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私にはもう、関係ないので  作者: 小林翼


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第3話

リーナが王城に来て三日目の朝、侍女のマリアが薬師房の扉を叩いた。


「あの、先生……先生とお呼びしていいですか」


「リーナで構いません。どうしました」


マリアは三十代半ばの、目の細い穏やかな女性だった。頭痛持ちで、ひどいときは三日寝込むこともあると、ゼフから聞いていた。原因を調べるために、昨日リーナは問診を行っていた。


「昨夜いただいた薬を飲んだら、今朝は頭が痛くない……十年ぶりくらいです、こんなに頭が軽いのは」


リーナは立ち上がり、マリアの目の色と顔色を確認した。


「よかった。あの薬は三日分ありますから続けて飲んでください。それと、夕食のときに塩を控えるようにしてみてください。水の飲み方も少し変えましょう」


「そんなことで……」


「頭痛の原因は一つではないんです。あなたの場合は複数重なっていた。一つ一つ、丁寧に対処すれば良くなります」


マリアは目を潤ませ、深く頭を下げた。リーナは苦笑した。


この話が城内に広まるのに、半日もかからなかった。


昼を過ぎると、腰の古傷が痛む騎士、慢性的な眠れなさに悩む書記官、食欲が落ちた厩舎の少年と、次々に薬師房を訪ねてくる者が出た。リーナは一人ずつ丁寧に診て、薬を処方し、生活の改善点を伝えた。


夕方、ゼフが珍しく顔を見せた。


「繁盛しているな」


「人手が欲しいくらいです。助手を一人いただけますか」


「考えておく。……それより、明日の午前中に時間を空けておけ。陛下が視察に来られる」


リーナは手を止めた。


「国王陛下が、直接?」


「城内の各部署を定期的に回られる。薬師房も例外ではない」


それだけ言って、ゼフは去った。



翌朝、リーナは薬師房を隅々まで磨き、薬棚を整理し直した。緊張しているのかと問われれば、少しはしていた。しかし王族への謁見は、アルベルトの婚約者だった頃に散々経験している。表情を作ることには慣れていた。


扉が開いたのは、十時を少し回った頃だった。


国王カイル・ヴァルテアは、思っていたより若かった。二十代の後半か、三十に届いたかというところ。黒い軍服に、装飾を排した佇まい。ただし、その目だけは違った。深い灰色の、感情を読ませない目だった。


従者とゼフを従えて入室したカイルは、薬師房をひと渡り見渡してから、リーナに視線を止めた。


「お前が新しい薬師か」


「はい。リーナと申します」


「腕を見せろ」


挨拶もなく、そう言った。無礼だとは思ったが、リーナは表情を変えなかった。


「どのような形でお見せすればよいですか」


カイルは従者の一人を顎で示した。四十代の、右腕に古い傷跡のある男だった。


「こいつの腕だ。十年前の剣傷で、雨の前になると疼くと言っている。歴代の薬師は誰も改善できなかった」


リーナは男に近づき、袖をまくるよう頼んだ。傷跡を指で丁寧に触れ、筋の走り方を確認し、皮膚の色と質を見た。男の顔を見て、利き手と日常動作を聞いた。


「外用の塗り薬と、内服薬を合わせて処方します。塗り薬は朝晩、患部に薄く伸ばすように。完全に疼きがなくなるとは言い切れませんが、七割は軽減できると思います」


「七割、か」


カイルが静かに言った。品定めするような声だった。


「確実に言えることしか言いません。十年経った傷です。魔法ではないので」


沈黙があった。カイルはリーナをじっと見た。リーナも、視線を逸らさなかった。


「……調合してみろ」


カイルはそれだけ言い、踵を返した。視察は五分とかからなかった。


ゼフが最後に残り、小声でリーナに言った。


「陛下に正面から言い返した者を、初めて見た」


「言い返してはいません。事実を申し上げただけです」


ゼフはひとつ息を吐き、困ったような顔で出て行った。



その夜、薬師房の扉が静かにノックされた。


こんな時刻に、とリーナは思いながら開けると、カイルが一人で立っていた。従者もなく、灯りを持つ者もなく。


リーナは驚きを顔に出さないようにして、一歩引いた。


カイルは部屋に入り、棚の薬草を一瞥してから、リーナに向き直った。


「ひとつ聞く。お前の師は誰だ」


「父です。ハーヴェルの薬師の家系で、私は小さい頃から手伝いをしていました」


「独学か」


「ほぼ。それが何か」


カイルはしばらくリーナを見ていた。その目に、昼間とは違う光があった。軽蔑でも評価でもない、純粋な、問いかけのような光だった。


「今日の処方。なぜ外用と内服を組み合わせた」


「傷跡の疼きは皮膚だけの問題ではないからです。神経と血の巡りに働きかけないと根本が変わらない。両側から挟み撃ちにする方が効く」


カイルはわずかに目を細めた。


「続けろ」


リーナは少し迷ってから、調合台の前に椅子を引き、座って話し始めた。王に椅子を勧めるのが先かとも思ったが、カイルはすでに棚に寄りかかっており、聞く気満々だった。


それから一刻ほど、リーナは薬の理屈を語り、カイルは黙って聞いた。


帰り際、扉に手をかけたカイルが一度だけ振り返った。


「明日も来る」


「……はあ」


「構わないか」


初めて、許可を求めた。リーナは少し驚いて、それから頷いた。


カイルは何も言わずに出て行った。廊下に消える背中は、昼間より少しだけ、肩の力が抜けているように見えた。

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