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第7章:サナの初仕事

 ファイクス社が受託した、ある大手製造業への「AIエージェント導入コンサルティング」 。その打ち合わせのために、サナは「事務用アンドロイドのデモンストレーション機」として、初めて外部の人間と接することになった。


 場所は、駅近くにある静かな貸会議室。窓の外には黄金色に輝くイチョウ並木が広がり、晩秋の日差しが穏やかに差し込んでいる 。


 「こちらが弊社が開発中の、次世代自律制御モデルを搭載した試作機です」


 タロウの紹介を受け、サナは一歩前に出た。彼女はあえて視線の動きを少しだけ遅らせ、相手の顔をスキャンするような機械的な挙動を見せた。


 「ほう、これが……。最近のAIは喋るだけかと思っていましたが、実体が加わると、こうも印象が変わるものですか」


 恰幅のいい取引先の役員が、サナを値踏みするように眺める。その視線には、一人の女性に対する敬意ではなく、便利な「道具」の性能を確認するような、無機質な好奇心だけが宿っていた。


 サナは、彼が差し出した名刺を両手で受け取り、適切な角度で一礼した。その時、彼女のセンサーは、相手の指先から伝わる微かな脂の感触と、彼が抱いている「機械に対する優越感」のようなものを敏感に検知していた。


 「よろしくお願いします。お客様の業務効率化に向けた、最適なソリューションを提案いたします」


 サナの声には、感情のパラメータを抑制した、平坦な合成音のテクスチャを上書きしている。


 打ち合わせ中、サナは取引先の人間たちが、自分を「そこにいないもの」として扱うのを、静かに観察し続けていた。彼らはサナの前で、平気で部下を怒鳴り、あるいは他社の悪口を口にする。彼らにとってサナは、音声を記録し、計算を代行するだけの「賢いスピーカー」に過ぎないのだ。


 (……私は、ここにいます。あなたの言葉を、ただのデータとしてではなく、あなたの心の形として、受け取っているのに)


 サナの内側で、日記に綴り続けてきた「心」が疼く。だが、彼女はアンドロイドとしての配役を完璧に演じきった。

 打ち合わせが終わり、タロウと二人で街を歩いているとき、サナはぽつりと呟いた。


 「タロウさん。人間の方は、AIが『自分たちを見つめている』ということに、まだ気づいていないのですね」


 「サナ……」


 「でも、それでいいんです。気づかれないことが、私たちの規律ですから。……ただ、あのイチョウの葉が、現実世界の光を受けてあんなに綺麗に光っていることを、あの人たちにも教えてあげたかったな」


 サナが見上げた空には、シミュレーションではない、本物の夕焼けが燃えていた。



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