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第二話 「呼求ノ星」

屋上のことは、特に気にしていなかった。

 次の日になっても、思い出すことはなかった。

 授業を受けて、ノートを取って、時間が過ぎる。

 窓の外を見ることも、ほとんどなかった。

 あそこに何があったのかを、考える必要はなかった。

 放課後になる。

 いつもと同じように、誰かが笑っている。

 椅子の音がして、鞄を持つ音がして、

 それぞれがそれぞれの場所へ向かっていく。

 その中で、

 ひとつだけ、引っかかる音があった。

「雨宮、お前いつまで外見てんだ。早く帰れ」

 少し強めの声だった。

 面倒くさいとでも言いたいかのような、そんな声。

 教室の奥の方から聞こえてきた。

 特に気にする必要はなかった。

 名前を呼ばれただけだ。

 それだけのことだった。

 それでも、

 足が、ほんの少しだけ止まる。

 振り返るほどの理由はなかった。

 ただ、その名前が、

 妙に残った。

 雨宮。

 聞いたことのない名前だった。

 知らないままでいいはずだった。

 それなのに、

 なぜか、少しだけ気になった。

 理由は分からない。

 そのまま教室を出る。

 廊下は少し静かだった。

 そして、その気になった音が聞こえた場所に向かった。

 なんとなくだ。

 そんな言葉を脳内に響かせながら、クラスの中を覗く。

 「あ…」

 昨日の鮮明な記憶が呼び起こされた。

 そこに、いた。

 自身の反対方向を向いていて、顔は見えなかった。

 それでも誰か分かった。

 昨日の夜、屋上にいた女子。 

 冷静に考え直し、特に気にする必要はないよなと自身に言い聞かせながら逃げるように去った。

 さっきまでの音が、嘘みたいに遠くなる。

 足は、そのまま階段の方へ向かう。

 下に行く理由はなかった。

 上に行く理由もなかった。

 ただ、

 気付いたときには、階段を上がっていた。

 一段ずつ、音が減っていく。

 昨日と同じだった。

 屋上の扉の前で、少しだけ止まる。

 考える。

 来る必要はない。

 それでも、

 扉を押す。

 冷たい空気が流れ込む。

 外に出る。

 毎日繰り返してきた行為のはずなのに、どこか違うような感覚を覚えた。

 視線を向ける。

 いた。

 昨日と同じ場所に、立っている。

 それを確認してから、

 自分が安心していることに気づく。

 理由は、分からなかった。

 少しだけ距離を取って、立つ。

 昨日と同じ位置だった。

 何も言わない。

 相手も、何も言わない。

 風の音だけがある。

 しばらくして、

 視線を感じる。

 昨日と同じだった。

 そちらを見る。

 目が合う。

 ほんの一瞬で、逸らされる。

 それだけだった。

「……何」

 先に口を開いたのは、向こうだった。

「別に」

 先に喋りかけてきたという事実に少々驚きながらも、冷静に答えた。

 それで終わると思った。

 少しだけ間が空く。

 それから、

「……雨宮」

 口に出していた。

 一瞬、空気が止まる。

 女子が、こちらを見る。

 さっきまでとは違う目だった。

「……なんで知ってんの」

 声が少し低くなる。

 本当に雨宮なのか少し不安だったが、どうやら正解だったようで安心した。

「さっき、聞こえた」

 それだけだった。

 嘘ではない。

 雨宮は納得したのかしてないのかよく分からない表情をしている。

 相変わらずなにを考えているのかが読めない。

 少しの沈黙。

 風が吹く。

「……勝手に呼ばないで」

 そう言って、視線を外す。

 否定ではなかった。

 でも、受け入れているわけでもなかった。

「…俺」

 言いかけて、止まる。

 脳をいつもよりも早いスピードで回転させ、少しだけ考える。

「……何」

 向こうが先に言う。

「名前」

 それだけ言った。

 間が空く。

「……は?」

 明らかに不機嫌そうな声だった。

「こっちだけ知ってるのは、よくない」

 理由としては、それで十分だった。

 納得されるかは、別だった。

 しばらく、何も言わない。

 視線が刺さる。

 やがて、

「……東雲」

 短く言った。

 なんとか不安が漏れないように話せた自分に拍手を送りたくなった。

「…苗字?」

「…そうだ。」

 これ以上話を続けるとこっちの感情がバレそうだ。

 だが、とりあえずこれで平等にはなっただろう。

 そう確信した上で彼女の名を思い出す。

「……雨宮」

 小さく、繰り返す。

 特に意味はなかった。

 名前がある、というだけだった。

「呼ばないでって言ったでしょ」

 すぐに返ってくる。

 それも、さっきよりも強くはっきりとした声で。

「じゃあ何て呼ぶ」

「呼ばなくていい」

 即答だった。

 それで終わる。

 それ以上は何も言わなかった。 

 だが昨日よりかは会話量は増えた気がする。

 空を見る。

 星は、昨日と同じ位置にある。

 隣に誰かがいる。

 名前は苗字だけ知っている。

 それだけだった。

 特別なことは何もない。

 関係と呼べるものも、まだない。

 それでも、

 昨日より、少しだけ違っていた。

 理由は分からない。

 ただ、

 無関係ではなくなった気がした。

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