表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私にはもう、関係ないので  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

第7話

建国祭の準備が始まると、城内の空気が変わった。


廊下に花飾りが並び、厨房から甘い香りが漂い、侍女たちの足音が軽くなった。百年以上続くヴァルテア王国最大の祭典で、夜会には国内外の貴族が集まるとサーナが教えてくれた。


リーナにとっては、関係のない話だった。


薬師房の仕事は祭典中も変わらない。むしろ来城者が増えるぶん、体調を崩す者も出るかもしれない。備蓄を確認し、頓服薬を多めに作っておこうと考えていた。


だから、ゼフが薬師房に現れて「夜会に出ていただく」と言ったとき、リーナは手の動きを止めた。


「私がですか」


「陛下のご指名です」


「薬師が夜会に出る必要が」


「陛下のパートナーとして、です」


リーナはしばらく黙った。


「……それは、どういう意図で」


「俺に聞かれても」


ゼフは珍しく視線を逸らした。知っているが言えない、という顔だった。



三日後の夜、サーナが用意したドレスを纏い、リーナは鏡の前に立った。深い青緑の、肩を覆う布が波のように重なる形のドレスだった。故郷でも夜会には出たが、いつも婚約者の隣で微笑むための衣装だと思っていた。今夜は違う気がした。何が違うのかは、うまく言えなかった。


広間の入り口でカイルと合流した。黒の礼装に金の刺繍が入った正装で、普段より少し遠い人に見えた。


カイルはリーナを見て、一瞬だけ動きを止めた。


「似合っている」


それだけ言った。リーナは「ありがとうございます」と返し、差し出された腕に手を添えた。カイルの腕が、わずかに硬くなった気がした。


広間に入ると、視線が集まった。カイルが夜会にパートナーを連れてきたこと自体が、異例らしかった。貴族たちの囁きが遠くで聞こえたが、リーナは気にしなかった。カイルも気にしていなかった。


ふたりで窓際に立ち、給仕から受け取った杯を持ちながら、他愛のない話をした。庭の花の名前、薬草園の新しい苗の様子、建国祭の料理にリーナが苦手なものがあること。カイルが「何が苦手だ」と聞き、リーナが「レバーのパイ包みです」と答えると、カイルは小さく、ほんとうに小さく笑った。


リーナは、その笑顔をもう少し見ていたいと思った。



広間が和やかな空気に包まれていた頃、扉の方で小さな動揺が走った。


外交使節の入場だった。数か国の代表が順に紹介される中、見知った顔がリーナの視界に飛び込んだ。


アルベルトだった。


隣国の第一王子として紹介され、貴族たちに会釈しながら歩いてくる。リーナは杯を持つ手に、少しだけ力を込めた。


アルベルトがリーナに気づいたのは、広間の半ばを過ぎた頃だった。


目が合った。アルベルトの顔から、表情が消えた。


リーナは視線を逸らさなかった。逸らす理由がなかった。ここは彼の国ではなく、リーナはもう彼の婚約者でもない。


アルベルトが足を速めて近づいてくるのが見えた。その目に、動揺と焦りと、隠しきれない何かが混じっていた。


あと数歩というところで、リーナの腰に手が添えられた。


カイルだった。引き寄せられ、気づけばカイルのすぐ隣に立っていた。カイルはアルベルトを見て、静かに、しかし広間に響く声で言った。


「ヴィラン王国の第一王子殿下。私の薬師に、何か用か」


私の、という言葉が、広間の空気を変えた。


アルベルトは笑顔を取り繕い、「いや、旧知の者を見かけたもので」と返したが、声が上滑りしていた。カイルは微笑まず、ただ静かに視線を注いだ。それだけで、アルベルトは一歩引いた。


リーナは腰に添えられた手の温かさを感じながら、前だけを向いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ