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ファミリア

作者: 文月しわす
掲載日:2026/05/12

 浅倉がマンションの玄関ロックを解除すると、重たいドアが低い駆動音を立てながら横へ滑った。


 不審はそこから始まっていた。


 娘の声がしない。


 いつもなら扉が開いた途端に駆け寄ってくる、ゴムボールのような存在が一向に姿を見せない。それどころか照明は点灯せず、空調の振動音すらしない。


 まるで誰もいないみたいだ。


 浅倉は靴を脱ぎ捨てた。


「ミナ!」

 

 返事はなかった。


 部屋にいるのは窓から入った黄色のネオンだけ。


 嫌な予感が、頭から胃の底へと落ちてゆく。


 ふとテーブルの上に浮かぶ青白い光が目に入った。ホログラム通知だ。


 《ファミリアよりお知らせ》

 《2057/06/03 14:47 提供人格者の発生確率が0.000000%となりました》

 《契約条項に則り、可能性人格者《ポテンシャル》“ミナ”のご提供は終了となりました》


 浅倉は、短い文章を何度も何度も読み返した。

 

『お父さん、朝からコンビニ弁当は塩分やばいって。絶対また血圧上がるよ』

 

 今朝、呆れた口調で父親の身体を心配してくれたあの優しい娘の提供をーーー終了した?


 そう読み取った時には、浅倉は壁のコンソールを鷲掴みにしていた。


「説明しろ!」


 音声認識でガイド画面が立ち上がる。


 《ファミリアへようこそ》


「ミナに何があった! 朝はいたんだぞ、どういうことだ!」


 《本日14:47 可能性人格者《ポテンシャル》“ミナ”の発生確率が0.000000%となったため、サービスを終了しました》


「なんでゼロになった。俺に問題があったのか? それとも母親のほうか?」


 《お答えできません》


「病気か? 事故か? 結婚したのか?」


 《お答えできません》


「な、なら、ミナはどうやったら帰ってくる。教えてくれ」


 《発生確率が0.000000%となった可能性人格者《ポテンシャル》“ミナ”をご提供することはできません》


 ポンコツ端末を壁から引き千切って床に叩きつけたい衝動を必死に堪え、浅倉は深い呼吸を繰り返した。


 汗なのか唾なのか涙なのか、顎の先から絶え間なく何かが落ちる。


 ファミリア社が提供する高額サービスは、利用者の遺伝情報、人生経験、感情傾向、位置履歴、IQ、病歴、その他多種多様な情報を集積して“可能性の家族”を生成する。


 三年前、ミナは48歳だった浅倉と沖縄在住の女性との間に0.000041%の確率で生まれた可能性人格者《ポテンシャル》だ。


 当時沖縄に在住していたこと以外、母親のことは何も知らない。ただ今日、浅倉がクライアントのオフィスでケーブル敷設作業をしていたまさにそのとき、浅倉とその女性との間にミナが生まれる確率が完全に消滅したのだ。


 浅倉は乱暴な手つきで再び壁のコンソールを操作し始めた。まだだ、まだどこかにミナがいるはずだ。


「おい、ミナの映像を出してくれ」


 《可能性消滅後の可能性人格者《ポテンシャル》データ保持には制限があります》


「思い出は残っているだろう」


 《可能性消滅後の可能性人格者《ポテンシャル》のホログラム化・映像保持・長期感情定着行為は、精神依存防止法に抵触する可能性があります。カウンセリングをお勧めします》


 我慢の限界は突然の刺激で途切れた。背後の壁面ディスプレイが点灯している。


 《予約再生を開始します》


 アニメが流れた。


 子供向けの魔法少女アニメ。夕食を食べながらミナと観ていた毎日の日課だ。昨日のハロウィン回、ミナは大はしゃぎだった。奇抜なハロウィン衣装のキャラクター達に目を輝かせ、欲しい欲しい、とせがむものだから、お揃いの衣装を二着も購入したんだった。


 アザラシ姿と救急車姿のミナは世界で一番可愛いと断言できる。


 あの衣装もミナと一緒に消えてしまったのだろうか? まあいい、どうせ使い道などない代物だ。


 壁面ディスプレイの消灯で浅倉は現実に引き戻された。


 全然面白くなかった。こんなハズレ回をミナと一緒に観なくてよかったーーーそう思いたかった。

 

 部屋を染めるネオンの光が青から赤に、そして黄色に切り替わり、テーブルの上の青白いホログラム通知が目に留まった。


 浅倉は考えもせず、通知を開いた。


 《可能性人格者《ポテンシャル》サービス停止のお客様限定》

 《可能性検索《ポテンシャルサーチ》最大50%OFF》

 《世界中にいるあなたの家族を見つけ出すチャンス》


 そうだ。


 三年前のように、もう一度ミナを探せばいい。


 浅倉は壁のコンソールに飛び付いた。

 

「ミナ、いや可能性検索《ポテンシャルサーチ》をしてくれ」


 ディスプレイに必要項目の入力画面が現れた。


 続柄:子

 性別:女

 検索幅:10^-10


 検索幅は10のマイナス10乗が限界だった。三年前は10のマイナス7乗で見つけた16人のなかにミナがいた。


「質問だ。10のマイナス7乗で消滅したミナは、10のマイナス10乗で見つけ出せるのか?」


 《お答えできません》


 今はそんな決まり文句が心強い。

 浅倉は滝のように流れる注意事項を読み飛ばして乱暴にサインをした。


 《価格は市場及び通信状況、集積データ量、演算時間に応じて変動します》

 《最低予想価格:浅倉様総資産額41%》

 《最高予想価格:浅倉様総資産額91%》

 《可能性検索《ポテンシャルサーチ》結果による料金の返金には応じられません》

 

 浅倉は瞼に力を込め、祈るように検索開始の文字をタッチした。


「ミナ、ミナ、ミナ、ミナーーー」


 《可能性検索《ポテンシャルサーチ》が終了しました》


 呼吸を整え、浅倉は恐る恐る目を開いた。


 《検索結果:1件》


 《確率:0.00000008%》


 《可能性人格者《ポテンシャル》:ワシントン州在住の女性との間に誕生する女児》

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