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1◆散歩から冒険へ

 

 

 

 幼い男の子が両手にダンボールを抱え、家の中へと運んでいた。

 開けっぱなしの玄関へ踏み入れた、その男の子の足元を丸々とした毛玉が横切った。

「あ、ブチ。だめだよ」

 毛玉は男の子の声を無視し、とたとたと外に向かった。

「ママー! ブチがおでかけしようとしてるー!」

 男の子が家の中にいる母親に向けて声を張る。

「放っておきなさーい」

「でも、迷子になっちゃうよ」

 母親が玄関までやってきて、溜め息を吐く。

「ブチはもう大人だから大丈夫よ。迷子にならないように遊ぶから」

 男の子はきょとんとして母の顔を見上げた。そんな男の子に母親は、にっこり微笑んだ。

「それより、ユウちゃん。自分のお部屋のお片づけをするんでしょう?」

 男の子は、はっとして力いっぱい頷く。

 瞳をきらきらさせ、履いていた靴を脱ぎ捨て、勢いよく奥の部屋へと向かった。

 母親が玄関先へと視線をやる。

 家の塀に横づけるように止めた中型トラックの荷台から、ソファーを運び出している揃いの作業服を着た青年二人がいた。その足元を毛玉が通り、青年たちが驚いた声を上げた。

 母親は「あらあら」と笑ってから、荷運びしている父親を手伝うために家の中に戻って行った。


 毛玉こと、ブチは猫だ。その名の通り、白地に茶の斑模様で、大きく丸々としている。はっきり言えば、デブ猫だ。

 ブチはふてぶてしい顔で、何事もなかったかのように青年たちの足元を通過した。


 朝早くから、狭いキャリーケージに押し込まれ続けたブチは、相当に鬱積した気持ちが溜まっていた。

 いくら鳴いても人間たちは無視を決め込み、ドタバタと騒ぎ立てる。かと思えば、車に長時間積み込まれ、知らない場所に連れてこられたのだ。暴れた拍子にケージの扉が開いたのを好機に逃げ出し、ブチは新しい家から飛び出した――丸々したブチの体では、飛び出したというには程遠いのんびりとした動きではあったが。


 “万一、迷子になっても安心”と、装着させられたネームプレートを首元にぶら下げながら、ブチは歩む。

 斑模様の毛に暖かい日差しが注ぐ。太陽は真上にあり、熱いくらいだった。

 涼しい場所を求め、木々の多い場所を目指したブチは、地面がコンクリートから土に変わり、青々と茂る木々に囲まれた広い空間に辿り着く。

 古い形式の木造建築物がある神社だ。

 拝殿の軒先で箱座りになってくつろいでいた二匹の猫が、ブチに気づいて体勢を少し起こした。立ち止まったブチと視線が重なるが、ブチはどうでもいいとばかりにのっそりと二匹の横を逸れて行く。

 拝殿の奥は雑木林になっていた。ブチは涼みを求めてそちらへと向かうと、手前に一風変わった木があることに気づく。

 注連縄しめなわを巻かれた大きなクスノキだった。

 幹や枝の表面には苔、シダ、ラン、ウマメヅタなどの着生植物がびっしり生えていて、クスノキ自身の葉と混ざり合って瑞々しい緑に溢れ返っていた。自然の神秘と生命の力強さを感じた。

 そして、稀有なのはその根っこだ。そこには、ちょうどブチがすっぽり入るような穴があり、穴の中には小さな赤い鳥居が建っていた。

 ブチは誘われるように、その穴を覗き込む。

「ミャー!」

 警告するような甲高い声にブチが背後を振り返ると、先程の猫の一匹が身を起こしてブチを見ていた。それをブチはやはり無視し、穴に入る。

 真っ暗な穴の中は堪らなく涼やかだった。ブチは肉球に伝わる冷たい土の感触を楽しんだ。

 中にあった小さな鳥居を跨ぐと重たい腹が引っ掛ったが、ブチは気にせず、そのまま引きずるように進む。と――バキ、という音が鳴り、鳥居が根元から折れてしまった。

 まったく気にした様子がなく、それよりも、真っ暗闇だった穴の奥に鳥居が折れると同時に突然煌めいた光にブチの意識は囚われた。不思議に思いながらも、橙色のその光に導かれ進むと、クスノキの反対側に這い出る。

 そこで、夕焼け色(・・・・)に染まった木々が、さわさわと優しくブチを出迎えてくれた。


「何だあれは?」

 人間の声がした。

 ブチが声の方向を見ると、木々の間から見慣れない格好をした人間の男たちが現れた。

 男たちは、ブチを見ると胸元のネームプレートに視線を止め、その目を喜色に輝かせた。

「おい、首んとこ見てみろよ」

「獣の癖にこいつ、貴金属と宝石を身に着けてやがるぜ!」

「狩りの獲物が少なくてどうしたもんかと思ったがよ。あれを売れば大儲けなんじゃねぇか?」

 男たちが熱の籠もった視線を寄せる、ブチのネームプレートは、ゴールドカラーの真鍮でできていて、その縁にはきらきらと輝くラインストーンが散りばめられてあった。

 知識のない者が見たら、貴金属や宝石と勘違いしてもおかしくはないのかもしれない。ただ、現代の一般的な常識者であれば、真っ先にフェイクだと判断するだろう。しかし、男たちはさらに非常識な単語を発した。

「ただの獣がそんなもん持ってるかよ? こいつ、魔物・・じゃねえのか?」

「魔物だったとしてもよ、こんなチビ、すぐ片付けられるだろ」

 男たちは、手にしていた剣や弓(・・・)を構えた。猫であるブチには武器なぞの知識がなかったが、男たちの動きに警戒心を抱く。

 剣を手にした二人の男がニヤニヤとした笑みを張り付かせ、じりじりと足を滑らせながらブチを囲むように近づく。その背後では、弓を手にした二人の男が矢をつがえて弦を引き絞る。さらにその後ろで、剣を持った一人の男が周囲を警戒するような動きを見せた。

 異様な空気に緊張感を伴ったブチの毛が逆立ち始める。

 最初に一本の矢がブチの左脇へと飛んだ。

 驚いて、「シャ!」と蛇のような威嚇の声を出しながら、ブチは右横に跳び退いた。と、そこで待ち構えていたように鋼の剣がブチを襲う。

「フミャアゥ!!」

 耳が横に倒れ、尾が真上にピンと上がる。全身の毛が最高潮に膨らみ、叫ぶような威嚇の声を上げるブチに不可思議な現象が起こった。

 ボワっと膨らんだ全身の毛からパチ、という音と青白い光が生まれ、それが流れるように髭へと一瞬で集まると、ブチの顔面で光が爆発した。

 ドン!

 瞬く暇もない短い時間だが、辺り一帯が青白い光で埋もれ、その直後に、太鼓を叩いたような破裂音が大気を振るわせた。

 ブチは自身に起こった現象に仰天し、耳を後ろに伏せた。

 そして、ブチの前の剣の使い手が前のめりに倒れる。

「ま、魔法・・!?」

 反対側、ブチの左側面に、剣を手にブチに迫っていた男が固まったように立ち止まり、驚愕の表情を顔に貼り付けた。

 弓を構えていた男の一人が叫けぶ。

「に、逃げるぞ!」

 固まっていた男が仲間のほうに走り出し、弓の二人は男の撤退を助けるために、いつでも射れるよう、弓矢を構えながら後退を始めた。

「おい! ベンはどうすんだ!?」

「もう助からん!」

 剣の男が合流すると男たちは足を速め、木々の向こうに消えた。

 ブチはそれを見届けた後、目の前のピクリとも動かない男を見据えた。

「……」

 つんつん。

 前足で突いてみる。男は変わらず、うつ伏せのまま動く気配がない。

 よく見れば、衣服の隙間から見える男の地肌に、重度の火傷、皮膚が破けたような熱傷があった。

 先程までの動揺はなかったかのごとく態度でブチはフン、と鼻を鳴らした。人間を攻撃したこと、もしかしたら殺してしまったことにブチは全く罪悪感がなかった。それどころか、“ざまあみろ”と思っていた。

 ブチは一度、男たちの消えた方向を見てから堂々たる歩みでのっそりと別方向に歩き出した。


 ブチが歩き出した方向に大きめの木があった。人が一人余裕で身を隠せそうな木だ。

 ブチがその木とすれ違うのに後二メートル程といった距離で、「ひっ」という引き付けを起こしたような声とパキリ、と細枝が折れる音がした。

 ブチは立ち止まり、様子を伺うが、

「い、いや」

 その声の主は耐え切れないといった弱々しい声を漏らし、木を盾にブチから身を隠しながら、逃げるように走って行った。

 ブチはその気配が感じなくなるまで待ち、再び歩を踏み出そうとした。その時、今し方、逃げて行った者の方向から甲高い悲鳴がする。

 強気になったていたブチは、好奇心でその方向に歩を進めることにした。

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