を開いた。


「……むう、追いかけ回したのは俺の非であった」


サムライは空気が読める男なので、素直に謝罪する。これに対し少女は常識的反応を返した。

当たり前の話だが、年頃の娘に「お前の尿が匂ったので助けに来た」などという方が悪い。


「初対面の女性に、おしっこがどうとか言いますか普通!」

「俺が常人であれば、そなたを助けたりはすまい。許せ」


何かもう突っ込みどころしかなかった。


「お水……」


ふらふらと公園の水飲み場に近づき、口を開けるユミコ。ぜぇぜぇと荒い呼吸をしていた口目がけ、冷たい飲み水が噴射される。

水道水で喉を潤し、その甘露にはしたない吐息をつく。その光景を脇から見るサムライは、決して水道水に手をつけなかった。

現代における水道水は関東アーコロジーの基礎部分、都市型生命体の廃棄した体液である。つまり飲み水の大半が、異種族の小便なのだ。

美味そうに水を飲む少女へそれを告げぬ慈悲が、サムライにも存在した。伊達に人斬りをしているわけではない。

日本刀は格好良いのだから、使い手も相応でなければいけないのだ。



「わかりました、許します。許しますから、私をスパイから守ってくれませんか」

「図々しいことこの上ないが、よかろう。如何なる事情あっての逃避行か、お聞かせ願おう」


サムライは空気が読める男なので、とりあえずユミコの話を聞くことにした。ただし、彼は正義漢であり政治がわからぬ。謀略などもってのほか、科学もとんとわからぬ。

というか政治家や資産家より自分の方が強い(警備をくぐり抜けて暗殺できる)ので、今の世の仕組みは非合理的だと本気で思っている。

奥ゆかしい武士の精神、日本的精神を持ち合わせた英雄であった。よって、難しい話はやめてくれと頼み込んだ。


「なんですか、それ」


いい年こいて何言ってるんだこいつ――少女の双眸には、十代特有の反抗期オーラがにじみ出ている。

もちろん、サムライは空気が読める男なので、一言ですべてを断じた。


「いいから」

「……今の世の中で、電気がエネルギー源として使われているのはご存じですよね」

「ああ」


端整な顔立ちの小娘に蔑み目で見られるという特殊な状況の中、サムライは恍惚としていた。

どれほど一休みしようと、一度、発散された汗のにおいは消えない。汗腺から染み出し、張りのいい肌とブラウスをねっとりと密着させる体液。

しかもそこには、微量の化学物質――わずかに尿素も含まれている――が溶け込んでおり、得も言われぬ芳香を放っているのだ。

消臭剤で馬鹿になった鼻孔にもわかる、ぷんと香る乙女の薫香。

何かを察したユミコは、無言でポケットの消臭スプレーを早撃ちした。


「ぐわああああああ!?」


顔面へファブリーズを浴びかけられ、サムライは本日二度目の悶絶へ突入した。

夜半の公園でジタバタと藻掻く男を、冷酷な視線で見下ろすユミコ。すっきりとした鼻梁の、可愛らしい顔立ちは絶対零度の侮蔑に満ちている。二度目のダメージで瀕死のサムライに対し、彼女はようやくまともな説明を始めた。


「ぶっちゃけますよ! 今の世界では、都市と都市がセックスをすることで発電しています。だけどこれ、街の体力が尽きやすいって問題があって、

今のままだと遠からずエネルギー危機が来るんです。そうなったらもう、第三次世界大戦しかありません!

だから私のお父さんは、すごい発明をしたんです。でもそのせいで殺されて、秘密を握ってる私は追われてるんです。セックス発電ムラに!」


一息で言い切るユミコの顔は赤い。箱入りなのか、セックスを連呼させられるのがすごく恥ずかしいらしい。

当たり前のことで羞恥心を感じるとは難儀な娘である。哀れな、と走馬燈を見ながらサムライは思う。

とはいえ当人は必死である。ユミコは赤面して、色々と追い詰められた表情で言いたくない類の単語を口にした。



「お父さんの書いた、この設計図の装置……自家発電機マスターベーションジェネレータを、守ってください」



「セルフセックス発電機、略してSS発電の方がそれっぽいのではないか」


少女に対し卑猥な単語を発した罪により、サムライへ三度目の消臭剤が浴びせかけられるまであと五秒。



――後に、この二人の活躍が冷戦を終結させ、あらゆる民族紛争を集結に導き、貧困と飢餓を地上から一掃、ついでに世界平和をもたらしたわけだがどうでも良いことである。



教訓は一つ。紳士淑女たるもの、街を出歩くときはファブリーズの携帯をご一考願いたい。

それが、サムライとの円滑なコミュニケーションを可能にする秘訣だ。

・「たい」をお題に執筆。解釈は"したいこと"。

・唐突な電力業界批判で社会派サスペンス待ったなし。

・セックスと尿を連呼しすぎた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 連呼しすぎ [気になる点] 連呼しすぎ [一言] これにBL要素が入ったら私も(*´Д`)できるんですが…
2014/03/31 22:43 退会済み
管理
[良い点] 文章が正気じゃない。でも作者の名前で納得出来るから凄い。 最後まで読む頃には読者の正気など腐り果てる。 そんな、恐ろしい短編。 おぞましい文法だ、リセッシュで清算しなきゃ…… [気になる点…
[良い点] 骨組みと肉で編まれた摩天楼、なんて伊藤 計劃辺りが生きてたら使ってそうなフレーズがポンポン飛び出すガチSFの香りを漂わせているのに、その実態はお下劣コメディ! 大いに笑わせて頂きました!
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