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2◆魔物と獣人

 

 

 

 それは偶然だった。

 女は、仲間と薬草摘みに森に出てきた。そして、薬草集めに夢中になり、気づけば周りには誰もおらず、一人になっていた。

 村の方向はなんとなく分かるのでそれほど焦らなかったが、森の中には魔物がうろついているので油断ならない。そのために複数人で採集していたはずだった。

 女は薬草を入れた篭を背負い、自分を置いてどこかに行ってしまった仲間に恨み言を言いながらも手馴れた様子で気配を消しつつ、即時戦闘状態を取れるよう、武器――両手の甲に装着した鋼でできた三本の鉤爪――を構え、村へ向かった。

 その途中で、いくつかの気配を感じ、女は木の陰に隠れて様子を窺い――そして、見てしまったのだ。“小さな獣が人間の狩人に狩られる”と思った矢先、その獣が人間達を返り討ちにしたのを。

 獣ではあり得ない、魔法を使って。

 ――魔物だ。

 獣に魔法を操る能力は備わっていない。だから、あれは魔物だ。しかし、見たことのない魔物だった。それに、一瞬で人間を葬ったあの魔法の威力。見かけに騙されたが、並みの魔物じゃない。あれと相対した時、自分が対応できるか不安になった女は息を殺し、魔物の気配が遠退くのを待つことにした。

 だというのに、魔物は女のいる方向に向かってくる。

 どうしよッ!? 逃げるべき!?

 魔物はゆったりとした動きだが、人間たちの攻撃を回避した時の動きは素早く、軽やかだった。魔法の飛距離も分からない。遠距離まで飛ばせるのであれば、逃げられない。

 頭の中で思考を巡らしている間に、いつの間にか魔物が直ぐ近くまできていることに気づく。恐怖により、女は小さな悲鳴を漏らしてしまい、震える脚がパキリと小枝を踏み砕いてしまった。

 バレたッ!

「い、いや」

 身を隠していた木を盾にして、女は走り出した。

 必死だった女は、普段なら見分けられる、そして近づかないように注意するモノの側を横切り――捕まってしまった。


 ◆


 ブチの視界に、太い木の枝に絡まってもがく人間の女が入った。

 よく見ると、女は普通の人間ではなかった。頭に獣の耳が、腰に尾が生えていて、その髪はべっ甲のような黒と茶が混じった、人間ではあり得ない生え方をしていた。

 女は手甲に装着していた鋼の鉤爪でガリガリとその枝を抉り、必死にもがくが、太い枝は女の細身を潰すかのように食い込み、次第に女の動きが弱まっていく。

 枝の本体である木の、節だらけの幹にパックリと穴が開いた。

 穴は三日月から満月の形に大きく広がり、女を絡み取った枝がそこに向かっていく。まるで獲物を口に運ぶように。

 女の顔が絶望に染る。ブチの存在に気づくと、その色はさらに悪くなった。

 奇妙奇天烈な様子に眉をしかめるブチに向かって、鞭のようにしなる太い枝が迫った。

「シャー!」

 ブチは攻撃態勢を取り、蛇のような威嚇の声と同時に後ろに跳び避けた。そして、再び青白い光が生まれる。

 太鼓を叩いたような重低音の後、ブチに迫る枝が木っ端微塵に砕け散っていた。

 別の枝がブチに急追するが、ブチの少し前の地面を叩くだけでブチに届かない。

 攻撃されたという事実に、ブチは声を荒げた。

「フミャアァ!!」

 途端にそれまでよりも太い光の束が、木の本体に向かって放たれた。

 木との距離があるためか、目に見える形となった青白い光の軌跡は、ジグザグに進行方向を変えながらも、ほぼ真っ直ぐ幹に直撃する。

 腹に響く爆発音が大気を振るわせ、幹に大穴を空けた。

「キィィィィィィィィィッ」

 ぽっかりと空いた穴から火が生まれ、苦しもがく木は、その口のような穴から耳障りな、擦れたような甲高い音を発生させた。


 未だ、全身の毛がパチパチと弾ける自分の体にブチは戸惑った。

 背中を丸めるように体を持ち上げ、その場で、ふみ、ふみ、と足踏みした。

 その動きはどこか滑稽だったが、木の化け物も女もそれを見て笑う余裕はない。

 女はもがく木からすり抜け、木とブチの両方から距離を取った。ブチは興味を無くし、その場を去ろうとする。

 ブチのその様子を見て、女は警戒しながらもブチに声を掛けた。

「……もしかして、助けてくれたの?」

 ブチは振り返って、女を観察した。

 それまで、人間の言葉なぞ短い単語しか理解できなかったのに、なぜか女の言葉が理解できたからだ。

「みゃーう」

 いぶかしみながらも試しに、勝手に変てこな現象が起こっただけで、自分は何もやってないと伝えてみる。

「なにそれ? まあ、いっか。その変てこな現象のおかげで私は助かった訳だし。ありがとう」

 女は、ほっと肩の力を抜き、ブチに礼を述べた。

 ブチの伝えたことを女は正確に受け取り、応えたのだ。

「ちゃんとお礼がしたいんだけど、今は薬草くらいしか持ってないや……強い魔物さんには必要ないよね」

 そう言って、女は背負っていた篭に視線を向けた。

 意思の疎通ができると知り、ブチは自然に応酬する。

 欲しい物は自分で得る部類であるブチは、特に何も必要ないと伝えた。

「いやいや! ちゃんとお礼させてよ! そうだっ、村に立ち寄ってって!」

 直ぐ近くだし!と誘う女に、ブチは仕方なく従うことにする。


 歩きながら、女はことの経緯を語った。

「魔物さんの凄い魔法に驚いちゃったの。それで怖くなって逃げたんだけど……そこにエントがいてね。捕まっちゃったわけ」

 女の話は、ブチには理解できなかった。取り合えず、はエントが何なのか訊いてみる。

「エントは、木の魔物だよー。普通の木の振りをして、近づいた獲物を枝で絞め殺してから食べるの。で、エントってよく見れば、普通の木と区別できるんだけどねー。慌てて逃げたから気づかず横切ろうとしちゃって……」

 女は振り返って、後ろを歩くブチに視線を落とした。

「エントを知らないってことは、魔物さんは森の外からやってきたの?」

 ブチは、町からやってきたことを伝える。すると、女は酷く驚いた。

「え、町って……まさか人間の町? な訳ないよねー。はは」

 前方に生い茂る草木が見え、女は驚いた顔を引っ込める。

「あ、ここからは木から木へ跳び移りながら進むよー。魔物さん、登れる?」

 枝は高い所にあり、ブチの丸々とした体では重くて一苦労しそうだった。それに、木から木へ跳び移るような身体能力は持っていない。

「みゃー」

 ブチは、苦い声で返した。

「じゃあ、アタシが運ぶねー」

 女はブチを胸に抱えられながら、人間ではあり得ない跳躍力で枝から枝へと移動した。

 ブチは、なぜこんな移動方法を取るのか訊いてみた。

「人間とか他の種族に村が見つからないように、なるべく痕跡を消してるんだよー」

 女はそう答え、現れたごつごつした岩崖を軽い動きで駆け上っていった。

 彼女は人間ではないということだろうか。

 岩崖の上は、人間の背丈ほどの低木が茂っていて、その中に女の村があった。整形されていない木でできた骨組みに、枯れ草やわらでできた壁や屋根の簡素な家は背丈が低く、周りの草木と同じく人間の背丈ほどしかない。これでは、崖下からは村があることが分からないだろう。

 まるで隠れるような造りの村から、ブチたちに気づいた村の男たちがやってきた。

「ルシュル! はぐれたって聞いて心配したぞ。……そいつは?」

 女と同じく、獣の耳と尾を生やした男たちは、ブチに気づき、警戒の目を光らせた。

 女が事情を説明すると、戸惑ったような様子で「少し待て」と言う。男の一人が村の中央に向かい、しばらくすると戻ってきた。

「村長の家にきてくれ。村の代表者が礼をしたいそうだ」

 他の家と変わらない高さの村長の家に案内され、獣の耳と尾、そして長い髭を生やした年老いた男がブチを出迎えた。

 年老いた男は、ブチの姿を視界に入れると目を見張った。

「ッ! 〈始祖種〉!?」

 ブチと同行していた女と男たちが息を呑み、驚愕と懐疑に染まった声が続く。

「なっ、そんなまさか!?」

「〈始祖種〉は、太古に滅んだはずじゃ!?」

「いいや。この凛々しく美しい、額から鼻筋、顎のライン。星を散りばめたような、宝石のような瞳。風格のある縦長の瞳孔。丸みの帯びた優雅な背骨とするりとした尾。この方は、我ら〈バステト〉の〈始祖種〉様で間違いない」

 年老いた男が断言した。

 人間の体に変異した猫だとでも言うのか、こいつら。

 “滅んだ”って、普通にあちこちで見かけるのに、何言ってるんだ。

 と、いぶかしむブチを置いて、バステトたちは熱気を孕んでいく。

「宴の用意をしろ! 〈始祖種〉様を持て成すのじゃ!」


 宴をするのには家が小さい、と外に席を設けられ、料理と酒を用意された。

 太陽はすっかり沈み、濃藍色に落ちた大空を背後に、バステトたちの騒がしい宴が始まる。

 踊りはしゃぐバステトたちを眺めながら、ブチは、旨い料理をたらふく食べ、げっぷがするほど酒を飲み、ご機嫌だった。

 特に気に入ったのは、揚げた川魚に野菜を和え、甘酸っぱいタレをかけた料理だ。ピリリと舌を刺激する白い野菜は魚と一緒に食べると非常に合い、旨かった。

 ブチはもっと寄越せと鳴く。

「ネーギィの球根が気に入った~? でもこれ、食べ過ぎると毒になっちゃうから、おかわりは禁止だよー!」

 ブチの隣で酒を飲む、顔を赤らめた女、ルシュルが舌足らずな声を返した。

「ミャー!」

 毒物を食わせたのか!と、ブチは抗議した。

「少しだけなら大丈夫だよー。薬味にいい感じの味でしょ~?」

 ブチとって毒物とは“食べられない危険な物”というのが常識で、それ以外は存在しなかったため、“毒をわざわざ食べる”という行為に虚をつかれる。しかし、面白味のある味だったことは確かだった。

 なんとも言えない気分でいると、ルシュルが近づいてきて、おもむろにブチの両耳を摘んでは、「にゃは~」と気の抜けた声を漏らした。

「そういやあ、耳と尻尾に親近感あったんだよねー」

 無遠慮な手に不機嫌になるブチに気づかず、ルシュルは続けた。

「〈始祖種〉様かぁ。そら強いはずだよね~。……バーン! その堂々たる佇まいは、なるほど! 伝説の〈始祖種〉様!ってねぇ。きゃははは」

 ルシュルは、妙な効果音をつけながら、両手を広げて伸ばした腕をブチに向けた。

 完全に酔っ払いと化したルシュルに呆れたブチは、怒るのが馬鹿らしくなった。

「〈始祖種〉様、名前は~?」

「みゃーう」

 ブチは、好きに呼べと応えた。

 ブチという名は、人間の家族がつけた名だが、町を練り歩くといろんな名で勝手に呼ばれていた。それまで通り、好きに呼ばせる。

「じゃーあ、えーとね~……」

 泊まる部屋も用意して貰い、バステトたちにとても善いようにして貰ったブチは、当分ここにいようかと考える。

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