第4話
カイルは約束通り、翌日も薬師房を訪れた。その次の日も、また次の日も。
いつも夜で、いつも一人だった。話す内容は薬の理屈から始まり、やがて植物の生態や気候と病の関係、他国の医療事情へと広がっていった。カイルは無口ではなかった。ただ、必要なこと以外は言わない人間だった。問いかけは鋭く、リーナが曖昧な言い方をすると必ず突いてきた。
リーナは次第に、この時間を楽しみにしている自分に気づいた。
六日目の夜、カイルはいつもより遅い時刻に現れた。顔色が悪かった。扉を開けた瞬間にリーナは気づいたが、何も言わずに椅子を引いた。カイルは黙って座った。
「顔色が悪いです」
「問題ない」
「嘘をついても薬師には意味がありませんよ」
カイルは押し黙った。リーナは棚から小さな瓶を取り出し、湯で薄めた液を杯に注いでカイルの前に置いた。
「気つけ薬です。飲んでください」
カイルはしばらくそれを見てから、飲んだ。
「……苦い」
「効きます」
沈黙が落ちた。リーナは調合台の整理をしながら、カイルが話すのを待った。
「俺には持病がある」
カイルが言ったのは、しばらく経ってからだった。
「幼い頃に毒を盛られた。暗殺の試みだったが、死には至らなかった。ただ後遺症が残った」
リーナは手を止めた。振り返らずに、続きを待った。
「定期的に発作が来る。頭の芯が割れるように痛み、視界が歪み、立っていられなくなる。短いときは半刻、長いときは一日以上続く」
「それはいつ頃から」
「七歳のときから今まで、二十年以上だ」
リーナは静かに息を吸った。二十年。そのあいだずっと、一人で抱えてきたのだ。
「これまでどのような治療を」
「歴代の薬師に診せた。全員が同じことを言った。根本的な治療は不可能だ、と」
「どんな薬を処方されましたか」
カイルは薬の名をいくつか挙げた。リーナは頭の中で整理した。どれも発作を一時的に和らげる類のものだった。原因に働きかけるものは一つもなかった。
「少し考えさせてください」
「完治は無理だと、お前も言うか」
カイルの声は平坦だった。諦めているのではなく、試しているような声だった。
リーナは振り返り、カイルをまっすぐに見た。
「完治、とは言い切れません。でも、発作を抑える薬は作れると思います。今まで処方されてきたものとは、根本的に違うアプローチで」
「……根拠は」
「幼い頃に摂取した毒の種類を教えてもらえれば、より詳しく説明できます。記録は残っていますか」
カイルはリーナを見た。今度は長く見た。
「残っている」
「明日、拝見できますか」
「……ああ」
カイルは立ち上がりかけて、ふと動きを止めた。窓の外の夜空を一瞬見て、それからリーナに視線を戻した。その目に、これまでとは違う色があった。言葉にならない何かが、灰色の奥に揺れていた。
「誰も、できると言わなかった」
ぽつりと、言った。
リーナは何と返すべきか迷って、結局正直に言った。
「やってみなければわかりません。ただ私は、諦めるのが嫌いなんです」
カイルは何も言わなかった。しかし立ち去る前に、扉のところで一度だけ振り返った。その顔に浮かんでいたものが何だったか、リーナには上手く名前をつけられなかった。
翌日届いた毒の記録を見て、リーナは三時間、ほとんど動かずに文書と向き合った。
毒の成分、投与量の推定、カイルの年齢と体格の変化、これまでの処方薬との相互作用。頭の中で糸を一本ずつ引き出し、繋ぎ合わせていった。
夕方、ゼフが様子を見に来たとき、リーナは顔を上げて言った。
「できます」
「何が」
「発作を抑える薬。試作に二週間ください」
ゼフはリーナの目を見て、それから小さく頷いた。
「陛下に伝える」
「もう一つお願いがあります。薬草園の南側に、今育っていないものを三種類植えてほしい。リストを書きます」
ゼフは何か言いかけて、やめた。
「……わかった」
リーナはすでに紙に向かっていた。頭の中はもう、薬の設計図で満ちていた。




