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愛しき人

作者: きまぐれ屋





ああ、愛しきひと





「また見ているのか、ウメ」


暗闇の中でうっすらと輝く真っ黒な双眼が、こちらをじとっと見詰めながらそう零した。

その口ぶりは呆れにも怒りにも似たもののように感じる。





「うん」


わたしはいつもながらに彼の視線と言葉をかわしながら、視線は目の前の一軒家にくぎづけだ。




今日は、居た



"彼"は身体が弱いようだった。

今日のように冷えた夜は窓を閉め、月明かりと部屋の、恐らく暖炉の明かりの中で本を読んでいるのが常だった。

そしてわたしは、ゆらゆらと淡い光を放つ彼の家に誘われた住人の一人であった。

今日は厚手のカーディガンを、羽織ってる・・・


わたしは目を細めて、必死に彼の姿を脳裏に焼き付けようとする

最近は、カーテンも閉められて窓際に姿を現す日も少なかったのだ。

噂によると、ここ最近体調が思わしくないらしい。



彼は、色素が抜けたような茶色の髪で、なんだかふわふわとしている。

わたしと同じ色だ。

隣の彼は、真っ黒なのだが、以前その事を口にしたら奴と比べるなと怒られたことがある。






「・・・ウメ、もうここに来るのはやめにしないか」



しん、と音が消えた気がした。

隣できゅ、と喉を鳴らす音だけが僅かに聞こえる。





「・・・・・・なぜ」


「・・・分かるだろう?彼はもう長くない。傷付く前に、もう諦めたほうが良い。」



「・・・・・イヤ」


「ウメ」


「・・・・・・・・・・・・・嫌だもん」


「ーウメ」






ふ、と視線を感じた。



窓辺の彼と目が合う。

ギュ、と心臓が掴まれた気がした。

薄く微笑まれて、わたしはなんだか涙が出そうになった。

知っていたの、知っているのよ。長くはないことを。でも








・・・・ああ、神様

わたしはもう死んでもいい



わたしのちっぽけな命で彼を一日でも長く生かせてください







次の日から彼は、一度も窓際に姿を見せることは無くなった







「若いのに」

「以前から身体が弱かったとか」

「奥さまも若いのにお気の毒に」





「・・・・・・言ったろ」

「・・・・・・」

「俺は忠告してたからな」

「・・・・・・」

「奴を乗せた車が出発するぞ。下向いてたら行っちまうぞ。見送らなくていいのか?・・・−っておい!!!」





「きゃあ・・・!なにこの猫!」

「あ、猫ちゃん危ないわよ!車に轢かれちゃう!」






「−っ馬鹿野郎!ウメ!!!」


「行か・・・・っ、行かないで・・・・・!やだあ・・・・っ」


「轢かれるぞ!危ないだろう!」


「やだよぉ・・・・・・っ行かないで・・・・・・お願い・・・・連れてかないで・・・・っ」




「・・・・・・ウメっ」


「好き、なの・・・・・っ、連れて・・・行かないでぇ・・・・・・」









彼の庭に咲く小さな白い花が遠く霞んで見えた

いつぞやか彼が自分の生まれた季節だからと好んでいた花だ



ああ、愛しき人

わたしがあなたの傍らに立つので、毎日を記念日にしましょう


ああ、愛しき人

どうか安らかに













.

かなり久しぶりの投下となりました。眠れない夜。二時間程で小話を作ってみました。猫は個人的に大好きです、ええ。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして、真夜といいます。 読ませていただきました。 この物語は、茶色の猫(主人公?)と黒猫・そして彼で構成している…で合ってますでしょうか?(途中おばさんたち?の会話もありましたけ…
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