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私にはもう、関係ないので  作者: 小林翼


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第9話

リーナがヴァルテア王国の王妃となることが正式に発表されたのは、建国祭から一月後のことだった。


国内の反応は、カイルが予測した通り、賛否が割れた。平民の血を引く者が王妃とは、と眉をひそめる老貴族もいた。しかし城内での評判はとうに固まっていた。薬師として誰に対しても誠実に向き合い、驕らず、腕は本物。それはすでに、貴族だけでなく城の使用人の間にも広まっていた。


カイルは反発した貴族たちと一人ずつ向き合い、静かに、しかし一切退かずに話をした。リーナはそれを後から聞いた。何を言ったのかをカイルは話したがらなかったが、ゼフが「お前のことを一時間語り続けた老侯爵がいる」と教えてくれた。


「陛下が、ですか」


「一時間だ」


リーナはまた口元を手で覆った。



発表から十日後、隣国ヴィラン王国の外交使節が再びヴァルテアを訪れた。


建国祭の夜会での一件以来、アルベルトはヴァルテアとの交渉をより積極的に求めてきていた。表向きは通商の話だったが、その裏に別の思惑があることは、ゼフの調べでとうにわかっていた。男爵家の財政が傾き、アルベルト自身の立場も揺らいでいるらしかった。


謁見の間に、リーナは初めて正式な王妃として臨んだ。


白いドレスに、細い銀の冠。隣にカイルがいた。いつもの黒の軍服で、装飾は最小限だが、玉座の間に座るとその存在感が変わった。リーナは自分も姿勢を正し、前を向いた。


使節団が入場し、外交の挨拶が続いた。そのあいだ、リーナは静かに待っていた。


アルベルトが入ってきたのは、一通りの紹介が終わった後だった。今回は使節の代表として自ら来ていた。リーナに気づいた瞬間、その足が一瞬止まったのが、遠目でもわかった。


建国祭の夜会では夜の広間だった。今は昼の、白い光の満ちた謁見の間だ。玉座の隣に座る白いドレスの女性が誰か、見間違いようがなかった。


アルベルトは表情を整えて進んできた。外交の礼をとり、カイルと通商の話を始めた。声は安定していたが、視線がときおりリーナに流れた。


交渉が一区切りついたとき、アルベルトがカイルに向かって口を開いた。


「ところで陛下、新しい王妃殿下とはどこでお知り合いになられたのですか。以前から存じ上げている方のように見受けられましたが」


遠回しな言い方だった。リーナはその目を見た。動揺と、みっともない未練と、失ったものへの後悔が、全部混ざっていた。


カイルが答える前に、アルベルトの視線がリーナに向いた。


「リーナ、久しぶりだな。顔色がいい」


馴れ馴れしい呼び捨てに、謁見の間の空気がわずかに張った。カイルの目が細くなるのが、リーナの視界の端に見えた。


リーナは静かに息を吸い、穏やかに微笑んだ。


「申し訳ありませんが、どちら様でしたか」


謁見の間が、しんと静まり返った。


アルベルトの顔が、みるみる赤くなった。


「……リーナ、冗談はよせ。俺のことがわからないはずが」


「ヴィラン王国の第一王子殿下とは先の建国祭の夜会でご挨拶した記憶がございますが、以前にお会いしたことがあったでしょうか。私はヴァルテアに参る前、あまり社交の場に出ない暮らしをしておりましたので」


一言一言、丁寧に、穏やかに。笑顔のまま。


アルベルトは口を開きかけ、閉じた。開きかけ、また閉じた。謁見の間には二十人以上の臣下と使節がいた。その全員の前で、アルベルトは完全に言葉を失っていた。


「王妃殿下のご記憶が正しいようですね」


カイルが静かに言った。声に温度はなかった。それがかえって、重かった。


「交渉の続きをいたしましょう、殿下」


アルベルトは深く息を吸い、頭を下げた。それきり、リーナに向かって口を開くことはなかった。



謁見が終わり、使節団が退場した後、カイルがリーナの隣に立ったまま小さく言った。


「覚えていない、か」


「覚えていません」


「本当に」


「ヴァルテアに来てから、色々なことがありましたので」


カイルはしばらく黙った。それから、静かに息を吐いた。


「そうか」


その声に、ほんのわずかな笑みが混じっているのを、リーナは聞き逃さなかった。

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― 新着の感想 ―
「王妃殿下のご記憶が正しいようですね」 カイルが静かに言った。 国王が配偶者である妻のことを王妃殿下と言い敬語なのはちょっと違和感
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