第八話 「残響ノ星」
人と話す回数は、少しずつ減っていった。
高校に入ってからは、減る頻度が更に上がった気がする。
減らそうと思ったわけではなかった。
ただ、必要がなかった。
話さなくても困らない。
関わらなくても問題はない。
それに気付いてから、
少しだけ、楽になった。
教室にいる。
誰かが笑っている。
名前を呼ぶ声がして、
それに応える声がある。
全部、同じように繰り返されている。
その中にいても、
特に何も感じなかった。
ただ、そこにいるだけだった。
「紬ー」
名前を呼ばれる。
「……なに」
「これ、プリント回しといて」
「うん」
受け取って、後ろに渡す。
それで終わる。
それ以上の会話は続かない。
それでも、問題はなかった。
放課後。
教室に残る理由はなかった。
どこかに行く理由もなかった。
少しだけ歩く。
廊下を進んで、階段を上がる。
理由はなかった。
ただ、
その方が静かだった。
屋上の扉を開ける。
風が流れ込む。
外に出る。
誰もいない。
それが普通だった。
フェンスの近くまで歩く。
外を見る。
街が広がっている。
遠くて、
関係のないものだった。
しばらく、立っている。
何も起きない。
誰も来ない。
何も求められない。
それでよかった。
ここでは、
何も間違えなくていい。
そう思った。
それから、
屋上に来ることが増えた。
毎日ではない。
でも、自然と足が向く。
理由はなかった。
ただ、
ここが一番、楽だった。
高校に入っても、
それは変わらなかった。
クラスが変わっても、
周りが変わっても、
やることは同じだった。
関わらない。
必要なことだけ話す。
それで問題はなかった。
ある日、
屋上の扉を開ける。
風が流れ込む。
外に出る。
その日も、
誰もいないと思っていた。
でも、
フェンスから少し離れた場所に、
座っている。
知らない顔だった。
同じ学校の生徒。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
少しだけ見て、
視線を外す。
端の方に立つ。
距離は十分にある。
それでよかった。
それでよかったのに、その人は声を出した。
「…危ないだろ」
意外な言葉だった。
意外で、迷惑な言葉。
「…別に」
早く終わらせる為に、短く返した。
でも、
終わらなかった。
次の日も、
その次の日も、
同じ場所に、その人がいた。
偶然ではなかった。
ただ、
同じように来ているだけだった。
それでも、
少しだけ違和感があった。
話しかけてこない。
こちらを見ない。
何もしてこない。
ただ、そこにいる。
それが、
少しだけ、珍しかった。
しばらくして、
その人が立ち上がる。
帰るのだと思った。
そのまま、
扉の方へ歩いていく。
その人は、そのまま出ていく。
静かになる。
いつも通りだった。
「何もしてこないのか…」
一人だけの空間に安堵したのか、自然と声として出てしまった。
ただそれだけだったはずなのに、
少しだけ、
何かが残った。
次の日、
また来る。
同じ場所に立つ。
その人もいる。
同じ距離。
同じ沈黙。
何も起きない。
それでいいはずだった。
でも、
少しだけ、
視線を向ける回数が増えた。
理由はなかった。
ただ、
そこにいることを、
確認していた。
変わっていないことを、
確認していた。
日が重なる。
会話はほとんどない。
それでも、
その時間は、
崩れなかった。
ある日。
「名前」
声がした。
一瞬だけ、視線を向ける。
「……は?」
「こっちだけ知ってるのは、よくない」
少しだけ考える。
「……東雲」
少し間を置いてから、そう言ってきた
その後も会話は続いたが、忘れてしまった。
その関係は、
変わらなかった。
変わらないまま、
続いていた。
はずだった。
ある日。
「なんで来てるの」
同じ声。
同じ距離。
少しだけ考える。
理由はなかった。
「別に」
そう答える。
本当は分かっているのに
「……そっか」
本当は言葉にできるのに
話はそこで終わった。
でも、
少しだけ、
何かが変わった気がした。
距離は同じなのに、
違うものが混ざった。
それが何かは、
分からなかった。
でも、
分からないままにしておくのは、
よくないと思った。
次の日、
屋上に行かなかった。
理由はあった。
でも、
考えなかった。
行かなければ、
何も起きない。
それでよかった。
そのまま、
行かなくなる。
数日が過ぎる。
問題はなかった。
何も変わらない。
それでいいと思った。
ある日。
教室で声をかけられる。
「雨宮ってさ、なんか前より明るくなったよね」
一瞬、意味が分からなかった。
「……そう?」
「うん、前より話しやすい」
そう言われる。
少しだけ考える。
何が変わったのか、
よく分からなかった。
でも、
否定する理由もなかった。
「……そっか」
そう返す。
それで会話は終わる。
特に問題はなかった。
そのまま、
時間が過ぎていく。
放課後。
屋上には行かない。
その必要がなかった。
教室に残って、
少しだけ話す。
それで十分だった。
帰り道。
空を見る。
星が出ている。
前と同じだった。
でも、
少しだけ違う気がした。
理由は分からなかった。
分からなくても、
問題はなかった。
立ち止まることもなく、
そのまま歩く。
考える必要はなかった。
これで、
よかった。
これで、
間違っていないと思った。
だから、
「これで、私も普通になれたんだ。」
小さく、そう思った。
「……よく分からないけど」
少しだけ、付け足す。
それでも、
納得はしていた。
少し、満足した気分になる。
明日は、屋上に行ってみようかな。
そう思った。
これでいいんだ。
もう、
間違えないと、そう思った。




