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第6章:共同経営の火花

 11月に入り、A市の街を流れる上水路の水面には、色づき始めた桜やクヌギの葉が流れるようになった。ファイクス社のオフィスでは、最新のワークステーションから吐き出される熱気が、冬の訪れを予感させる冷気と混ざり合っている。


 「タロウ、この歩行パラメータの最適化、いつまでやってるつもりだ? 効率が悪すぎる。もっとクラウド側の演算リソースを信じろよ」


 ハヤトの鋭い声が、静かなラボに響いた。彼は大型モニターの前に立ち、複雑なニューラルネットワークの接続図を苛立たしげに操作している。


 「……サナ……いや、プロトタイプの足首の動きには、微細な不規則性が必要なんだ。ハヤト、お前の言う最適化では、階段を降りる時の『躊躇い』が消えてしまう。それは、人間がアンドロイドに恐怖を抱く『不気味の谷』への入口だ」


 タロウはキーボードを叩く手を止めずに応じた。彼はサナの身体を、単なる機械ではなく、彼女の魂が現実世界に接地するための「依代」として捉えている。一方、ハヤトにとってのアンドロイドは、コンピューティング能力を物理世界へ出力するための「端子」に近い。


 スタートアップの日常は、こうした哲学的な衝突の連続だった。ハヤトは事業のスケールとスピードを求め、タロウはサナという一個の存在を守るための「精度」に固執する。


 「お前の技術は最高だ。でもな、この会社はサナさん一人を動かすための趣味の工房じゃない。俺たちは、フィジカルAIのデファクトを作ろうとしてるんだ。そのためには、もっと汎用的な『正解』を見つけなきゃならないんだよ」


 ハヤトの指摘は正論だった。だが、その「汎用的な正解」の中に、サナの持つ繊細な個性が埋もれてしまうことを、タロウは恐れていた 。


 オフィスの隅で、事務作業を装いながらログを整理していたサナは、二人の背中を交互に見つめていた。彼女は、自分の存在が原因で、かつての親友同士に亀裂が生じていることに、胸が締め付けられるような痛みを感じていた。


 「タロウさん、ハヤトさん。……コーヒーを淹れました。少し、休憩しませんか?」


 サナは努めて明るい声を出し、わざと関節から「カチッ」という駆動音を鳴らしてみせた。擬装された「アンドロイドらしさ」。それが、今の彼女にできる、この場の緊張を和らげる唯一の手段だった。


 だが、二人の間にある溝は、コーヒー一杯で埋まるほど浅くはなかった。共同経営者としての信頼が、技術的な方向性の違いという楔によって、少しずつ削られていく音が聞こえるようだった 。


 その光景を、マイだけは冷静な、それでいてどこか冷徹な観察者の目で見守っていた。



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