4◆戦の行方
身軽さにおいてバステトに劣るキュノケバロイにとって、崖を駆け上るのは自殺行為だ。駆け上っている最中に、軽やかに狩られるだろう。
だから、マクルードは大砲を用意した。
崖下から砲撃し、猫どもを自分達のフィールドである大地に誘き寄せるために。
崖上から猫どもの弓矢が降り注ぐが、こちらには届かない。猫どもは苛立っているだろう。こちらは、猫どもの弓矢の射程外から、飛距離のある大砲で鉄球を崖上の村に向かって撃ち上げているのだから。
「来たぞ。砲台、崖の側面を狙え! 弓、用意!」
狙い通り、猫どもが崖を勢いよく駆け下りてきた。
村への砲撃を止めさせ、降りてくる最中の敵を狙わせる。直接当たらなくても構わない。足場を崩すだけでも驚異になり、弾け飛んだ岩肌の欠片に気を配る必要を生み出すのだ。
それは、多少なりとも猫どもの体力と精神力を減らすだろう。そして、猫どもがこちらの弓の射程距離に入れば、矢を放つ。
そう、今だ。
「撃ち方、始め!」
弓矢で数を減らした敵をこちらの主力兵が相手をする。
「盾、備え!」
主力兵は二人一組で編成してあり、それぞれ盾を装備させてある。前の兵が屈むと全身を隠せる大きな盾を前方に構え、後ろの兵が二人の頭を余裕で隠す盾を頭上に掲げる。
これで、いくら猫どもに跳躍力があろうと意味を成さない。単身で突っ込んでくる猫どもを盾で受け止め、動きが止まったところを囲んで攻撃する。
単独行動を取る猫どもの習性をうまく利用し、こちらは連携して各個撃破する作戦。
マクルードは、笑みを覗かせた。
(勝てる! 猫どもを駆逐できるッ!)
◆
年老いたバステトたちは、戦えない子供を囲い守りながら、下で繰り広げられる戦を見て痛憤した。
「犬どもめがッ!」
「こちらの分が悪いな」
「分が悪いってもんじゃねぇぞ! このままじゃあ、俺らは蹂躙されちまうッ」
「逃げようにも逃げ場がない。まさに崖っぷちじゃ……」
この村は切り立った崖の上にある。逃げるために崖を降りれば、老人と幼子の足では崖下のキュノケバロイに直ぐ捕捉されるだろう。かと言って、このまま村に留まっても奴らの砲撃により全滅するのは目に見えている。逃げ場がない。
悔しそうな顔をする年老いたバステトたち。ついに、請うような熱いまなざしをブチに向けた。
「〈始祖種〉様、アルガイオス様ッ!」
「どうか、どうかお助けくだされッ」
良い顔をしないブチだが、ここまで頼られては断れない。
二度の戦いで自信のあったブチは、崖上から敵の様子を見ながら次第に戦闘態勢を取った。全身の毛がぞわぞわと逆立ち始める――
が、それ以上何も起こらない。
何度やっても例の現象が起こることはなかった。
さすがのブチも焦った。
思いっきり力んで、四つの足をこれでもかと踏みしめ、全身の毛に集中する。
◆
「ん? 何だ、あの獣は?」
マクルードは、低木から顔を覗かせる小さな獣に気づく。
あれが報告にあった獣だろうか。戦を始めようという時分に現れ、何者か考量する間もなかったが、実際目にすると何者であるか気になった。
「攻撃を仕掛けてみますか?」
傍らに控えるオルムスが、そう提言した。
「ああ。そうするか」と、砲撃手に命を出す。
何やら動く気配のないその獣に向かって、黒い鉄球が向かう。
命中する。
そう思った時、マクルードの視界が白く瞬いた。
◆
自分の体の様子に集中していたブチは、ブチを狙った鉄球に気づくのが遅れた。
「ミャアァッ!?」
際どいところでギリギリ避ける。
そして、逆立った毛からそれまで以上に大きな青白い光と轟音が生まれた。
◆
ドオォォォォォォォオン!!
大気が、大地が、揺れた。
鈍器で殴られたような、強烈な衝撃が耳と頭を襲った。
衝撃は一瞬でだったが、酷い耳鳴りが後を引いた。しばらく聴覚は回復しそうにない。
衝撃の直前に受けた光による視覚の障害が次第に回復していく。情報が欲しい、と目を注いだ。そして、その情景に呆然と立ち尽くす。
大地に、いくつもの真っ黒い死体が転がっていた。プスプスと燻るキュノケバロイの兵。
ひと時、自分たちに何が起こったのか分からなかった。
「そ、んな――」
マクルードは、眼前の光景に瞳をめい一杯拡げ、彼には珍しい狼狽を漏らした。
自軍の五分の二程の兵が変貌した姿で地面に転がっていたのだから。
「一体何が!?」
参謀のオルムスが恐怖に慄いた。誰もが状況に頭がついていけなかった。
「私の知る限りでこのような現象は魔法でしかありません」
しかし、広範囲にこのような殺傷能力の高い魔法を放つ存在がいることが信じられない、と続けた。
「撤退する」
マクルードは即座に命じた。
キュノケバロイはその場から逃げるように撤退を始めた。
「……この地を離れるのは、我らの方のようだな」
「ええ」
猫どもがあの魔物を率いて、反撃に出てくる可能性が高い。早急に今の拠点を旅立たなければ。