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デッドエンドからのリスタート  作者: 笹野ちまき
第1章 白紙の地図編
5/25

004 辿り着いたのは見知らぬ街

 街に着きました。

 そこそこ大きな街です。


 五角形をした広い中央広場の真ん中には噴水。

 瓶を持った美しい女神の石像が三体、瓶から水を降り注いでいます。

 広場の周囲には出店がいっぱい軒を連ねています。

 紺碧の美しい海の周囲をぐるりと囲む、起伏の激しい斜面。

 白っぽい壁面の建物が、斜面を埋め尽くすように建っています。


 いつか、旅行雑誌で見た写真を思い出しました。

 見開きいっぱいの、青と白のコントラストが織りなすあの美しい風景を。


 人通りも多く、積載量オーバー気味な馬車も縦横無尽に行き交ってます。

 はぐれると迷子になりそうなくらい、ごみごみとしています。

 そして。


 私の知らない街です。


 ──本当に、何処だよ、ここは。




 レフとライが、楽しそうに飛び跳ねながら前を歩いている。

 人通りが多いから、はぐれそうでひやひやする。手を繋いだほうがいいかもしれない。しかし──


「……ねえねえ。ジェイス君。ここ、なんていう街?」

 隣を歩くジェイスが驚いたように振り返った。君、前回から驚いてばっかりだよね。

「商業都市ハスラータ。知らないのか?」

 私は首を横に振った。

「知らない。初めて聞いた」

「お前……本当に、何も覚えてないんだな」

 ものすんごい驚かれた。誰でも知ってる感じの、有名な街のようだ。

 でも、以前やってたゲームには、ハスラータなんて街の名前は聞いた事がないし、存在していなかった。


「私、【冒険者協会】に行きたいんだけど。連れていってもらえいないかな?」

「ああ。俺も行く用事があるから、今から行こう」



 中央広場を横切り、東の大通りへ。

 様々な店が建ち並ぶ通りを少し歩く。

 しばらくすると、白い土と赤い煉瓦の、三階建ての大きな建物が見えてきた。

 金属が打ち付けた両開き扉の上には、【冒険者協会】と書かれた、大きな看板が打ち付けられている。


 見慣れ過ぎた看板を、私は見上げた。

 よかった。

 この世界に連れてこられて、初めて見覚えのあるものを見た気がする。


「……おい。なに扉の前で突っ立ってんだ?」

「見て分かるでしょ。感動に打ち震えてるんだよ。当たり前にあるものって、本当は、とても貴重で大切なものなんだなあって改めて──」

「何言ってるかわからん。とにかくさっさと入れ。邪魔になってるぞ」

「わ、わかってるよ」

 むう。若いくせに、なんて感動の薄い奴だ。


 私は、はやる気持ちを抑えながら、ゆっくりと扉を開けた。

 かなり重そうに見えたが、扉はするりと動いた。なんらかの魔法でもかかっているのかもしれない。


 中は冒険者たちであふれ返っていた。

 ちょっと汗臭い。この集団の中に、長い間風呂に入ってないヤツがいるな。間違いない。臭くならない程度には風呂くらい入れ。


 目の前には、円形のカウンター。

 中には四人の受付のお姉さんが座っている。

 私は真ん中のお姉さんの前に駆け寄った。

 さらっとした黒髪のショートボブがよく似合う、節目がちな表情が大和撫子な、物静かな印象のお姉さんだ。


「あの、すいません」


「はいはあい! 皆様の冒険を陰日向に超サポート! 冒険者協会にようこそぉ! お兄さん、どんなご用件ですかぁ!?」


 ……大和撫子違った。ものすごいエネルギッシュなお姉さんだった。

 ていうか。


「お姉さん、です!」


 よく間違われるけどね! 肉付き薄すぎるのが問題なのだろうか。出るべきところが出さえすれば……!


「え? あら、失礼致しました!」

 えへ、と小首をかしげられた。ちょっとイラッとした私は悪くないと思う。

「聞きたい事があるんですが」

「ご質問ですね!? 冒険者のかたでしょうか!?」

「はい」

「じゃ、冒険者証の提示をお願いしまあす!!」


 私は左腕をカウンターにのせ、皮のバングルに嵌め込まれた冒険者証のタグを上にした。

 お姉さんは、コードに繋がった、携帯のような形をした読み取り機をタグにかざす。

 光りが浮かび、ポーン、と音がした。

 お姉さんと私の間の空間に、半透明のウインドウが1つ浮かびあがる。私の冒険者情報が表示された。


「はい! ありがとうございます! ……あれれ?」

 お姉さんがウインドウをみて、首をかしげる。

「どうしました?」


「ええっ何これ!? もう、冒険者番号に、文字が入っちゃってますよ!?」


 もう、て怒られても。

「見間違いじゃないですか?」

 冒険者番号は、数字の連番になってるから、文字が入る事はありえない。

「見間違いじゃないです! ほら! 最後の数字が!」

 お姉さんはウインドウの上の方を、びしっと指さした。

 そこには私の名前が書いてあり、その下には私の冒険者番号が、

 

 No.0028769I


 と表示されている。


「お姉さん。1、になってるじゃないですか」

「貴方の目は節穴ですか! もっとよく見てください!」

 節穴って言われた……軽くショックを受けながら、私は顔を近づけてみる。

 そしてようやく気づいた。


「Iになってるじゃん!」


「でしょう!」

 誰だよ、この番号登録したヤツ!


 カウンターで騒いでた所為か、ジェイスが寄ってきた。

「どうした?」

「ジェイス! ちょっと、聞いてよ! 私の冒険者番号がさあ!」

「冒険者番号?」


 私の隣に立ったジェイスを見て、黒髪ショートの美人が頬を桃色に染めた。瞳も煌めいている。

 お姉さんは私を押しのけそうな勢いで、カウンターに身を乗り出した。

「きゃあ、ジェイス君! お久しぶりですね! 元気そうで、ナーユ嬉しいわあ!」

 後ろの三人の受付お姉さんが、羨ましそうにこちらをちらちら見ているのに気づいてしまった。

 どうやら、ジェイス少年はお姉様がたのアイドルのようです。


 ふ、と斜め下から声が聴こえた。

「……ちょっと。君、笑った? 笑ったよね、今」

「いや、笑ってない」

「笑ったよね!」

「言いがかりだ。しかし、こんな事あるのか?」

「いえ、私たち協会の管理システムは完璧です! こんなことありえません!」

 お姉さんが胸を張る。


「でも現に、1がIに……」

「ありえません! 何かのエラーです! きっと!」

「でも、これ……」

「ありえません!」

「いや、でも、」

「あ・り・え・ま・せ・ん!」


 ありえないのはわかったから、どうすればいいんだよ。


 ジェイスが見かねて、助け船を出してくれた。

「直せないのか?」

 お姉さんが頬を染める。恥ずかしそうにもじもじと上目使いに答えてくれた。ジェイスに。

「ご安心下さい! 本部に修正をお願いしておきますから! まあ、今のところエラーも発生してないようですし、問題なく使えているようですので、当分はこのまま使って頂いても差し支えないと思います!」

「だそうだ」

「……まあ、使えるなら、もういいや、これで」


「あれれ? でも、出身地が消えちゃってますね!」


「ちょっと、エラー発生してるじゃんか!」


「そんなこと言われましても、私たちにはどうしようもありません! まあ、何か他に重大なエラーがでちゃったりしたら、もう一度窓口までお越し下さい!」

 やぶ医者みたいな回答をされた。

 今のところ大した事なさそうだし、病状が進行したらまた来て下さい的な。

 あれはいらっとするよね。悪くなったら来て下さいってなんだよ。何で今すぐ処置してくれないのさ。


「他になにかご質問はございますか?」

 ジェイスの滞在時間を伸ばすためか、お姉さんが次の質問を催促してきた。


 そうだ、番号問題が衝撃的すぎて、あやうく大事な質問を忘れるところだった。


「そうだ、もう一つ質問が」

「なんでしょう!」


「私、ログアウトができないんですが」

「ログアウト?」

「メインメニューの、項目の一番下にないんです」


 お姉さんが、不審そうな表情で私をみた。

 なんだろう。私、何か変なこと言ったっけ。


「違う項目に置き換わってて……て、お姉さん。聞いてますか?」

 お姉さんは、困ったように眉を下げ、ジェイスを見上げていた。

「ジェイス君。今回のご依頼、随分大変だったんですね? 心中、お察し致します! この方、随分とお疲れのようですよ? 幻覚までみるなんて……」


「幻覚なんてみてないよ! だって、ほら! 見てよ! 項目が1つないでしょ?  ログアウト、の項目が!」


 お姉さんが、哀れむような目で私を見る。

 それ、やめてほしい。地味にダメージ大きい。

「稀に、冒険者の方で、そのような事を言われる方がおられますが」

 私は息を止めた。


 私と同じ様な事をいう人だって?


 そういえば……と思い出す。

 あのすかしたスーツの男が言ってた言葉。


 ──規定枠はもう埋まってしまっているから、特別枠でね。


 ということは、私以外にもここに連れて来られたヤツがいるってことだ。


 それは、会いたい!

 会って、話や相談をしたい。


「じ、じゃあ!」

 お姉さんが労るように、私の肩をやさしく、包むように叩いてくれた。


「とてもとてもお疲れの人が、そのような幻覚を見られるみたいです。初めからないものを、あるはずだ、と思い込む。極度の恐怖体験をされた方が、現実から逃げ出したい、という思いから、終了を意味するその項目名を幻想されるのでしょう。大変言いにくいのですが……当協会の冒険者管理システムに、そんな項目は始めからございません!」



 * * *



 協会内を駆け回って遊んでいた双子が戻ってきて、私の周りをくるくる回った。

「のっぽの青いお姉さん、元気ない?」

「のっぽの青いお姉さん、元気ない?」

「お願いだから、のっぽは外して……心が痛い」

「「青いお姉さん?」」

 私は力なく頷く。


 犬人族は、名前を特に重要視する。めったなことでは本名を使わない。あだ名で呼びあうのが通例だ。

 だからレフトとライトという名も、おそらくあだ名であって、本名ではないはずだ。結婚相手や家族、信用した人にだけ、本名を教える。


 という、ゲーム設定だった。

 そうだ。

 これはゲーム。


 ゲーム……なん、だよね?


 肌に感じる空気や気配が、あまりにもリアルすぎて、怖い。

 ログアウトもない。


「「元気出して」」

 双子が私の両脇に移動し、手を一つずつ握ってくれた。小さく、温かな手。握り返すと、同じように優しく握り返してくれる。お姉さん、涙が出そうです。

「美味しいもの、食べる! 元気でる!」

「あまいもの、食べる! 元気でる!」

「うん……」


 ジェイスが寄ってきて、ぽん、と軽く私の背中を叩いた。

「いつまでもしょげてんな。ほら、もう日が暮れる。さっさと宿とって、美味いものでも食おう。協会で、あのボス兎を討伐した事を報告して、素材の一部を引き渡したら、討伐報酬が20万シェル手に入った。パーティで等分配しても、結構な額だ。当分は路銀に困らんぞ」

 優しく微笑まれた。子供のくせに、なんて気遣いの出来た奴だ。うちの弟にも見習わせたい。


 私は感動して、思わず少年の頭を抱きしめてしまった。

「うう、ありがとう少年〜!」

「うわっ!」

 少年が力一杯に飛びすさった。耳まで真っ赤にして。

 おお。今どきのスレきった同年代の子たちに比べたら、驚くほど純情だなあ。このまま素直な大人になってほしいものだ。


「お、お前な! いきなり何するんだ!」

「だって、慰めてくれたから、なんか嬉しくってつい」

「つい、ですんな!」

「あはは。まあまあ、照れるな少年」

「少年って、お前なあ! 俺は──」


 レフとライが、私にしがみついてきた。

「いいな! レフも、ぎゅってして!」

「ライも!」

「いいよ〜」

 私はしゃがみ、レフとライをぎゅっと抱きしめた。ふわふわの毛が生えた耳が頬に当たり、和む。

 通り道の真ん中で抱きしめあう私たちを、少し離れた所でジェイス少年が呆れたように溜め息を付きながら見ていた。


「少年も、もう一回ぎゅってしてあげようか?」

「いらん!」

 そんな力一杯言わなくてもいいのに。

 お姉さん、傷つくなあ。

 



 冒険者協会を後にして、大通りを歩く。

 夕方だからか、そこかしこから、食欲をそそる匂いがしている。


「ねえ」

 私は双子と手を繋いで歩きながら、少し前を歩くジェイスに問う。


 ジェイスも確認しておきたいだろうに。気を使って聞いてこないのだ。

 あの某デーモンを彷彿とさせる本来の姿には驚くけど、実際つきあってみると、性格は優しい。双子が懐くはずだ。


「なんだ?」


「──私って、狂ってるように見える?」


 ジェイスが肩越しに振り返る。

 そして、呆れたように肩眉を上げた。


「変わってるとは思うがな。別に、普通だろ」

「普通!」

「普通!」


 でも。どうやったら、信じてくれる? 私の話を。


「私、……」

「お前と同じような事を言ってた冒険者に、昔あったことがある」

 私は顔を上げた。


 いま、なんて言った?


「そいつも、ログアウトが表示されない、と言っていた。俺はこの世界の住人じゃない、とも言っていたな。一時的にパーティを組んで戦ったことがあるが、別に、狂ってるようにはみえなかった。他の仲間は、妄想が激しすぎる、と気味悪がっていたがな。それにしては、話している内容は妙にしっかりしていた。いつも遠くを見ていて、諦めたような……達観しているような感じの男だった」


「そ、その人は、今どこに?」

 ジェイスが遠くをみつめる。


「さあな。もう、5年も前の話だ。しばらくして協会にいくと、そいつの話を他の冒険者がしていた。聞くと、次の依頼を達成したあとくらいに、冒険者登録を解消してたらしい。今頃どうしているか……」


「5年!?」


 そんな前から、私みたいなヤツがいたのか。解消したって……戻ったって事? 

 ──いや。


 もしかして、まだ戻れてなかったりして……?


 私は自分の想像に背中を震わせた。


 ないないない。

 その人は帰ったんだ。うん。だから解約せざるをえなかったんだ。

 諦めるのはまだ早いぞ、私。


「ねえ、ジェイス。──パセージ・パレスっていう街はどこにあるか、知ってる?」

「パセージ・パレス?」

 ジェイスが目を伏せ、顎を撫でながら考え込んだ。


 ゲームを始めたばかりの初心者が必ず最初に訪れる街、パセージ・パレス。

 知らない者など誰一人としていない、街の名前。


 私は息を呑んで、じっと答えを待った。

 そんな街はない、と言われたらどうしようか。

 立ち直れる気がしないんですけど。


 お願いだから。

 在る、と言ってほしい。


 灰色の瞳が真っ直ぐ私を見る。

 私は祈るように言葉を待った。


「パセージ・パレスは──隣の東大陸にある」


「と、隣の東大陸?」

「ああ。行きたいのか?」

 私は縦に何度も首を振る。


 連れてこられる前の私が遊んでいたのは、東の大陸だったということか。

 ということは、今、私がいるのは、西大陸ということになる。道理で全く知らないモンスターや、探索エリアや、街が出てくるわけだ。

 あのスーツ野郎。なにが、ちょっと外れるけどいい?だ。


 別大陸じゃないか!


「行けない事もないが、かなり金がかかるぞ。西大陸と東大陸の間に、霧が大量に発生している海域が横たわっていてな。海流に左右されない特殊な船でいかないと、霧の中に迷い込んで遭難する」

「なるほど。それで、どれくらいかかる?」

「時期によって多少変動はするが……100万シェル前後だと思う」


「100万シェル!? 高っ!?」


 目玉が飛び出す金額とはこのことか。


「詳しい事は、港にある船舶協会に行って聞いてみたほうがいい」

「うん。ありがとう。明日、聞きに行ってみるよ」


 私の所持金は現在10万シェル。


 しかも、凶悪兎の討伐報酬分配金5万シェルを含めて、だ。

 最強装備作成にかなり散財したからね。


 しかし、あの凶悪兎クラスのモンスターを20匹倒した額とは。


 私は想像だけで、少し気が遠のきかけた。

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