第四話 「錯動ノ星」
屋上に行く理由は、特に変わらなかった。
ただ、行かない理由もなかった。
放課後になると、自然と足がそっちに向く。
それがいつからだったのかは、よく分からない。
最初からそうだった気もするし、
途中からそうなった気もする。
どちらでもよかった。
階段を上がる。
一段ずつ、音が減っていく。
教室のざわめきは遠くなって、
代わりに、風の音が近づいてくる。
屋上の扉の前で、少しだけ止まる。
開けるかどうかを考えるわけではない。
ただ、ほんの一瞬だけ、動きが止まる。
そのまま、押す。
空気が変わる。
少し冷たい風が、顔に当たる。
外に出る。
視線を向ける。
いた。
フェンスの近く。
いつもの場所。
それを確認してから、
自分の中で、何かが落ち着く。
理由は分からなかった。
少しだけ距離を取って、立つ。
いつもと同じくらいの距離だった。
何も言わない。
向こうも、何も言わない。
風の音だけがある。
空を見る。
星は出ている。
昨日よりは、少しだけはっきりしている気がした。
それでも、
そっちに集中できなかった。
視線を感じる。
最初は、気のせいかと思った。
でも、
二度、三度と重なると、
無視できなくなる。
そちらを見る。
目は合わない。
少しだけ遅れて、
顔が逸らされる。
それだけだった。
また、空を見る。
星は変わらない。
なのに、
さっきから、気になる。
理由は分からない。
「……何してるんだ」
気付いたときには、口に出ていた。
「何が」
短い返事。
視線を下げる。
手元に、光があった。
スマホだった。
今までに抱いたイメージ的に、雨宮はスマホよりも本とかの方が似合う人間だと考えていたので少し驚いた。
画面が点いている。
でも、
動いていない。
「それ」
「別に」
間を置かない返事。
これから言われることが分かっているかのような態度だ。
少しだけ近づく。
画面を見る。
何も表示されていない。
ただ、光っているだけだった。
「見てないだろ」
一瞬だけ、
指が止まる。
「……見てるし」
少しだけ遅れて返ってくる。
それ以上は何も言わなかった。
もともと自分は女子の扱いは上手くないのだから、無理に関わろうとする必要はないと自分を納得させる。
視線を戻す。
空を見る。
星は出ている。
でも、
さっきよりも、遠く感じた。
また、視線を感じる。
「……さっきから、こっち見てるだろ」
今度は、はっきり言った。
「見てない」
即答だった。
早すぎる否定だった。
何も言わない。
しばらく、風の音だけが続く。
そのあと、
足音が一つ、鳴る。
「……帰る」
それだけ言って、雨宮が歩き出す。
止める理由はなかった。
帰ることの報告がきたことの意外性に気付かず、視線だけで追う。
数歩進んで、
止まる。
扉の前でもなく、
元の場所でもない、
中途半端な位置で。
動かない。
戻るわけでもなく、
出ていくわけでもなく。
ただ、立っている。
意味が分からなかった。
声をかけるか、少しだけ考える。
言葉は出てこなかった。
「……東雲」
雨宮は振り返りもせず、そう言った。
名前を呼ばれる。
初めてだった。
「……何」
少しだけ間が空く。
返事を待つ。
風が吹く。
「……別に」
それだけだった。
それ以上は何もない。
雨宮は動かない。
帰る気もなさそうだった。
こちらも動かない。
ずっと女子の背中を眺めるのもアレだなと思い、視線を変えた。
空を見る。
星は出ている。
昨日より、ちゃんと見えるはずだった。
なのに、
どうでもよくなっていた。
何も話していない。
何も起きていない。
それでも、
昨日よりも、少しだけ落ち着かなかった。
理由は分からない。
ただ、
無視できるほどではなかった。
そのまま、しばらく立っていた。
ずっと星を見つめているうちにぼーっとするようになってきてしまった。
ゆっくりとした足音が鳴るのにも、気付かないほどに。
距離は変わらない。
何も変わらないはずだった。
それでも、
どこかだけが、確実に変わっていた




