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私にはもう、関係ないので  作者: 小林翼


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第5話

試作薬の完成に、十七日かかった。


予定より三日オーバーしたことをリーナは少し悔しく思ったが、精度を妥協するよりはましだった。三種類の薬草を異なる方法で処理し、抽出した成分を段階的に組み合わせる。調合の工程は複雑で、温度と湿度の管理が特に難しかった。助手として寄越されたサーナという少女が、飲み込みの早い働き者で助かった。


カイルへの説明は、投薬の前日に行った。


「発作の引き金になるのは、幼い頃に摂取した毒が神経組織に残した痕跡です。完全に取り除くことはできない。ですが、その痕跡が過剰反応を起こすのを抑える薬なら作れます」


「副作用は」


「眠気が出る場合があります。最初の一週間は様子を見ながら量を調整しましょう」


「他には」


「長期服用した場合の影響については、正直まだわかりません。経過を見ながら随時調整が必要です。それでも試してみますか」


カイルはリーナを見た。


「お前が作った薬だ」


それだけ言った。リーナは少し、胸のあたりが温かくなった。



翌朝、カイルから文が届いた。


『発作が来なかった』


たった一行だった。リーナはその紙を、しばらく手の中で握っていた。



その日の昼過ぎ、珍しくカイルが自ら薬師房にやってきた。昼間に来るのは、視察のとき以来だった。


「体の調子はいかがですか。眠気は」


「少しあった。仕事に支障はない」


「では量はこのままで続けましょう。一週間後にまた聞かせてください」


カイルは頷いた。しかし帰ろうとしなかった。窓際に立ち、薬草園を眺めている。リーナは調合の手を止めず、そのまま作業を続けた。


しばらくして、カイルが口を開いた。


「昨夜、久しぶりによく眠れた」


独り言のような声だった。


リーナは手を止めて、カイルの横顔を見た。窓から差し込む光が、その輪郭を縁取っている。普段は鋭いだけの顔が、今は少し違って見えた。疲れが、少し、抜けているように見えた。


「よかったです」


「……ああ」


また沈黙が来た。今度は重くない沈黙だった。


リーナが作業を再開すると、カイルはそのまま窓際に立ち続けた。邪魔をするわけでも、話しかけるわけでもなく、ただそこにいた。


おかしな人だ、とリーナは思った。王なのに、一人で部下もなく薬師房に来て、窓から庭を眺めている。


それが嫌ではなかった。むしろ、静かで、良かった。



それから、カイルが昼間に顔を見せることが増えた。


毎日ではない。三日に一度、あるいは四日に一度。いつも唐突で、いつも一人だった。話すこともあれば、リーナが作業しているそばで書類を読んでいることもあった。薬師房が、カイルの息抜きの場所になっているのだと、リーナは気づいた。


ゼフが廊下で小声でリーナに言った。


「陛下が笑った」


「え」


「昨日、お前と話したあとに。俺は二十年近くお仕えしているが、初めて見た」


リーナは何と言えばいいかわからなかった。


「……それは、よかったのですか」


「よかったに決まっている」


ゼフは珍しく、ほんの少し表情を和らげてそう言った。



ある夜、発作の気配がすると文が届き、リーナは薬を持ってカイルの執務室に向かった。


部屋に入ると、カイルは椅子に座ったまま目を閉じていた。顔色が悪い。リーナは素早く薬を溶かし、カイルの前に置いた。


「飲んでください」


カイルは目を開け、薬を飲んだ。リーナはカイルの額に手の甲を当て、こめかみの脈を確かめた。


「横になった方がいいです。執務は明日にしてください」


「……まだ仕事が」


「私が陛下の主治医なら、それは命令です」


カイルは一瞬黙り、それから小さく息を吐いた。


「……強情だな」


「よく言われます」


カイルは立ち上がり、執務室に隣接する休憩室へ向かいながら、ふと足を止めた。振り返らないまま、低い声で言った。


「リーナ」


「はい」


「名前で呼んでいいか、と聞こうとしたのに、もう呼んでいた」


リーナは少し考えて、答えた。


「私もお名前で呼んでいいですか、カイル」


しばらく間があった。


「……ああ」


カイルは休憩室に消えた。リーナは執務室に残り、念のために三十分ほど待ってから、静かに扉を閉めた。


廊下を歩きながら、頬が少し熱いことに気づいた。夜風のせいだと思うことにした。

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